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「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその15
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        ―前回の続き―

     

    198X26日、原田商事大阪支店の矢沢は“鑑定屋めぐり”をしていた。大阪支店のパシリ(使い走り)は、一番若く社歴が浅い矢沢の仕事と暗黙の了解があるようだった。事務職の女子社員までが『矢沢クン、これ』と、遠慮なく“お使い”を命じてきた。矢沢は、『この唾棄すべき時代錯誤的封建的年功序列的旧世代的因習的保守的体育会系的前近代的旧弊!!』と強く思っていたけど、営業で大した実績がない現状では遺憾ともし難かった。一つ年上の先輩の堂前清に『ちょっと酷くないですか、一日中パシリやってる日もあるんですよ〜』とボヤいてみたが、『お前の身体(からだ)は軽そうで、動き良さそうやし、顔もかわいいから、皆なんでも頼みやすいのやろ』と笑って、まともに相手してくれなかった。41日に新入社員が入って来ると聞かされていたが、どうだか分からなかった。前年の41日に大阪支店に配属予定だった新入社員は札幌支店と福岡支店に行ってしまって、大阪へは一人も配されなかったのだった。大阪支店の営業成績が横ばいであることが主たる要因だった。『大阪の人員は余ってるんじゃないのかな。若くて活きの良い者がいたら本社に転勤させた方が良さそうだ』と社長が公言しているという話も伝わってきていた。それを聞いて『本社に行けるかも』と喜ぶ社員もいたが、『しっかりしろ!』という社長の大阪支店に対する強いメッセージに違いなかった。

     

    矢沢は心斎橋から地下鉄御堂筋線に乗って、新大阪の一つ隣りの西中島南方に向かっていた。大阪のビジネスの中心の外側、淀川の“向こう側”、東京などからの出張族がよく利用するビジネスホテルや、‘いかがわしい’風俗店が多いエリアに、AGT大阪支店があったのだった。いくら業者相手の鑑定屋とは言え、宝石関連の企業が事務所を構えるような場所では到底なかった。AGT経営者のセンスの無さがうかがい知れた。大阪の“ジュエリーTown”が心斎橋エリアの南船場であることは自明なのに、何を考えてそんなところにAGTは大阪支店のオフィスを置いたのか、大阪の宝石商たちは皆あきれていた。しかも、南船場からAGTに行って帰るだけでちょうど1時間掛かるのだった。全く呆れ果てたことに、AGTはこの何年か先、昭和が終わってもまだ西中島南方から動かずにいた。平成になって1,2年して後ようやく大阪支店のオフィスを南船場の“端っこ”に移転させたのであった。矢沢は、AGTのあと、心斎橋エリアにある中央宝石研究所とOGSOsaka Gem System)にも行かねばならなかった。ソーティングや鑑定移行の依頼、または、それらの出来上がり分の受け取り、依頼と受け取りの両方、それらのことしか鑑定屋に用のない矢沢であったが、矢沢はどうにも鑑定屋の女子社員、受付嬢たちが苦手だった。AGTの女性たちはまるで“色気”というものがなく、加えて愛想もなく、まだ市役所の方がマシだと感じていた。中央宝石研究所は、社員教員には全く興味がないのか、あまりに粗雑で非常識だった。この前は、グレーディングされてないルースが何個か入った小さなボックス2つをカウンターに出したら、こちらがどのようなグレーディング依頼なのかを説明する前に『ソーティング?』なんて言ってきた。せめて『ソーティングですか?』と言いやがれ、とムッとなった。『ちょっと待てよ。これから言うから』と声を荒げてしまった。グレードによっては、ソーティングの上がり即鑑定移行という物もあるからだった。依頼主の署名をする時、ボールペンを投げられた。『原田商事 矢沢』と書いて、ボールペンを受付嬢のポッと開いた口に差し込んでやろうかと思った。

     

    OGSの女子社員は、何か不満があるのか常に不機嫌で、やたらイライラしていた。矢沢の少しの言い間違いや認識不足を、重箱のスミを突っつくように指摘し糾弾した。他社よりグレーディングに時間を要することが多かったから、『もう少し早く出来上がらないものか』と言うと、『文句があるのなら他所に行け』というような言い方をされた。ほとんど毎回のように気分を害された。OGSから出た後のエレベーターの中では『しばくぞ!』と叫んで、エレベーターの箱のどこかを蹴りつけていた。矢沢が蹴らないような箇所にも“キック痕”が残っていた。『皆、嫌な思いをしてるんだろう』と確信した。『俺が管理職になったら、絶対にOGSなんて使ってやらない!』という思いは毎回強くなって行った。

     

    大阪の宝石鑑定屋の草分けとして認知されていたOGSは、デパート関連では“老舗”としての強みを誇っていた。しかし、その他一般の流通網、輸入屋から卸屋、中小規模の小売店という流れの中では、関西でもAGTと中央宝石研究所が大きくシェアを伸ばしてきていて、OGSは苦戦を強いられるようになっていた。OGSが大阪と関西エリア限定的なのに対して、AGTと中央が東京本社で、日本全国への発信がより有利であったことが一番の理由であったが、OGS代表の片山に対する巷の評判の悪さも大きな要因のひとつだった。何年か前、OGSと片山は税務署から目を付けられ、大掛かりな査察にあった。とにかくOGSは儲かり過ぎていた。大阪エリアのダイヤモンド・グレーディングのかなりの部分を占有していた時期があったからだった。業界のウワサでは、3年間の脱税による追徴金は、OGSと片山個人合わせて数千万円にも達した、ということであった。片山はその大金を眉ひとつ動かさずに即納したそうで、それがいっそう大阪の業者の反感を買ったのであった。また、片山は確かに商売上手であったが、片山の鑑定士としての知識、ダイヤモンド・グレーダーとしての実力には時おり疑問符が付けられていたのだった。実際のところ片山は、やっとのことでGIAを卒業することが出来た劣等生だったのだ。

     

    196X年、アメリカ西海岸、GIA構内、

    片山は、何とかGIAの入学金と授業料を調達し、就学ビザを取得してアメリカに戻っていた。片山にGIAの存在を教えて、この場所に最初に連れてきてくれたサラ・エデルマンは、既に卒業していて会うこともなかった。バイトしていたレストランに行けば会えるかもしれないと思ったが、特に会いに行きたいとは思わなかった。それほどに西海岸での“遊学”は楽しい日々だった。しかしその楽しい生活も終わりの時が近づいていたのであった。

     

    片山はGIAの事務室に呼び出されていた。

    Mr. Katayama、今回が貴方の最後のチャンスです。今回の試験で及第点を取れなければ、貴方はGIAからKick Out(除籍処分)となります」

    「えっ!? なんですって??! 私は授業料を全額支払い済みです」

    「それは全く関係ありません。卒業試験を3度失敗すると除籍、退学、放校となることは校則に明記されております」

    「し、し、知らなかったーー。今回ダメだと、もうここにはいられない?」

    「残念ながらそういうことになります。それと、付け加えますと、放校となった時点で、貴方の就学ビザも失効します。もし放校処分となった場合は、速やかに帰国しないと不法滞在で逮捕されることになります、念のため」

    いきなり冷水を浴びて目が覚めたら、断崖のそばで寝ていたことに気が付いたようなものだった。

     

    試験開始まで1時間もなかった。講義で使っていたテキストを開いたが、まるで頭に入ってこなかった。ここまで一体、何がいけなかったのだろうと考えた。英語はほぼ理解出来ていた。授業内容も理解していたはずだった。ただ、あまり予習復習をやらず、それは小学生の頃から中学高校大学を通しての“習慣”で、生徒学生たちに‘超甘、激甘’だった日本の高校大学の続きのような感覚で滞在していて、試験となってもそれほど重要なこととは感じていなかったのだった。授業以外では、ほとんど勉強らしい勉強をせず、卒業試験に落ちても、何度か受けているうちに合格点を取れるのだろうと楽観していた。2度目の卒業試験にまた落ちた時、合格した“同期生”たちから『お前、ヤバいぞ』と言われても意に介さなかった。“3度失敗⇒退学”、というルールを知ったのは本当に今日だったという能天気ぶりだった。

     

    試験が始まっても、なかなか集中できなかった。記憶にあったはずのことが思い出せなくて涙が出そうになった。運転免許の試験と同じで、他の者の出来は関係なかった。定められた得点以上を取りさえすれば良かった。ただし、85分か9割か知らないけど、とにかく高い正答率を求められていることは間違いなかった。出来たとも出来なかったとも言えぬままに試験時間が終了した。結果発表は2時間後だった。もう居ても立っても居られない気持ちだった。朝から何も食べてないことを思い出したが、食欲なんて皆無だった。

     

    2時間が経過した。掲示板に合格者の学生番号が張り出された。片山は自分の番号を見つけられなかった。何度見てもないような気がした。穴が開くほど見たけど、やはりなかった。失意のうちに立ち去ろうとして、視線を下げたところ、“欄外”に自分の番号を見つけた。何か文章が添えられていた。『これら4つの学生番号の者は事務室に来るように』と書かれていた。最後のご挨拶なんだろうと思った。ひょっとしたら、卒業できなかったから、いくらかでも授業料の返金があるのかなと推測した。どんよりとした気分と重い足取りで事務室に行った。他の3人は既にどこかに行った後のようだった。片山が行くと、直ぐに教室の一つに案内された。誰もいなかった。待つことほどなく、見覚えのある講師が事務スタッフ二人を従えて入ってきた。“ものものしく”三人も、と思ったが、深くは考えなかった。

     

    講師は、片山にニッコリと笑って言った。

    Have a seat.

     

    顕微鏡とデイライト、それにスケール(電動秤)、Size Gauge(計測器)、そして白いパッドが置かれている広い机の脇に腰を下ろした。

    Mr. Katayama、貴方の試験結果は芳しいものではありませんでした。しかし今回の試験は難易度が高く、合格ラインを超えた者がいつもの約半分しかいませんでした。そこで、ほんのわずか合格点に届かなかった貴方たち4人に追試をして、結果が良ければ合格とすることにしました」

    「ま、まさか・・・、本当に?」

    Yes、本当のことです。ただし、問題は1問だけです。これに正解しないと、貴方は完全に終了です。卒業できずに放校となります」

     

    またもや片山の心臓は激しく鼓動を鳴らし出した。ジェットコースターのような一日だった。情況に付いて行くだけで精一杯だった。頭の中がグチャグチャになっていた。ダメで元々だと思う気持ちと、チャンスを逃したくないという思いが交互に浮かんでは消えた。

     

    講師は、白いパッドの上に鮮やかな緑色の石を置いて言った。

    「これは誰が見てもエメラルドですね。このエメラルドが、Natural(天然)か、それとも、Synthetic(合成)なのか、答えてください。問題はそれだけです」

    「時間は?」

    10分以内です」

     

    ゆっくりしている時間はなかった。スケールに乗せた。5.74crtsだった。サイズを計測した。縦横11.3 – 11.1mmだった。そこそこ綺麗な色味だった。肉眼でもいくつかのインクルージョンが見えていた。次にルーペで見た。新たな発見は何もなかった。顕微鏡で舐めるように眺めたが、インクルージョンがやたら大きく見えるだけだった。その時点で既に5分以上が経過していた。片山にはサッパリ判断がつかなった。もう少し真面目に勉強しておいたら良かったと心底後悔した。今度こそ完璧に断崖絶壁の間際まで追い詰められたような気分になった。心臓が喉から飛び出しそうだった。何とか気を取り直し、まだ5分近くあると思い直した。二者択一、丁半博打と一緒、勝つ確率は5割もあるのだから何とかなると考えた。これだけインクルージョンがあるのなら天然であるべきと思った。いや、待てよ、GIAが、こんな大きな天然エメラルドを持っているだろうか、もし天然なら、市場価格はとんでもなく高いのではないのかと思った。そうだ、有り得ない、GIAがそんな高価な物を教材として所有しているはずがない。

    絶対に合成だ!

    確信した。

     

    片山は自信たっぷりに叫んだ、

    Synthetic!!」

     

    Congratulations! 卒業おめでとう!!」

     

    あまり冴えない片山の新たな旅立ちだった。

     

     

         ―続く―

     

     

     

     

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