Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその20
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    1995年5月7日午前8時過ぎ、東京、御徒町、オフィスビルの一室、ミカエルは目の前の高速道路を車が行き来する光景にチラリと視線を投げかけ、独りつぶやいた。

    「早いなあ、もう4年か」

     

    Antwerpから東京に移り住んで丸4年が経過していた。当初、アルノンから、『最低でも2,3年』と言われ、その言葉をどう解釈すれば良いのか分からなかった。3年くらい経ったらベルギーに戻っても良い、という意味だったのか、それとも、数年になるかもしれないから覚悟しておけということだったのか。今から思うと、後者の方に違いなかった。しかし、ミカエルに全く不満はなかった。東京に設立した“A&M Diamonds Co.”の売り上げは順調に推移し、来日前に掲げた目標を大幅に上回る業績を上げていた。バブル経済崩壊の後、日本のダイヤモンド輸入量は減少の一途をたどっていたから、A&M Diamond社の売り上げが年々増加していることは少し訝しいことのように思われたが、ある面で当然、いや、必然と言っても良いものであった。日本のダイヤモンド需要の大きな落ち込みと、収益率の悪化により、ダイヤ輸入卸会社経営者はバイヤーの海外出張の回数と日数の両方を減らさざるを得なくなり、ほとんどのダイヤモンド・バイヤーの買い付け額が著しく減少することとなったのであった。その結果、顧客からの注文や引き合いに対して、ダイヤモンド輸入卸業各社は瞬時に応えられないことが多くなり、ますます売り上げを減少させることなるという悪循環に陥っていた。この間隙を突いて商機を逃さず商いを拡大させたのが“A&M社”だったという訳である。しかし、A&M社の在庫が豊富で何でも揃っているという訳ではなかった。客から注文があれば即座にAntwerpの親会社に発注し、通常の商品なら1週間以内で納品することが可能なことが大きかった。このスピード感、優れた機動性は海外買い付け額を大幅に減らしたダイヤモンド輸入屋からも大いに重宝がられることになったのであった。そしてやはり、ミカエルをサポートする川島の存在が大きかった。日本市場を知り尽くす川島は、顧客からの軽い引き合いに対しても、それが将来的に有望なアイテムに成り得ると判断すれば、注文と同様の扱いで本社に発注をかけ、それが本当に“有望株”へと成長することも珍しくはなかった。また、時勢に合わせて、決して大きな受注を狙わず、細かいケアに徹することで顧客の信頼をより大きく強くして行ったのであった。

     

    川島が大阪の幸田トレーディングを、“形として円満に退職”したのは4年前の5月末だった。アルノンから初めてアプローチがあったのは、その前年の秋、Antwerpに出張した折りだった。その数年前、川島はAntwerpで、エリ・リップワース氏の仲介によって、当時としては破格とも言える大きなロットをアルノンから買っていたが、その後はお互いのタイミングが合わなかったのか、2度目の取引の機会はなかった。二人を結び付けたのはやはりリップワース氏であった。アルノンから、日本人のパートナーを探している旨を聞き、適任者がいたら是非とも紹介して欲しいと言われていたリップワース氏は、人間観察に優れた“ダイヤモンド街の心理学者”と評判の男だった。彼は、かなり早い時期から川島が幸田社長とうまく行ってないことを見てとり、川島が幸田から去るのは時間の問題だと判断し、アルノンに連絡したのだった。

     

    アルノンは、川島に対して最初からダイレクトな表現で誘った訳ではなかった。川島にもまた同様に、『日本人のパートナーを探している。適任者がいたら紹介してもらいたい』と伝えたのであった。直接会ったのではなく、ホテルの部屋に夕刻、電話が掛かってきたのであった。アルノンの言葉を聞いた瞬間、川島は自分が狙いなのだろうと敏感に悟ったのであったが、『アッ、そうなんや、覚えてたらな』と言っただけだった。アルノンやミカエルのパートナーになるなんて、まるで現実味がなかったからだ。翌年の最初のAntwerpの買い付けの時にまたアルノンから電話が掛かってきた。これは、幸田トレーディングと密な取引のあるディアマンタル社の社長、リップワース氏直々の推薦がアルノンに対してあったのだろうということをハッキリと認識させたのであった。仕事が終わって直ぐの頃、もし時間があれば川島の滞在しているホテルのバーで一緒にビールを飲まないかい、と誘われた。特に断る理由もなかったから、その翌日の時間を指定してアルノンと会った。この時も、川島に直接の勧誘はなかった。日本に現地法人を設立したいと思っていること。これは遅くとも半年先には実現したいこと。アルノンの会社の人間をトップに据えて、日本人のパートナーを付け、卸屋、小売店問わず、多数の顧客を獲得し、日本市場に広くダイヤを販売したいということ。そのためのダイヤをせっせとAntwerpから日本に送りたいということ等等を熱心にアルノンは喋ったのであった。3度目はその2か月後だった。ついにダイレクトに“ヘッド・ハンティング”に来たのであった。『是非、私のパートナーになって欲しい』というアルノンの申し出に対して川島は、『なんとも直ぐにはお答えしかねる』と返事したものの、かなり心が傾いていることを自覚した。そして、日を重ねるごとに気持ちは、幸田からアルノンへと重心が移動していることが明白になって行ったのだった。川島の問題は、住居と家族であった。妻と3人の子供たちと一緒に東京界隈に移住することにはかなりの面倒を伴うことが明らかだった。小中学生の子らを新しい環境に強いることは可哀想だったし、家族全員が快適に過ごせる住居がそう簡単に見つかるとも思えなかったからだ。一人暮らしに慣れている自分が単身赴任するのが現実的であるという結論に至るまであまり時間は掛からなかった。幸いにして、地元の関西エリアでの営業活動も重要ということで、月に2度は自宅に戻ることが出来たから、海外買い付けで多忙にしていた時とそんなに違いはなかった。海外出張がほとんどなくなり、国内にいて、『亭主元気で留守が良い』、、川島は、妻が以前よりもも溌剌としているような気がしていたのであった。

     

    ミカエルは29歳になっていた。4年前、一緒に東京にやってきたエンケは、あまり日本に馴染むことが出来ずに3か月も経たないうちにベルギーに帰って行った。日本の厳しい夏が耐えられなかったのかもしれなかった。ストイックに自分を処することに慣れていたミカエルにとっても、やはり異国での単身は堪えた。東京には外国人が多数住んでいるから、遊び相手には事欠かなかったが、心の空虚は癒されなかった。結果として仕事に没入してしまうことになり、A&M社の評判はますます高まることとなった。プライベートとは裏腹に、仕事ではまさに旬を迎えようとしていた。周囲の者は、大きく繁る大樹へと成長して行くことが目に見えるような思いでミカエルと接していたのであった。

     

    ミカエルが初夏の新樹なら、かたや晩秋の老大樹、原田健太郎は73歳になっていた。

    「『月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり・・・』か、、、難しい言葉は何もないけど、、何とも奥行きの深い一文だなぁ、、、、なあ、おい、松岡、聞いてるのか!」

    「なんですか、もう、さっきからウルサイですねぇ、ゆっくり新聞も読めやしない」

     

    お馴染みの朝の光景だった。原田商事の始業時間は9時半であったが、原田と松岡は8時前に出勤して来て二人だけでミーティングを行うのが常であった。しかし、特に話し合う問題がない日も多く、そんな時はただノンビリと過ごしていたのであった。だったら、ミーティングは問題のある時にだけすれば良いではないのかとも思われたが、会社のトップ二人が朝早くから雁首揃えているとなると、社員たちが『何事!?』と気が気ではないだろうからという理由で、二人の朝の会合が日課になったのであった。

     

    「まったく、お前って野郎には古典の情緒もまるで意味なしだからな」

    「はい、はい、すいませんでした、どうせ私は『奥の細道』も“田んぼのあぜ道”も区別が付かないアホですから」

    「おっと、お前、『奥の細道』知ってたんだ、これは大変失礼いたしました」

    「全くもう、人を馬鹿にして。それで、何が言いたいんですか」

    「あ、いや、さっき言った『奥の細道』の冒頭の部分だが、意味は分かってるのか」

    「いえ、正確には」

    「『月日は永遠の旅人であり、過ぎてはやってくる年もまた旅人である』というのが現代語訳だ」

    「要するに、人生は旅である、ということでしょ」

    「まあそういうことなんだが、、、人生はマラソンだ、長い航海だ、旅だ、なんて言うのは下手くそスピーチの見本だ。そんなことはガキの頃から耳にタコが出来るほど聞いてるから誰も感動しないけど、時間もまた常に旅をしている、時間そのものもまた旅人であるという表現、これにはちょっと驚かないか」

    「時間でさえ旅人なんだから、人の一生が旅であるのは当然のことだと言ってるんじゃないんですか」

    「いや、当然と言うか、実は時間が我々を旅人にさせていると言いたいのだろうよ」

    「う〜ん、分からない、、、社長、熱出そうですよ」

    「だろうな、お前の頭じゃな」

    「ムカつきますね、相変わらずホント上品な口だ」

     

    「しかし、社長、時間が旅人だったら、その旅人であるところの時間のですね、旅館とかホテルとかはどういう表現になるんですかね??」

    「そうだよな、、誰でもそう思うよな。実はな、芭蕉のこの文章は“パクリ”と言われてる」

    「な、なんですか、そりゃ」

    「いやまあ、パクリとは言い過ぎだな、引用と言うべきか、、、、李白の漢詩にこんなのがあるんだよな・・・・

     

    天地は万物の逆旅にして、

    光陰は百代の過客なり。

    浮世は夢の若し。

    歓をなすこと幾何ぞ。

    古人燭をとりて夜遊ぶ。

    まことに以有るなり。

    況や陽春我を召すに煙景を以てし、

    大塊我に仮すに文章を以てするをや。

     

    “逆旅”っていうのが旅籠屋(旅館)のことだ。天地が全てのものを送り迎える宿である、と」

    「壮大ですね」

    「そうだろ、まるで旧約聖書の世界じゃないか。神は天地創造の折りに時間も創ったということを古代中国でも言ってたみたいだな」

    「それで、、結局、社長は何を仰りたいので?」

    「天地が旅籠であり、時間は旅人、人生は短い。幸いにして創造主は詩歌の才能を人に与えてくれた。李白は、宴席を設けて詩を吟じながら酒を飲むことを無上の喜びと言った訳だが、芭蕉は旅をしながら句会を催したいと宣言したんだよ」

    「するってぇと、なんですかい、社長は引退して芭蕉や李白になりたいと」

    「おおっ、松岡、今日は冴えてるな、その通りだ」

    「いきなりですねぇ、一体どうしたってんで」

    「どうしたもこうしたも、もういい加減に潮時だろうが」

     

    松岡は、突然、原田と初めて出会った時のことを思い出していた。四十数年前のことだった。夜の新宿の裏通りで数人のチンピラに絡まれ、殴られ蹴られ散々な目に遭っている時、助けてくれたのが原田だったのだ。

    『もうそのくらいにしておけ、死んじまうぞ』

    と、静かな声で言った原田に対して、チンピラたちは、

    『なんだ、てめえは!』

    と、原田にも殴り掛かろうとしたのであったが、原田と視線を合わせたリーダー格の男が“たじろいだ”のであった。本物ヤクザの威圧だった。その場が一瞬でフリーズした。時間も止まったかのようだった。そして、原田がチンピラたちの方へ一歩踏み出した瞬間、皆あとずさりして走り去った。助けられた松岡もまた茫然としていた。ゆっくりと歩き去って行く原田の姿に気がついて、慌てて立ち上がった。追いすがってお礼を言った。それを無視して歩き去る原田にまた追いすがり、必死で懇願した、、

    『子分にしてください、なんでもしますから』

    『俺はヤクザじゃねえんだよ』

    『だったら、社員にしてください、社長!』

    『社長かぁ、そりゃいいなあ、面白い』

    足を止めることなく歩き続ける原田の後を松岡は一生懸命について行った。到底綺麗とは言えない商店が軒を並べている路地を少し入って行ったところに、塀と垣根で囲まれ、小さくて目立たぬが場違いのような瀟洒な家があった。家の中には灯りが点っているのが見えた。原田は門扉を開けて敷地に入り、またしっかりと閂を掛けて玄関の中に姿を消した。明るい女の声が聞こえ、灯りがもう一つ点ったようだった。松岡は、門の外の脇に座り込んだ。いつまでも待つつもりだった。翌朝、何か気合を発するような声と風を切るような鋭い音で目が覚めた。松岡が門扉の外から覗くと、上半身裸の原田が庭で竹刀の素振りを繰り返していた。無駄のない筋肉が躍動していた。何か所かの傷跡が赤く火照っているのもハッキリと見えた。思わず『おっ』と小さな声をあげてしまった。原田が素振りをやめた。鋭い視線に射すくめられて身動きできなくなった。昨夜のチンピラたちと同じだと思った。

    『弱っちい馬鹿がまだいたのか。俺の竹刀の方が余ほど恐ろしいぞ、さっさとどっかへ行っちまいな』

    『お願いです、社長、雇ってください、小間使いでもなんでもいいです、行くところがないんです』

     

    それから先、数週間の記憶が途切れていた。気が付いたら、念願叶って原田商事の最初の社員になっていたのであった。とは言っても実際のところは“一の子分”だった。調子に乗って時おり原田に『親分』と呼びかけると決まって平手でビンタを喰らった。『馬鹿野郎、俺はヤクザじゃねえんだ』と言うのが原田の口癖だった。お互いの過去については全くと言って良いほど話さなかったが、松岡はかなり正確に原田の“履歴”が見えている自信があった。まだまだ関西アクセントが残っていた原田に、江戸っ子の松岡は“正しい”東京アクセントを教えた。また、算盤の得意な松岡は、頭の中に算盤が入っていて、商売で使うくらいの加減乗除なら全て暗算でやってのけた。それは原田にとっても大きなツールであり武器であった。そんな日々から瞬く間に四十数年、原田は松岡のほぼ全て、と言っても良かったから、原田の引退は松岡の引退でもあった。瞬く間の四十数年がまた瞬間で終わろうとしていることに気がついたのであった。

     

    「松岡、おい、松岡」

    原田の呼びかけに松岡はようやく現実の世界に戻った。

    「なんだ、お前、どこまで“飛んで”たんだよ」

    「ああ、すいません、回想録でも書こうかと考えてたんですよ、『原田健太郎の生涯』とかってね」

    「馬鹿野郎、久しぶりにビンタしてやろうか」

     

    ミカエルは、昨日のアルノンとの電話の会話を反芻していた。何とも衝撃的なことに、川島のヘッドハンティングに大きな力を貸してくれたリップワース氏が逮捕されたとのことだった。

    「もちろん、殺人とか強盗とかの刑事事件ではない。容疑は脱税だ」

    「脱税って、、ダイヤモンド街のユダヤ人で税金払っている人いないじゃないですか」

    「そりゃまあそうなんだけど、ダイヤで儲けた金をまたダイヤの商売に投資している分にはお目こぼししてもらえるんだがな、他の商品を扱うとなると当局も黙ってはいない、『舐めんなよ』ってなるわけだ」

    「と言いますと?」

    「噂によると、リップワース氏はどうやら絵画を買ってたみたいなんだな」

    「なるほどね、でもそれだったら、他の人も何人もいるでしょう」

    「そうなんだよ、実はな、他の者も、脱税以外にも、色々と立件されているみたいで・・・エリックのオフィスも家宅捜索されたとかって・・・・」

    「えーーっ、エリックさんまで・・・・どうして?」

    「エリックの場合は恐らく、illegal shipment(違法な出荷)だろう。お前も知っているように、うちとかエリックの会社はPolish(研磨済みダイヤルース)しか海外に発送できないんだけど、エリックはダイヤ原石かカラーストーンか、何か他の物もPolishと一緒に送り出したんだよな、きっと」

    「でも、それって、大した金額にはならないでしょうに」

    「そう。多分、はめられた、チクられた、ということなんだろう」

    「怖いですね、一体何が起こってるんですか、Antwerpでは」

    「要するに今回のは、ダイヤモンド街の凋落の象徴なんだろうな。落ち目になると当局の締め付けと“見せしめ”が起こる、、、歴史の中で何度も繰り返されてきたことだ」

    「Antwerp市場はどうやらもうPolishの本場ではなくなったということなんですね」

    「残念ながらその通りだ。主要国のダイヤ需給統計を見ていたんだが、日本のダイヤ輸入はイスラエルとインドからが合わせて約85%、ベルギーは10%程度しかないんだよ、今年に入って」

    「A&M社がベルギーから入れている商品も実際のところは9割以上がイスラエルとインドの物ですからね」

    「それとなあ、ミカエル、東京にまたインドとイスラエルの大手が支店を開設することになるらしいぞ」

    「ライバルが増えますね」

    「形としてはライバルだが、相乗効果となるだろう。日本のダイヤ業者が買い付けに行く必要がなくなる流れだな。これから日々、増々、日本人バイヤーの海外買い付けが減ってゆくだろうから、先に日本に来た我々には大いに順風だ」

    「ああ、そうかもしれませんね、『海外駐在員なんて数年後には全く不要になる』と言うのが東京の大手輸入屋の間で主流になっているのだとか」

    「そうだろうな、それはホント間違いないところだろう」

     

    「ところで、叔父さん、カラーダイヤは、Antwerpではどうなってますか?」

    「面白そうだがな、まだ皆が素人だ。GIAのカラーグレーディングさえキッチリと定まってないようだな」

    「昨日、大阪のある業者がやってきましてね、1crtのDカラーExcellentのシリーズを買って行ったのですけども、ついでに、カラーダイヤあったら見せてくれって」

    「何か在庫あったのか?」

    「いえ、何も。原田商事の東京本社にはいくつかあると言ってましたよ」

    「そうか、流石に原田だな、うちもウカウカしておれんな」

     

    平成の世の中になって数年、ダイヤモンド市場は小さくなるパイの奪い合いの様相を呈していた。ブライダル市場は、カットExcellentの物が主流になり、海外のダイヤ輸出業者は、ラウンドブリリアントのカットグレードの総合評価を極めて短い時間で判断することの可能な機械、Diamensionを導入する動きが加速されていた。Diamensionの価格は、1台4万ドルとか5万ドルと高級車並みであったが、背に腹は代えられないとばかりに購入を決めた業者が多かった。これにかけると、従来ではプロの間で『良いプロポーション』とされてきた物も容赦なく『Cut: Fair』とされるケースも珍しくなく、業界の古い人間たちからは洋の東西を問わず、『The machine is killing our business!』、『こんな下らない機械のせいで、従来の商売が壊されてしまう』等などと、不評であったが、それらの声はほとんど無視されることとなったのであった。ダイヤモンドバイヤーの大きな仕事の一つは、『使えるプロポーションの選別』ということであったから、無色透明の商品のColorとClarityとともに、Cutも客観性の高い判断がなされることなって、ますます仕事が減るということになり、バイヤー不在でも全く問題なく日本にダイヤが入ってくるという状況がどんどんと加速されることになったのである。

     

    「社長、ホントに芭蕉みたいに俳句ひねりながら旅するんですか」

    「ああ、もちろんだ、松岡。今日からは俳句の旅のためのレッスンだぞ。お前と一緒に俳句教室だ」

    「ちょ、ちょっと、それは勘弁して下さい、行くのならお一人でどうぞ」

    「冗談だよ。しかし、引退して旅に出ることは真剣と言うか、もう決めた。カミさん連れて、四人で世界旅行だ」

    「我々は遠慮しておきますよ、奥方とお二人でどうぞ」

    「そんなこと言わないでくれよ。俺はな、お前がいないと本当に飛行機にも乗れねぇんだよ」

    「ま、マジっすか。冗談で言ったつもりだったのに」

    「なあ、頼むよ」

    「船にすればいいじゃないですか。豪華客船の旅。ダイヤモンドプリンス号とか、社長にピッタリの良い名前」

    「駄目だって。あんな中に閉じ籠ってみろ、2日で息がつまるぞ、想像するだけでゾッとする。訳の分からん疫病が船内に蔓延でもしたら大ごとだしな」

    「あ〜もう、仕方ないですね、最後の御奉公だ。で、社長のことだから、もう行先も決まってるんだって言うのでしょうね、きっと」

    「流石に俺の副官だ。そこまで分かってるんだったら、俺のプランを言ってみてくれ」

    「世界のパワースポット巡りでしょ。カンボジアのアンコールワット、オーストラリアのエアーズロック、ペルーのマチュピチュ、英国のストーンヘンジ、フランスのルルド、チベットのラサ・ポタラ宮、メキシコのテオティワカン、ミクロネシアのジープ島、、、、」

    屋久島の縄文杉を忘れてるぞ」

    「まさか、屋久島からスタートして、全てを1度で巡ってしまう、なんて言わないでしょうね」

    「そう、そのまさかだ。足慣らしに奈良の三輪山からにしてもいいかな」

     

    壁の時計が9時になろうとしていた。

    「あ、そうだ、松岡、9時に来客があったのをウッカリと忘れていたよ」

    「なんですか、こんな朝っぱらから」

    「すまん、すまん、始業前なのにな。ほれ、れいのベルギーの会社、A&Mか何か知らないけども、そこの新進気鋭の経営者がだな、一度ご挨拶にって」

    言い終わらないうちにデスクの電話が鳴った。

    「社長、A&M Diamond社のミカエル・ゴルゴフスキーさんがお見えです」

    「はい、わかった。応接室にお通しして、この前、京都のお客さんから貰った宇治の新茶を出してくれないか」

    「承知しました」

     

    ミカエルは一人で来たのだった。日本語はまだ上手ではなかったが、これまで日本でやってきたように、ハートがあれば何とかなると思っていた。しかし、いつもよりも相当に緊張していた。原田商事は、将来の販売先としては申し分ないどころか、これまでの日本の取引先では原田より大きなところはなかったし、川島から原田社長のウワサを色々と聞かされて、正直ビビッていたのであった。応接室のドアがノックされた時、ミカエルの緊張はマックスに達した。原田社長とおぼしき男が少し小柄な細身の男を伴って入ってきた。ミカエルは立ち上がって日本式のお辞儀をし、自己紹介をして二人と名刺を交換した。二人からは裏側のアルファベットで書いてある方を表にして貰い、ミカエルは日本で使う表側、カタカナで名前が書かれている方を表にして渡した。

    「私、まだ、日本語が上手にしゃべれないものですから、それはどうかお許しください」

    「No problem、実は俺たちだって上手じゃないんだから」

    いきなり笑わせてくれて、ミカエルは気が楽になった。

     

    汗をかきかき、ミカエルは一生懸命にしゃべり続けた。こんなに日本語が喋れるとは自分でも驚きだった。『まあ、飲みなさい』と言われた日本茶が滅茶苦茶ファンタスティックで絶妙な味わいに感じた。恐らく、通常の場であれば、苦手な味に閉口したであろうと思われた。川島からは、原田社長はマフィアのボス並みの貫録で、昔の侍並みの剣の達人だぞ、と聞かされていたが、実際に会って話をすると、原田社長の見た目も人あたりもそんなに怖いとは思わなかった。自分の誠実さが受け入れられなければ、それはそれで仕方ないことだと割り切って話を続けた。

    「・・・これが当社と私の、えーっと、なんですか、、」

    「Profileだな」

    「そ、そ、そうです」

    「それで?」

    「是非とも当社の商品を見ていただければと」

    「見るだけでいいのか?」

    「いえ、if possible、買ってください」

    ミカエルは原田の視線を受けとめていた。強いともsharpとも思わなかったし、威圧的とも感じなかった。いや、その逆だった、柔らかい春の陽ざしをイメージするような、包み込まれる気持ちになって、ほんの一瞬だが恍惚となりかけ、そんな自分に恥じ入った。

     

    原田が横の松岡に語りかけた。

    「なあ、松岡、ホント気持ちの良い青年だよなぁ。気概があって気骨もある、男気もありそうじゃないか」

    「“粋”だって言いたいのですか」

    「そうだ、俺にはもちろんそんな気はねえが、艶っぽさもある」

    「社長、ベタ惚れですね」

    「その通りだ」

     

    ミカエルは、目の前の二人の会話のほとんどを理解できなかったが、恐らく自分を誉めてくれているのだろうと推測していた。

     

             《了》

     

     

     

     

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