Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその18
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    1991年4月7日、Antwerpダイヤモンド街、午前11時。アルノンは、オフィスのテレビでBBCのニュースを見ていた。湾岸戦争がようやく終結したという報道にホッと安堵の息をついた。実質的には、約1か月前の戦闘収束で終わりを告げていたが、なかなか矛を収めないアメリカとイラクの間にまた何が起こっても不思議ではなかった。幸いにして、アルノンのコディアム社は、湾岸危機から湾岸戦争へと続く約8ヵ月の間も全く売り上げを落とすことなく、順調な毎日だった。コディアム社は、アルノンの盟友であるエリック・オースティンの事業展開とともに大いに売り上げを伸ばし、その時期がちょうど日本のバブル期と重なったことから、短期で飛躍的な成長を遂げたのであった。数年前、資金繰りに頭を悩ませたアルノンの姿は、遥か遠い昔のことのように思われた。従業員も毎年、一人か二人採用してきたから、コディアム社は合計10名というダイヤモンド業界としては“ちょっとした”規模に成り上がっていたのだった。アルノンは、『名刀』、『懐刀』等と呼ばれたかつての輝きを取り戻し、その上に貫録を兼ね備えるようになっていた。そしてまた、ミカエルも頼もしい青年に成長していた。

     

    ミカエルはその日、25歳の誕生日を迎えていた。日本なら、並みの大卒者がようやく学生気分から抜け出して半人前から一人前の仕事を任されようとしている年齢であるが、ミカエルは既にダイヤモンド業界において、自分の立ち位置を確保し、それをいっそう強固なものとしていたのだった。ミカエルの親分であるアルノンも、もうミカエルなしでの会社経営は考えられなかった。ミカエルの獅子奮迅とも言える仕事なしでは、現在のコディアム社は有り得なかった。インド、Suratでの買い付け、Antwerpダイヤモンド街での販売、etc.,,アルノンが事業を拡大できたのはミカエルのお陰であり、今やミカエルは、アルノンの右腕以上の存在と言えた。また、体型こそミカエルは細身で長身となって、小柄でがっしりとしたアルノンとは全く違うが、顔立ちや顔つきは一段と似て来て、初対面の人からは必ず親子と見られていたし、長年付き合いのあるダイヤモンド街の者たちからも、『やはり姻戚関係があったのだ』と改めて思われることとなっていたのであった。アルノンもミカエルも、お互いに『そうなんだろう、そうに違いない』と思いつつ、もはやそんなことはどうでも良くなっていた、そうであろうと、なかろうと、今更ふたりの“師弟関係”が変わることなど想像できず、アルノンはミカエルにとって実質的に『育ての親』であったからだ。

     

    アルノンは、これまでミカエルに必要以上に厳しく接してきたことを少し後悔していた。文字通りダイヤモンド街の片隅から拾ってきて、雑用係としてオフィスに立たせ、ダイヤモンドのアソーターとして育て、セールスマンとしてダイヤモンド街の中をくまなく歩かせて来たことに、ひとつの間違いもなく、必要以上、ミカエルの働き以上の給料を与えてきてはいたが、優しい言葉なんてほとんど掛けたことはなかったと、若干ながら自分を責めるアルノンであった。

    「ホント、今更だけどな」

    独り言を言いながらアルノンは、隣の部屋にいるはずのミカエルをインタフォンで呼び出した。手狭なオフィスから昨年、いくつも部屋のある広いオフィスに引っ越したばかりだった。アルノンとミカエルは重厚感のあるデスクがある個室を使い、3人のマネージャーにもそれぞれ接客商談用の部屋を与えていた。極めて機能重視のオフィスであり、アルノンが使っている部屋からの風景はさほど良くなかったが、それもあまり気にならなくなっていた。

    10秒も待たずにミカエルが入ってきた。

    「Suratに行けと?」

    「おいおい、誕生日にそんな怖い顔するなよ。とりあえず、25歳おめでとう」

    「いえ、すいません、ありがとうございます、覚えていてくれて嬉しいです」

    「忘れるはずはないぞ、俺がお前をAntwerp市民にしたんだからな。いい加減な親のせいで、お前は住民登録さえされてなかったんだ。幸いにして、お前が生まれた貧民街近くの病院に出生記録が残っていたからな、生まれてから十数年経過していても、めでたく市民となることが出来たって訳だ。まあそんなことはもうどうでもいいな。いや、なんだ、今更ですまないことなんだが、お前の誕生日をお祝いしてやろうかと思ってね。今日でも、週末でも構わんが、食事でもどうかな」

    「ありがとうございます。でも、なんか怖いですね、代わりにとんでもないこと言われそうで」

    「さすがに察しがいいな、まあ、そういう話もなきにしもあらずってとこかな。しかし、これも絶対にお前の将来にプラスになることだ」

    「もう既に話が始まってますね」

    「おお、すまん。続きは食事の後の楽しみだ」

     

    次の土曜日の夜、ミカエルはガールフレンドのエンケを誘ってアルノンに指定されたレストランに向かった。ダイヤモンド街から北西に2キロほど、川の近くの地中海料理の店だった。レストラン近くの駐車場に車を停めた。レストランの前の河岸には帆船が係留され、ライトアップされていた。レストランの建物は昔の砦か何かであったのだろうか、中世の趣きを十分に遺した風格を感じさせ、ミカエルのような者では気後れしてしまうほどのもので、それは有名な高級店のひとつだった。

     

    店の前に立つと、重そうなドアが中から開いた。思わず半歩下がってしまって、ミカエルは自分自身を嗤ってしまった。

    「ミスター・ゴルダのお連れ様ですね。お待ちしておりました」

    「あ、ありがとう」

    店の奥の方のテーブルにアルノン夫妻が座っているのが見えた。ミカエルは長身を折り曲げるように小さくなりながら、自分が場違いなところに来てしまったと少し後悔した。やっとの思いでアルノン夫妻のテーブルに辿り着いた。アルノン夫妻が立ち上がり、ミカエルはエンケを紹介した。エンケはアルノンの夫人と頬を寄せて軽く抱き合った。ミカエルもアルノン夫人に同様にしたが、『あなた、まるでロボットのようよ』と言われ、ようやく緊張が解けた。

     

    「ここのオーナーも俺同様に、アレキシス氏に世話になって独立した人でね、アレキシス氏が存命のころからよく来ていたよ。だから、料理も雰囲気もAntwerpで3本の指に入ることは間違いない店だけど、ふたりともリラックスしなさい」

    と、アルノンは言ったけど、貧民街育ちのミカエルは、慣れない風景に料理を楽しむ余裕なんてないように思った。少しして、オーナーとおぼしき男がやってきた。

    「やあ、アルノン、よく来てくれた、ありがとう」

    「ニコ、久しぶり、元気そうでなりよりだ」

    「今日は、ピチピチの若い衆たちと一緒でご機嫌だな、アルノン。キミに顔だけ似たノッポくんは、甥御さんかな?」

    「ああ、まあ、そんなところだ。しかし、顔だけって、俺がまるでチビでデブみたいだな」

    「ハハ、いや、そんなことは一言も言ってないよ、気にするな」

    オーナー氏はミカエルたちにも愛想を振りまき、去って行った。

    「さっきも言ったけど、ここは確かに高級店だけど、気の置けない店だ。マナーに反しない程度にenjoyしなさい

    とアルノンが言い終わらないうちに料理が大皿で次から次へとやってきた。ここまでしてもらって楽しまない手はなかった。音を立てないように気をつけながら、ミカエルはひたすら料理を口に運んでいた。時おり、エンケと視線を交わしたが、エンケもすっかり料理に魅了されているようだった。『若いって良いことね』と言うアルノン夫人の言葉が何か遠いところから聞こえてくるように感じた。

     

    ふと気が付くと、料理のほとんどをエンケと二人で食べてしまったようだった。

    「どうだ、もうワンセット、最初から行くか?」

    「ありがとうございます。是非、と言いたいところですが、それこそマナーに反しそうですね、遠慮しておきます」

    「それが賢明だ。これからお茶とデザートの時間になるが、ちょっと大事な話もあるからな」

    「やはり・・・」

    ミカエルは急にブルーな気分になってきた。

    「な〜に、そんなに心配することじゃない。オフィスで言ったように、きっとお前の将来に役に立つ経験になると思う」

     

    アルノンは、コーヒーとデザートを持ってきてくれるように頼み、テーブルの上が綺麗に拭かれるのを待って話し始めた。

    「ミカエル、しばらく日本に住んでみないか」

     

    ミカエルは最初、何を言われたのか良く理解できなかった。『日本』『Japan』『Japon』『日本に住む』『Living in Japan』・・・

    聞き間違いだろう、『東京に出張しろ』と言われたのだろうと思った。

    「えっと、それはいつから、何日間ですか?」

    アルノンは笑っていた。

    「そうだよな、いきなりこんなことを言ってもな、すぐに理解できるはずはないよな。もう一度、ゆっくり言うから、しっかり聞いてくれ。日本、おそらく東京になると思うが、日本に住んで日本市場にダイヤモンドを販売してもらいたい。商品はAntwerpから可能な限り送る。日本での就労ビザが取れ次第に行ってもらいたい。期間は決めていないが、最低でも2年とか3年、、、、、」

    エンケが泣きそうな顔になった。

    アルノンはエンケを見て優しく微笑んで言った。

    「エンケ、キミが望むならミカエルと一緒に日本に行ってもいいんだよ。もちろん、キミたち二人の渡航費と日本滞在費は会社が全額負担する」

     

    1991年4月9日、大阪、南船場。ダイヤモンド専門輸入卸、幸田トレーディングの営業部長、川島は、社長に退職願を手渡したところだった。もちろん、手渡したと言ってもそれは比喩であって、退職願の入った封筒は社長のデスクの上に置かれただけであった。『受け取れない』と言われ、型通りの慰留を受けたが、そんなことは想定内であり、退職願を『手渡した』という安堵感と強い解放感が川島の中に満ちてきた。社長にはお世話になったが、それ以上のことを返してきたつもりだった。給料以上の働きをしてきた自負もあった。

     

    日本が好景気となるとともに海外のダイヤ市場もそれに即応し、毎月何%かの値上がりが続いていた。為替レートが極端に円高に振れることにより、海外市場の値上がりを補って余りある利益を会社にもたらしていた。しかし幸田社長は、海外市場のドル建てダイヤ価格の値上がりにばかり気を取られ、悲観的な見方しかできず、買い付けに行ってもまとまった金額の商品を買うことが出来なかった。実際、一番極端な例として、1カラットのラウンドのF VS1のAntwerpメイクの物の価格は僅か3,4年で$2,000から$4,000になっていた。1985年の『プラザ合意』直前に《$ = ¥260》であったのが、わずか3年後には《$ = ¥125》を記録していたのだから、ダイヤのドル建て価格が倍になろうが、輸入価格はあまり変わっていなかった。1980年代初頭の海外市場のダイヤ価格値下がり局面での大きな買い付けで利を上げたという成功体験が社長の全てだった。とにかくダイヤのドル建て価格がいつ何時下降に転じてしまうかという不安と期待が社長の全てであったのだった。まさに地を這う“チキン・ハート”以外の何物でもなかった。そんな社長に代わって、川島は実質的に買い付けの指揮を執り、3,4名の社員を効率良く海外に出張させて、商品を円滑に調達することに気を配っていた。

     

    1989年(平成元年)10月、恐らくはバブルのピークに達したと思われた頃、川島は3週間の海外買い付けに出た。インド、イスラエル、ベルギーに1週間ずつ滞在し、合計約350万ドル(約4億円)の買い付けを行った。それでも商品は瞬く間に売れてしまった。11月末から12月にかけて、川島は再び機上の人となった。社員の一人が体調を崩して戦列から離脱し、代わりに社長に買い付けに出てもらったが、全くのピンボケの仕入れで、量も全く少なく、注文分さえ全く不足して、お客さんに言い訳が出来なかったからだった。川島も、度重なる海外出張とホテル生活、ストレスから不眠症になって深酒を繰り返し、体がボロボロになるのではないかという心配が常にあった。

     

    川島の心配は杞憂に終わった。川島の体が壊れる前に、バブルが弾けたのだった。翌平成2年、4万円近くで始まった日経平均株価は、徐々に値を下げ、7月半ばになってやや値を戻したものの、イラクのクウェート侵攻による湾岸危機勃発で完全に一本調子の下落となり、9月末にはついに2万円を割り込んでしまう事態となったのであった。もともとバブル期には、株の売却益での高額ダイヤ購入が多かったから、ダイヤモンド業界の勢いは一挙に萎んでしまった。華やかだった1年前の年末が嘘のような平成2年の忘年会だった。平成3年は年明けとともに酷い事態が到来した。幸田トレーディングの大きな得意先2社の手形が不渡りとなった。幸田が負った実損は2億を越えた。『営業部長として一体どこを見ていたのか』、川島はここぞとばかりに社長から激しい言葉を浴びせられることとなった。川島は一切の反論を自らに禁じた。色々と言いたいこともあったが、何を言っても言い訳、自己弁護にしか聞こえないだろうと思ったからであるし、元来、潔い性格だった。この屈辱は仕事で晴らせば良いのだと強く誓った。しかし、向こう1年の給与3割カット、賞与5割カットを言い渡された時には愕然としたものを感じた。もちろん、それだけ大幅な減給を受けても、十分に妻子を養ってゆけるほどの年収があったから、問題ないと言えば問題なく、プライドが大いに傷つけられたということだけのことだった。

     

    それから約1か月後、川島が海外出張から戻って出社すると、社長が不在だった。女子社員に聞くと、どうやらゴルフらしいとのこと。『なんとまあ、呑気なもんやな、こっちは色々と知恵巡らし、シンドイめしながらっちゅうのにな』と思わず女子社員に向かって愚痴ってしまった。どうも社長とは噛み合わなくなってきたのを強く感じていた。しかし、一体どういう了見なんだろう、こんな時期に平日ゴルフとは。まともな神経なら、ちょっと有り得ないだろうと、どんどん腹立ちが収まらなくなってきた川島だった。それから数日後、川島は早朝、7時過ぎに出社した。経理の帳簿を見るためだった。最近の接待交際費の項目を見た。唖然とするほどの金額だった。一体何に使っているのか詳しく知る必要があった。パソコンに入力する前の手書きの原簿を探した。割と簡単に見つかった。社長と専務はほぼ毎週末、ゴルフに出かけて経費で落としていた。そればかりではなく、週に3度は訳の分からぬ飲み食いも交際費で支払われていた。昨日のランチのわずか2千円ほども付けられていた・・・・

    何かが川島の中で音を立てて壊れたのが分かった。

     

    これまで常に先頭に立って戦場を駆け巡ってきたのに、後方から銃弾を浴びた心境だった。社員全員に苦労を強い、川島の給与を下げ、それで自らは遊興三昧か。呆れ果てて笑えてきた。やってられない、こんな奴らとは早々にオサラバだ。川島は強く決心したのであった。

     

    4月11日、Antwerpダイヤモンド街。ミカエルは、コディアム社の社長室でアルノンと向かい合っていた。

    「どうして、僕が日本に行かないといけないんですか? 他の誰か、マネージャー3人のうちの誰かで良いのではないのかと思いますが」

    「ミカエル、お前でないといけないんだよ、身内でないとな」

    「な、なんと」

    「東京にオフィスを持って、そこに大量の商品を置く。その保全が大事だ。社員ではダメなんだ。安心して任せられるのは身内しかいないんだよ」

    「身内と思っていただけるのですか?」

    「どうやら、お前は、俺の兄貴の遺児らしい。興信所に頼んで調べてもらった訳じゃないが、どう考えてもそうに違いないと思うようになってきた。いや、お前と初めて出会った時からそう思っていたが、その時にはあまりに偶然過ぎて目の前のことを信じ難かったのだよ。実は、俺は今でこそゴルダという姓を使っているが、これは商売のための通称だ。本当の姓は、お前と同じだ、ゴルゴフスキーなんだよ」

     

    4月13日、大阪、南船場。朝から川島は幸田社長の長口上を聞いていた。『キミが望むことを何でも言って欲しい、どうやったら会社に残ってくれるのか、一生懸命考えてほしい。不満があれば、なんでも聞く。言ってくれ』など等。ゴルフだけではなくて、歌も上手で芸達者の社長は友人としてなら最高の人だと常々感じていたが、もう一緒に仕事することはご勘弁願いたいと、川島は心底思っていた。給料の件、社長の遊興の件は退職願を書く引き金となったことは事実であったが、それらは枝葉末節であった。もう根のところで社長とはダメだった。買い付けのセンスのなさが救い難いとかなり前から思っていたし、朝令暮改に苦しめられたことも度々で、自分に甘く社員に厳しくであり、そして何よりもチキンのハートが耐え難く、川島はヘイトしていたのだった。しかし、そんなことは言える訳がなかった。ひたすら、自分の夢を語った。これまで経験してきたことを生かして次のステップに進みたいのだと何度も繰り返した。幸田トレーディングにいては出来ないことをやらせてくれるところに行くことが決まっていると適当な作り話をした。そんな話を簡単に信じる社長ではなかったが、もう説得する材料も尽きてきたようだった。

     

    4月15日、Antwerpダイヤモンド街。アルノンとミカエルはまたオフィス内で向き合っていた。

    「なんとか、おぼろげながら東京でやることが見えてきましたが、僕は日本語を全く話せません。Antwerpに来るバイヤーたちのように英語がしゃべれる日本人ばかりじゃないでしょう、誰か手助けしてくれるのですか?」

    「そうだ、その点も全く心配いらない。お前が安心して仕事できるように、英語が上手な日本人をヘッドハンティングしようと目論んでいるだよ。上手くゆけば、お前が良く知っている男が来ることになる、いや、もう多分、大丈夫だろう」

     

      ― 続く ―

     

     

     

     

     

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