Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその17
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    1991117日、原田商事大阪支店の堂前は、BombayHotel New Oberoi のバーカウンターでスコッチのロックグラスを傾けていた。連れはおらず、ぼんやりと周囲を眺めていた。何か異様に興奮したような空気があたりを支配していた。その日の早朝、アメリカを中心とする多国籍軍がイラク空爆を開始、湾岸戦争の勃発だった。前年8月、クウェートを侵略占拠したイラク軍は、多国籍軍の圧倒的な戦力によって叩きのめされることは明日の日の出よりも明らかなことだった。ホテルのバーラウンジにいるインド人や外国人は快哉を叫び、陽気な声で語り合っていた。堂前は、特に反戦主義者ということもなく、反米でもなかったが、湾岸危機を“導き”、“予定通りに”湾岸戦争へと突入したアメリカの遣り口には何か釈然としないものを感じていたから、周囲の騒ぎには同調しかねていた。しかし、そんなことを言っても、ここでは相手にされないのは分かり切っていた。余計なことは一切言わなかった。

    「おかわり如何ですか?」

    バーテンダーに促され、同じ物を注文した。バランタインの17年ものだった。かつての英国植民地、さすがにスコッチは日本で飲むよりも圧倒的に安く、バーテンダーも日本のバーのように、『シングルですか、ダブルですか?』なんてケチくさいことは聞いたりはしない、しっかりとした量を注いで大きな氷をひとつ入れてくれる。日本のバーだったら堂前のような若輩者の給料では何杯も注文できないお酒だった。チェイサーには、ボトルに入ったソーダ水を頼んだ。ウィスキーがなみなみと注がれたロックグラスとソーダ水が静かに目の前に置かれた。バーテンダーと目が合った。40代半ばであろうか。何か話したそうな表情だった。堂前は、思わず言ってしまった。

    「戦争、知ってる?」

    待ってました、とばかりに話が始まった。

    「ちょうど20年前だ、1971年のことだ」

    「な、なにがあった」

    「パキスタンとドンパチやったんだよ」

    印パ戦争。1971年の印パ武力衝突は1947年、1965年に続いて3度目で、これによりインドから支援を受けたバングラデシュ(東パキスタン)が独立したのであった。

    「空爆されてヤバかったとか?」

    「奴らのヘナチョコ空軍なんて鳩みたいなもんだ。何機も撃墜してやったぜ」

    バーテンダーの口髭がピクピク動いていた、得意気な表情だった。グラスの水滴を布で拭いながら話は続いた。

    「俺は陸軍の機関銃手だったんだ」

    「機関銃で戦闘機が落とせるのか?」

    「口径が30mmの機関砲に替えてな、戦闘機が飛んで行く方向に弾幕を張るのさ。それでも簡単じゃない。俺は人一倍勘が良かったんだよ」

     

    堂前は男の自然な反応として、CNNのニュース映像で見たテレビゲームのような湾岸戦争よりも、俄然、印パ戦争に興味が湧いてきたのであった。

    「地上戦はどんな感じ?」

    「これを見ろ」

    バーテンダーが右手を目の前に差し出した。親指と人差し指の間が異様に盛り上がり、親指が少し変形しているようだった。

    「どうした?」

    「敵の銃弾が通り抜けた痕だよ」

    「恐ろしい! よくまあ、身体に当たらなかったものだな」

    「これのお蔭で今の命があるようなものさ」

    「どういうこと?」

    「当時はガンジス川の向こうは東パキスタンだったんだ。1971年の戦争は専らガンジス川東岸の戦いだった。川を越えて東パキスタンに進撃してしばらくは優勢だった。俺が戦闘機を撃墜したのもその頃だ。しかし、何日かすると激しい反撃に遭ってな、撤退に次ぐ撤退で、いつの間にか川を背に戦っていたよ」

    「背水の陣やな」

    What?

    「いや、なんでもない、独り言だ。しかし、敵の陸軍はヘナチョコじゃなかったのか」

    「俺の部隊が戦ったのは、奴らの最後の精鋭軍だったよ。忍者のようだった」

    「ホンマかいな」

    「いやホントだって。夜になって川を背にして休んでいる時、夜襲に遭ったんだ。『敵襲!』という声に飛び起きて機関銃を握った瞬間、この手に銃弾を喰らったんだ。後ろにふっ飛ばされて流れに落ちた。痛みと恐怖で流されるままになっていた」

    「どうやって助かった?」

    「ガンジス川の中州に流れ着いたのさ。俺の部隊は全滅だった・・・・」

     

    堂前は、熱心に語るバーテンダーの背後に当時の様子が映し出されているように感じた。バーテンダーはまだ喋り続けていたが、堂前の耳にはもうバーテンダーの声が入ってこなかった。所詮、過去の物語なのだ。あと10年で21世紀だ、日本も昭和から平成となって、全てが塗り替えられて行くような気がしていた。ダイヤモンドのビジネスだけが昭和の時代のままであるはずはなかった。

     

    原田商事もまた大きな転換期を迎えていた。社長の原田は、かなり早くからバブル経済の崩壊を予測して、社員全員に注意喚起していたが、高額品が簡単に売れるという情況が当たり前となってしまって、浮かれた気分の蔓延は防ぐことができなかった。株式上場の条件を完璧にclearしながら、原田は上場をとりやめた。自分が会社をコントロールできなくなるような気がしたからだった。平成元年には、原田商事の年商は150億に達した。それでも業界でやっとトップ10の中に入っただけだった。業界内には、年商200億以上の企業が7社もあったのだった。原田は、それらのほとんどが10年以内に経営危機に陥り、20年以内には倒産するか買収されることになると確信していた。原田は、売上を追うことをやめ、会社のdownsizingばかりを考えるようになっていた。

     

    Sorry、途中からアンタの話を聞いてなかったようだな。少し考えることがあるから、おかわりを作って、一人にしておいてくれ。Thanks

    OK, Sir

    堂前は5杯目のバランタイン・ロックに口をつけた。急に酔いが回ってきたような気がした。と同時に、いきなりこの数年のことがデタラメな順番で頭の中を駆け巡った。一番の驚きは、大阪支店のひとつ年下の矢沢が前の年の4月からTel Aviv駐在員になったことだった。国内の景気の良さは若い矢沢が一番の恩恵を被った。とにかく機動力を生かして動けば動くほど売れた。移動距離と売り上げは完全に比例していたのだった。もちろん矢沢より若い社員も何人か大阪支店にいたが、彼らにはまだ経験が不足していた。晴れて“パシリ”を返上した矢沢は大阪支店内での売り上げNo.14か月続け、初の海外出張を経験した。Tel Avivだった。原石の生地が良くて、Makeがイマイチというイスラエルものは大阪市場にピッタリだったのだ。イスラエルの商品を大量に大阪市場に持って来ることにより、矢沢の売り上げは増々伸びたのだった。ちょうどTel Aviv駐在員だった真鍋正巳の3年の任期が終わりかけている頃と重なった。原田社長は、次の駐在員の決定を促され、矢沢を指名したのだった。

     

    しかしこの人事は、本社で大きな反響を呼んだと堂前は聞いていた。矢沢は海外勤務を希望しておらず、候補者リストにも載せられていなかったのだった。これには、さすがに松岡営業本部長も異を唱えた。

    「社長、こんなデタラメ人事が罷り通ったら社の秩序が保てません」

    「おい、松岡、長い付き合いだからハッキリ言ってやるが、お前のその古ボケた脳ミソは何とかならんのか」

    「なんですと、『古』ですと、『ボケ』ですと!!」

    松岡は顔を真っ赤にして怒りだしたが、原田は一向に気にしなかった。

    「ああ、そうだ。一応、俺が決めたんだからな、デタラメと決めつける前に何か意図があると考えるのが普通だろ。お前の頭では考えても分からんのだろうが、それなら理由を聞くのが筋ってもんじゃないのか」

    社長室での二人のやりとりは、部屋の外までハッキリと聞こえていた。若い女子社員たちは‘おっかなビックリ’であったが、ベテラン社員には見慣れ聞きなれたことで、漫才でも聞いているように笑っていた。原田は時おり、頭の固い松岡を“いじる”ことでストレスを発散しているようなところがあった。松岡もそれが分かっていながら、原田の“一の子分”を自認していたから、原田に甘えて強い反発をするようなところがあり、二人が“やりあう”と、なかなか決着がつかないのであった。

    「ほう、そうですか。頭悪くて申し訳ないですね。それならその理由とやらをお聞かせ願いましょうか、社長の横紙破り人事の理由とやらを」

    原田は口元に手をやり、急に声を潜めて喋り出した。

    「社員たちが、俺たちのやりとりを笑いながらしっかりと聞いてやがるからな。ここからはマジな話だ」

    松岡が23歩原田のデスクに近づいた。

    「誰が行っても同じだ、こんな浮かれた景気の時は。バカな買い付けしても簡単に売れるんだよ、そうだろ」

    松岡が頷いた。

    「それにな、どうも中東が“キナ臭い”というナマの情報が俺の学生時代の同窓生や後輩たちから入ってきている。万一の際に逃げ出す、と言うと滑稽だがな、そんなことにもなりかねん。そんな時には矢沢のようなフットワークの良い奴がいいんだよ。お前が作った候補者リストの者たちは平時になるまで取っておけ」

    「なるほど。良く分かりました」

    原田がニヤッと笑った。

    「よし、それじゃまた、社員向けの芝居の始まりだ」

    と言って原田は立ち上がり、再び大きな声で言った。

    「営業で数字を残してきた者をしっかりと見て抜擢するのがお前の仕事だろうが。俺が矢沢が適任だと言う前に、お前から推薦があって然るべきじゃないのか。一体、毎日、社員のどこを見てるんだ。お前は頭も目も年がら年じゅう春霞だな」

    「はい、はい、どうせ私はどこもかもダメな爺ですよ。ここまで言われてはもうこんなところには居てられません。明日にでも引退させていただきます!」

    「また馬鹿なこと言ってやがる。お前なんかなぁ、引退して家にずっと居てみろ、カミサンからゴミ扱いされてな、それそこボロ雑巾のように捨てられるだけだぜ。心配しなくともお前の骨は俺が拾ってやる。とりあえず、眼科に行って、曇り止めの目薬でも貰ってきやがれ」

    「言いましたね、社長。私と一緒じゃないと飛行機にも乗れないくせに」

    「なんだと!」

    松岡はサッと身をひるがえし、バターンと大きな音を立ててドアを閉め、社長室を出た。社員たちの笑い声が聞こえてきた。ちょっと情けなかったが、これで会社がうまく回って行くのだったら安いものだと松岡は思った。

     

    矢沢がTel Avivに赴任してちょうど4か月後の199082日、イラクがクウェートに侵攻、湾岸危機が勃発したのであった。原田と松岡は、情報の確かさを驚くことよりも、ついに『来るものが来た』と表情を曇らせた。7月末までの売上は前年同様の数字を保っていたが、間もなくRecession(景気後退)入りすることは間違いなく、山が高かっただけに谷も深くなることが容易に推測された。原田は、どうやって“ソフトランディング”させるか、そればかり考え、浮かぬ顔になることが多かった。

     

    イラクのクウェート占領が続く中、Tel Avivに買い付けに行くバイヤーは徐々に減り始めた。10月の半ばを過ぎる頃には『D-Day』がいつになるのか、マスコミを騒がせることになり、バイヤーは激減した。それでもTel Avivに行くバイヤーは、『勇気があるのか、アホなのか、どっちや』というようなことが言われるようになった。お蔭で、矢沢の買い付けは快調に進んだ。とにかく日本人の競争相手があまりいない状態だったから、ある面で、“言いたい放題”だった。かなりの量の格安商品を会社に送ることが出来、営業の者たちから喜ばれた。しかし、矢沢も“逃げる”時が確実に近づいていた。松岡本部長からは、毎日のように『大丈夫か? 無理するな、適当に切り上げて退散しろ』という電話やFAXが来たが、日本で感じているほどには怖くは思わなかった。一つ問題があるとするなら“ガスマスク”だった。イラクのサダム・フセイン大統領は盛んに『イスラエル全土に化学兵器をばら撒いてやる』と脅し続けていたから、ガスマスクが必要不可欠だった。イスラエル国民はどこに出掛けるにもガスマスク片手だった。どこに行っても売れ切れで、注文しても1カ月後とか言われた。これには大いに不安になり、本部長に相談した。わずか4日後、矢沢の手元に東京からガスマスクが届いた。FAXで本部長にお礼のメッセージを送ると、電話が掛かってきた。

    「社長が手配してくれたんだよ。でも、どうやって手に入れたのか教えてくれないんだ」

    「相変わらず恐ろしい方ですね」

    「そうだ、どこにでもコネがある。今回のは自衛隊か、米軍か、って感じだな」

     

    「ところで、矢沢くん、そろそろ“撤退”した方がいいんじゃないの。もう十分に頑張ったことだし」

    「そうですね、日本大使館に相談してみます」

    多国籍軍の攻撃開始は恐らく、Christmas明けになるのではないかという観測がもっぱらだったが、12月に入ってほとんどの民間旅客機のイスラエル発着がストップしてしまった。残っているフライトも脱出しようとする人でアッと言う間に予約が一杯になり、ウェイティング・リストも膨大な数で、とても乗れそうになかった。機動力の良さを買われてTel Aviv駐在員を任された矢沢の本領を発揮すべき時だった。Tel AvivからCairo(カイロ)までバスが出ていた。500キロの道のりを3日掛けて到達した。Cairoからアリタリア航空でRomeに移動し、やっと安堵の溜息をついた。とりあえず空港近くのホテルにチェックインして本社に電話した。『松岡本部長はいらっしゃいますか?』と言ったが、しばらくして電話の向こうから聞こえてきたのは松岡よりも格段に良いバリトンの声だった。

    「おお、矢沢クン、無事でなりよりだ。原田だ。元気か?」

    おおっと、という感じで、いきなり矢沢は電話を持って立ち上がってしまった。何故か涙が零れそうになった。

    「はい、身体は元気ですが、精神的にグッタリです。もう少し早く逃げ出すべきでした」

    「イスラエルの日本大使館は色々と力を貸してくれたのか?」

    「いえ、あまり・・・」

    「そうか、それは大変だったな」

    「これからどうすればいいですか?」

    「そうだな、Romeにいても仕方ないからな。とりあえず、明日あたりAntwerpに移動しなさい。Antwerp34日買い付けしている間にキミの今後についてまた指示しようと思う」

     

    結局、矢沢はそれからずっとAntwerpに滞在していた。帰国しても良かったが、湾岸が平穏になっても日本からでは、直ぐに旅客機が飛ばない恐れもあり、Tel Avivに戻るまで時間を要するのではないかと懸念され、また、湾岸危機の影響で何となく海外出張に出たがらない空気が蔓延していたから、矢沢がAntwerpで買い付けするのは自然な成り行きだったのだ。堂前は、一昨日、Antwerpに電話して“可愛い後輩”の矢沢と久しぶりに話をしたところだった。

    「ベルギーの生活はさぞやええやろな」

    「あほなことを。今いつや思てますねん。真冬でっせ。ホテル住まいは寒うて耐えられへんから、アパート借りてもらいましてん」

    「ほう、流石に稼ぎ頭は違うな」

    「また、そんなこと。まあそれでも、パシリの時よりは待遇よろしいわ」

    「そりゃそうと、矢沢、お前、定期的にオランダへ通てるようなことはあらへんやろな」

    「そりゃもう、カジノ通いは身の破滅ですから、気つけてますわ。飲むだけにしてます」

    「それは良かった」

     

    かつてAntwerp駐在員だった高瀬は、やはりカジノの誘惑から逃れることが出来ず、借金作って公金を使い込み、それが発覚して解雇されたのだった。堂前がAntwerpに出張した折りの高瀬は、既に異様な雰囲気でカジノに行っていたから、高瀬と親しい西川に言って止めさせようとしたが駄目だった。その後の高瀬の行方は誰も知らないようだ。ベルギー人の彼女と住んでいるとか言う者もいたが、どうでも良い話だった。要するに、それだけの男だったということだ、別に気にするほどのことではなかった。現在のAntwerp駐在員は遠藤だった。NYから横滑りしてきたのだった。遠藤は、駐在員会議で原田と会った時、ずっとNYで仕事がしたい旨を懇願した。ダイヤの買い付け以外のことでも構わないからNYから帰国させないでくださいと熱心に語った。原田は、しばらく考えて返事をすると言い残して別れた。約半年後、原田と松岡がNY市場を視察に訪れた。二人は数日滞在して、遠藤の案内で市場調査した。原田は帰国する前の夜に遠藤と食事して提案した。

    「どうせ、キミのことだから、帰国命令を出したら退職願が返ってくるのだろう。それならそれで一向に構わん、と言いたいところだが、キミの語学の才能は捨てがたい。帰国命令は出さんが、次の任地はAntwerp、ベルギーで3年我慢したらまたNYに戻してやる。それでどうだ」

    と言われ、何となく社長に誤魔化されたような感じだったが、納得してずっと時が経ってしまった観だった。

     

    堂前は、色んな物思いからやっと現実の世界に戻った。気が付くとバーカウンターの堂前の両サイドにもグラス片手の男が座ってお互いの連れと何か談笑していた。そろそろ部屋に引き上げ時だった。堂前は、機関銃手だったというバーテンダーに向かって右手を挙げ、ペンでサインする格好をした。直ぐに勘定書が用意され、部屋番号と名前を書いて立ち上がった。堂前は、遠藤の後任のAntwerp駐在員を希望していた。しかし、今日Bombayでその考えを改めることにしようと思った。特に何があったという訳ではなかった。良く考えると、もうそんな“時代”ではないのだろうと思われたのだった。ダイヤモンドが売れなくなるとは思わなかったが、駐在員は不要になるだろうという気がした。出張で行くだけで十分であるし、実際に日本市場を“こまめに”見ていないと、変化が激しくなるであろう“時代”に対応は不可能になるに違いないと思った。奇しくもこれは原田の考えと同じだった、堂前が原田の考えを聞くことは全くなかったのであるが。

     

         ― 続く ―

     

     

     

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