Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその16
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        ―前回の続き―

     

    198X213日、Brussels国際空港、到着エリア、高瀬は西川がインドから飛んでくるのを迎えに来ていた。ベルギー時間午後5時半、多くの人たち各々が、さまざまな笑顔で大きな扉の向こう側から姿を現すのを待ち構えていた。到着ロビーの表示板では、西川の乗ったSABENAベルギー航空機は既にtouchdownしていた。荷物を見つけるのに時間が掛かっているのだろうか・・・スーツケース等が完全に行方不明になって紛失してしまうということは極まれであったが、預けた荷物だけ半日遅れ一日遅れで届けられるということはよくある話だった。高瀬も一度、出張でBrusselsに到着した折りに経験させられていた。早朝に着いて、荷物はその日の夕刻にホテルに届いたから良かったものの、届くまでの不安な気持ちは表現のしようがなかった。『あの時、念のためと思ってAntwerpのデパートで買った下着は、なにかどうも穿き心地の悪いトランクスだったが、日本円にして12,000円以上もしたなあ』なんて思い出していると、いきなり西川が目の前に来た。

    「ボーっとしてんじゃねえよ」

    「おー、ビックリした。Welcome to Belgium!

    「社長たちはもう着いてるの?」

    「明日の朝Amsterdam着の便だ」

    「遠藤さんと泉さんは?」

    「予定、聞いてねえなぁ。会議に間に合うようにやって来るだろ」

    「そうか、良かった、今日はお前とゆっくり喋れそうだな」

     

    翌日翌々日、14日と15日の二日間、Antwerpで、原田商事の駐在員会議が行われる予定だった。毎年、日本からは、社長、営業本部長とともに、国内4か所それぞれの支店長がやってきたが、物見遊山は許されなかった。二日間の中身の濃い議論、討論、考証、分析など等の後、支店長たちは、それぞれの任地に戻って行く駐在員の誰かに一人ずつ付いて“現場”に行き、一緒に買い付けをしなければいけなかったのであった。エレベーターで何度か上り下りを繰り返し、二人はようやく空港脇の駐車場にたどり着いた。

    「おい、この寒さ、なんだよ一体。信じられない」

    「そんなこと来る前から分かってただろ。でもまあ確かに、今日はいつもより寒い気がするな。既にもう氷点下に行ってそうだ」

    「おお、Fantastic40℃超と氷点下、同じ日に両方経験できるとは幸せ」

    「ここの会議のあと、札幌の北條さん、Bombayだぞ。大丈夫かな。北海道とBombayじゃ、体感で60℃くらいの差がある」

    「そんなことくらいで音を上げてたら、社長に撃ち殺されるよ」

     

    その後、高瀬の運転する車の中で二人は、同じ数十度の違いなら、暑⇒寒、寒⇒暑、どちらが耐え難いか、ということを真剣に議論した。どちらとも説得力のある論拠が提示されないまま、何をこんなに真剣にと、バカらしくなってきた。それでも二人は、ひとつのことだけ“合意”に達した。“酷暑”⇔“極寒”、どう移動しても問題なく平然としていられるのは原田健太郎だけに違いない。

     

    同じ頃、Antwerpダイヤモンド街。

    数日前既に、アルノンとミカエルは、無事にインドから帰国していた。買い付けた商品も届いて、順調な売れ行きで、ロシアもののCleanishを扱っていた時とは比べものにならないほどの利益を上げていた。

    「この調子で行くと、直ぐにまたSuratに行かないといけないのではないですか」

    「ミカエル、お前ひとりで行けるか?」

     

    さすがにミカエルも『Yes』と即答は出来かねた。Antwerpにやって来る東アジアの若手バイヤーたちと遜色ないどころか、彼らを上回るほどの鍛えられた“目”を持っているミカエルではあったが、如何せん人生経験が足りなかった。普通なら、女の子の尻を追い掛け回しているティーンエイジャーであり、ダイヤモンド街以外、Antwerp市内以外での体験に乏しく、物事に柔軟に対処出来るかどうかは全く不透明であり、アルノンにしても、一人で出張させて任せるには誠に不安と言うしかなかった。しかし、ならば1年後、あるいは2年後になったら自動的に人生経験も豊富になって、単独での仕入れをさせても大丈夫と言えるようになるのかと言うと、それも違うような気がした。結局は、アルノン自身がどの時点で決断するのか、ということだけであった。インドSuratは、心地良い環境とは言えなかったが、覚悟して行ったせいで何とか乗り切れた。ボトルに入った飲料水以外は飲まなかったし、生の野菜や乳製品を絶対に摂取しなかったから、胃腸は全く問題なく過ごせた。アルノンが以前に取引したインド人が甥にやらせていると言っていたSuratの研磨工場は、確かに大きく、何十人もの研磨職人を抱え、非常にアクティブに見えた。しかし、初回からリーズナブルな価格での販売という訳にも行かないようで、アルノンは『また来るよ、その時はよろしく』と言って何も買わずに引きあげた。一方、エリックが紹介してくれたAbbas Diamondsは、期待以上だった。工場から磨り上がり直後の、湯気が立ってそうな商品をふんだんに用意してくれて、アルノンは久しぶりに興奮してしまったのであった。中でも、1crtから3crtsのラウンドのSI2, I1あたりの商品は圧巻だった。もちろんそれらは、“ロシアもの”のテリや透明感とはとても比べられる物ではなかったが、『無色透明の大きなラウンドの、格別に安いダイヤが欲しい!』と望む消費者に‘ピッタリはまる’、と確信できる圧倒的な安さだった。今回は、たまたま2crts3crtsが安く豊富にSuratにあって、逆にAntwerpではそれらの物が品薄であったことで、ミカエルがまず商品を持ち込んだエリックのオフィスで、2crts以上の商品は羽根が生えたように完売したのであった。ミカエルは帰り際、エリックの父親のモーリス・オースティンにも深く感謝の気持ちを述べに行った。モーリスは、『な〜に、どうと言うことはない。お互い様だ。それにキミのような若い人が頑張っているのは嬉しいし、常に応援したくなるもんだよ』と言ってくれたが、その“どや顔”は、いつまでも忘れそうにないと思った。あと2度や3度は同じ買い付けと販売が可能だろうという楽観的な気持ちにミカエルはなっていたのも事実で、徐々に一人でSuratに行くこともまた楽しいかもしれないと思い始めてもいたのであった。

     

    Brussels国際空港から小一時間後、高瀬の運転する車はAntwerp市街に入っていた。

    「“飾り窓”でも冷やかすか」

    「えっ?! なんとおっしゃいましたか、高瀬さん」

    「飾り窓だよ、外から見ている分には綺麗なもんだ」

    「見るだけだぜ、まだAIDSになりたくないからな」

    「当たり前だ!」

    「しかし、高瀬、お前は本当に良い男だ。“飲む打つ買う”、全て揃ってバイヤーの鏡だな」

    「おい、ちょっと待て。誰がそんなことを」

    高瀬は徐行しながら“その通り”に入って行ったが、西川の言葉に動揺を隠しきれず、危うく道路脇に駐車している車にぶつけそうになった。極彩色と言うか、真赤な灯りで飾られた大きな“窓”が並び、中のランジェリー姿の女たちが思い思いの媚態を作っていた。車から降りて歩くと、何か“危険”という気がして、高瀬はジョギングよりも遅い速度で車を動かして行った。通りを歩く男たちは決して少なくはなく、飾り窓の前に立ち止まっている者もいた。いくつかに一つはカーテンが閉じられ、“Busy”ということが良く分かった。助手席の西川は、ダイヤモンドを見る時よりも明らかに真剣な眼差しになっていた。しばらくして高瀬は、頭がクラクラしてきた。これはダメだと“通り”から抜け出し、港の方へ向かった。西川は後ろ髪を引かれるような顔で“通り”を振り返っていた。

    「ご堪能いただきましたか、西川さん」

    「ばかな」

    「それにしては力の入った視線だったな」

    「そういうことは言いっこなしだ」

     

    「それはそうと、西川、さっき俺のことを“飲む打つ買う”なんて言ったけど、誰だ、そんなこと言ってる奴は」

    西川がAntwerpに来るのは2度目で、初回は高瀬がAntwerp駐在員になる前だったから、西川は高瀬の“手慰み”を知らないはずだった。

    「先月、大阪の堂前がBombayに来たんだよ。色々話してたら、去年Antwerpに買い付け行きましたと言うから、『どうだった?』と聞いたら、『高瀬さんにはホンマお世話になりました。特にカジノでの熱いご指導は忘れられません』、なんて言ってたぞ。それに『自分だけ勝たせてもらって誠に申し訳ない気持ち』、だってさ」

    高瀬が苦虫を噛み潰したような表情になった。高瀬は相変わらずベルギー国境を越えたところにあるオランダのカジノから離れられず、“負け”のトータルも増え続けていた。

    「堂前が、『ルーレットの台に向かっている高瀬さん』と言ってな、お前の真似するんだ、煙草を右手に持って、顔を少し左に傾けながら‘はすかい’の視線で、左手でチップを次から次へと置いて行く姿をな。“さもありなん”と大笑いだったよ」

     

    「高瀬、カジノに行くなとは言わんが、ほどほどにしておかないと取り返しのつかないことになるぞ」

    「うるせーな。堂前が来た時にはちょっと調子に乗り過ぎただけだ」

    「それならいいけど、堂前の言い方からすると、お前、相当に“のめり込んで”いるんじゃないかと、俺は心配している。そんなになるまで博打に取り憑かれ魂を奪われるほどになって、ホントどうかしてる」

    「わかってるって。分かってるけどやめられないんだよ。ヨーロッパの、この冬の暗さ、お前には分かるはずもないが、どうやって過ごせばいいのか、他に何かやることがあるのか、何をすれば良いのか、俺にはサッパリ分からん」

     

    港の近くのスペイン料理店を出たのはもう深夜であった。西川をホテルに送り届け、高瀬は初めて自分がかなり酔っていることを知った。西川の安宿から西に400mくらい走ると、Sheratonが見えてきた。付近の広い車道には車もまばらで、歩いている人などいなかった。これ幸いに、高瀬は車を停め、エンジンも切ってシートを後ろに倒した。安物の赤ワインのせいだったに違いない、頭の中がガンガンと鳴っているような気がして、深夜の景色が休まずに回転しているのではないかと思った。夜の木立の黒さが戦慄するほど不気味に見えた。高瀬は眠りに入って行くことをなんとか堪えた。外は氷点下10℃以下になっているに違いなかった。いくら車の中とは言え、こんな吹きっさらしの場所に朝までいたら凍死するかもしれなかった。かと言って寒くて誰も待ってない自分のアパートに帰るのは気が滅入った。ジュスティーヌの部屋に転がり込むしかないという結論に至った。シートを起こして車を発車させた。5分ほどでジュスティーヌが住むアパートの前に来た。ここに来るのは何度目か忘れたが、いつもこのような深夜だった。誰か“先客”がいたらどうしようとも思わなかった。その時はその時、車の中で凍死でも何でもすれば良いと、半分ヤケクソのような気分になっていた。ドアの前に立った。時間を考え、呼び鈴を押すことは控えた。ドアを34度と軽くノックした。驚いたことに、直ぐに開けられて、ジュスティーヌが立っていた。

    「待っていたわ」

    「ウソだろ」

    「そう、ウソ、でも、車が下に停まったのが見えて、あなただと確信した」

    ジュスティーヌは、高瀬のコートと上着を脱がせてハンガーに掛けた。高瀬はソファの上に転がって目を閉じた。

    「しょうがない人、ほんとに」とジュスティーヌはつぶやいて、高瀬の足から靴を脱がせ、首からだらしなくぶら下がったネクタイを取り外し、シャツのボタンを23つ外し、ズボンのベルトを緩めた。高瀬の頭は相変わらず唸りをあげていた。

    「何か飲み物くれ」

    「今日は特別に寒いからウオッカが良いかしら」

    「ウエッ、聞いただけで死にそうだ」

    「オレンジジュース、パイナップルジュース、グレープフルーツジュース、トマトジュース、どれにする?」

    「トマトジュース」

    冷たいボトルを握らされ、飲んだらただの水だった。片目を少し開けたらevianだった。アッと言う間に飲み干して、ボトルが手から滑り落ちた。高瀬はようやく安らかな眠りに落ちて行く自分自身の姿を見るようにして夢の中へ入って行った。

     

    非常に暑く感じて、高瀬は目を覚ました。ジュスティーヌが高瀬の胸を枕にして眠っていた。いつの間にかベッドに移動したようだった。しかし高瀬の胸は裸ではなくTシャツを着ていた。下半身を“確認”すると、トランクスも普通に穿いているようだった。当たり前だ、あんな状態で何か“出来る”はずはなかった。ジュスティーヌは薄いタンクトップを着ているようだった。身動きして起こしてしまうのは可哀想と思って、高瀬はじっと我慢していた。外はまだ深夜のようであったが、時間の感覚がなかった、恐らく早朝なんだろうと推測していた。

     

    ジュスティーヌは、ダイヤモンドバイヤーたちが定宿にしているホテルの一つ、Caesar Hotelに勤務していた。Caesar(カエサル)とは名ばかりのビジネスホテルだった。それでも、世界各地から毎日のようにバイヤーがやって来るから、フロントは24時間態勢だったし、ジュスティーヌはフロント勤務の後、バーカウンターの中でカクテルを作ったり、ビールをサーバーから注いだりしなくてはいけない日もあり、帰宅が深夜になることも珍しくはなかったのだった。高瀬がジュスティーヌと初めて会ったのはそのバーカウンターだった。去年の春先だった。仕事の後、何気なくフラリと入って座って、帰る時にはデートの約束を取り付けていた。その時、『あなた、本当に日本人なの?』とジュスティーヌに聞かれた。『どうして?』と聞くと、『誘い方が上手』という答えが返ってきた。

    「このホテル、日本人のバイヤー多いでしょ。夜にバーで勤務していると、しょっちゅう日本人から言い寄られるのよ」

    「へー、皆さん海外では積極的だねぇ。何て言ってくるの?」

    「明日の夜、日本料理屋で寿司食べませんか、とか」

    「だったらもう、寿司は相当食べたんだ」

    NON、全然よ。だって、お寿司食べながら口説かれたくないわ」

    「そうだよな、何となく分かる」

    高瀬は、『Antwerp王立美術館の前に座って、ルーベンスについて語らないか』とジュスティーヌに言ったのだった。ジュスティーヌは、『はあ??』という表情をした。しばらくの間、高瀬が何を言ってるのか良く理解できず、『あなた、まさか、こう言ったの?』と確認して、高瀬が『そうだ』と答えると、大笑いしたのだった。

    「そんなにおかしいか?」

    「そう、おかしいと言うか、面白い」

    「そうだよなぁ、こんな下手な英語でなぁ」

     

    その次の週末、ジュスティーヌと王立美術館へは行ったが、『無理することないわよ』と言われて、高瀬はルーベンスについて語ることはしなかった。美術館の荘厳な建物の前の階段に座って、ジュスティーヌの横顔を眺めていた。むやみに嬉しく、はしゃぎ出してしまいたい気持ちになってきた。『ベルギーの家庭料理が食べたい』と言うと、『これから食べさせてあげる』とジュスティーヌは言ったのだった。食品スーパーで材料を選んで、ワインとビールを買い、高瀬が全部支払い、ジュスティーヌのアパートに行った。特にドキドキすることもなかった。レストランに行くことを考えたら格段に安くついたなとだけ思った。

     

    ジュスティーヌの料理は、鶏肉と野菜をバターと生クリームと卵黄で煮込んだシチューのようなものだった。味は濃かったが、全く違和感なく美味しく食べられた。ビールとワインで、ほど良い心地良さになってゆき、、、

    気が付いたら翌朝だった。

     

         ― 続く ―

     

     

     

     

     

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