Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその9
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        ―前回の続き―

     

    Antwerp、ディアマンタル社の1室、川島はまず、一番単価の高いロットのダイヤ全部を、慎重にパッドの上に出して、11個の重量を量り始めた。ロットは、0.5crt以上0.7crt未満、いわゆる『ロシアものAクラス』と言われるMakeCut & Proportion)、DEFカラー、VVSVSであった。もし0.5crt未満の物がロットの中に入っていれば、それはCondition(取引条件)として“問答無用”で外されることになる。ミカエルは、重量を量ることは『初歩以前のこと』と、アルノンから厳しく言われていたから、問題があるはずはなかった。時おり、スケール(秤)の上で、0.499crt0.500crtの間を行き来する物があったが、そのような時にはダイヤモンド街の“Official”(公式ジャッジ)に出掛けて、計測してもらって証明書を発行してもらい、ロットに添付していた。

     

    次に川島はピンセットとルーペでMakeを見始めたようだった。1個当たり数秒も掛かっていなかった。ミカエルは、川島の軽やかとも“しなやか”とも言えそうな‘ピンセットさばき’に感動していた。素早い動きで、かつ、ダイヤモンドを掴み損ねるということが全くなかった。ピンセットの光沢がミカエルの物と違っているように感じて、何か特殊な材質の物なのか聞くと、

    「チタンや、チタン。軽いし、メチャ扱いやすいでぇ」

    という答えが返ってきた。

    「どこで売ってるのですか?」

    「なんやキミ、そんなことも知らんかったんか、そこやがな、そこ」

    と、ダイヤモンド街の端っこの方を指差した。

    1本、25ドルもするねん、その価値は十分あるけどな」

     

    Makeの検分をアッと言う間に終え、川島はカラーカードを取り出した。カラーカードは、色の付いた紙という意味ではなくて、無色透明のダイヤのカラーを見るための少し厚めの真白な紙である。長さ十数センチ、幅数センチの物を半分に折って、折ったところにダイヤを裏返して置き、デイライトの下でダイヤのパビリオンサイドの色を見るのであった。DEFカラーであるから、素人が見ても色があるとは思えない物ばかりであり、それを“仕分ける”のはバイヤーと言えども神経を使った。

     

    川島はAntwerp買い付け30回以上の“歴戦の勇士”であったが、上司から言われた‘買い付けの基本’を忠実に守っていた。即ち、高品質の物がパックされたロットをチェックする手順は、まず重量を量り、次にMakeをチェックし、そして、Color、最後にClarityということであった。簡単で時間の掛からない事からやってゆく。Rejection(外さなければいけない物)が多くて、結果『買わない』ということになれば、作業は無駄になる。無駄な時間を少しでも減らそうということなのだ。

     

    「有能なアソーターのミカエル君、キミと僕との目合わせをしょうか」

    と言って、川島は一枚の紙に次のように書いてミカエルに渡した。

     

    D VVS

    D VS1

    D VS2

    E VVS

    E VS1

    E VS2

    F VVS

    F VS1

    F VS2

     

    「キミがアソートしたロットやろ。それぞれ何個ずつか覚えてたら、書いてくれ。俺が見えんようにな。書いたら裏返して横に置いてくれ」

    「承知しました」

     

    ロットの内容は全て頭に入っていた。厳しいアルノンに鍛えられ、また、何度もやり直して自信があったのだった。1分も掛からず、ミカエルは数字を書き終え、裏返して川島のそばに置いた。

     

    川島は、ロットの34個を、DEFに分け終わったようだった。マスターストーン(カラーサンプル)と11個比べながらカラーを判断しているバイヤーが多かったが、川島は23度マスターストーンを使っただけだった。『やはりこの人はトッププロだ』とミカエルは思った。白いパッドの上に、大中小、3つのグループがあった。川島は、“仕分け”の最後の段階、Clarityに取り掛かった。10倍ルーペでVVS1VVS2を判断することは無理があった。見えるか見えないかも分からないようなピンポイント(針の先で突いたようなインクルージョン)を探して、それが3つ以内なのか、それとも4つ以上あるのかをルーペで探すのは時間が掛かり過ぎ、また不正確だから、そんなことはナンセンスだった。鑑定屋のグレーダーは皆、顕微鏡でインクルージョンを見つけ、それをルーペで確認するという作業をしているのである。バイヤーのやり方は、VSになってしまうインクルージョンがないからVVSになるという判断であり、単にVVSと判断した物がVVS1になれば、それは“余禄”という考えだった。だから、VVSと判断した物が全てVVS2でも構わないというような買値の設定をしなければいけなかった。

     

    トッププロの川島でも、VVSVSを判断することには少し時間を要するようだった。ミカエルは、これに関しては、ひょっとしたら若い自分の方が少しばかり早いかもしれないと思って内心‘ほくそ笑んだ’。ほどなく川島が作業を終えて、紙にアソートの結果を書き記した。ミカエルの書いた紙と並べた。

     

            川島    ミカエル

    D VVS            5                   6

    D VS1            7                   7

    D VS2            3                   3

    E VVS            6                   5

    E VS1            4                   5

    E VS2            2                   2

    F VVS            3                   2

    F VS1            2                   2

    F VS2            2                   2

     

    ほぼ同じと言っても良かった。ミカエルは安堵し、川島はニヤリと笑って言った。

    「ほう、やな。キミは大したもんや。キミのボスは相当に厳しい人なんやろな」

    「ありがとうございます。厳しいボスのお蔭だろうと思います」

    「これはもう、あとのロットは俺がアソートする必要はない訳や。キミのデータをほぼ信用できる」

    I’m very happy.

    「いや、もうOne Lotやってみよか。偶然ちゅうことも有りうるからな」

     

    川島は、単価の高い順に並べられたラインナップのちょうど真ん中のロットを選択し、また重量を量り始め、ミカエルに、同じようにロットの内容を紙に書いて伏せて置くように言った。約30分後、川島のアソートが終わり、また2枚の紙を突き合わせた。今度もほぼ同じだった。

    I’m happy, too.、ミカエル君。時間が相当に節約できる。残りの5ロットは石目(重量)量って、Makeをチェックして終わりやな。その5ロットのアソート結果を書いといてくれ」

     

    厳しい道のりと思ったのが好転し、ミカエルは小躍りしたくなった。この調子でゆけば必ず良い結果になると確信した。

     

    同時刻のインド・Bombay、西川は、Hotel Oberoiからミラン・サダックの運転する車でダイヤモンド業者がひしめくOpera Houseへと戻ってゆく途中だった。Opera Houseという地名は、そこにオペラ座がある訳ではなく、その界隈に大小たくさんの映画館があり、“映画館街”という意味らしかった。ミランがマネージャーを務めるスター・ブルー社の正確な住所を日本風に書くと、

    『ボンベイ市 オペラハウス町 ロキシー・シネマ通り 1117番地』

    となる。あまり知られていないが、インドの映画産業は世界一の規模だった。制作される映画の数は半端ではなく、街のどこそこで常に映画のロケが行われているのを西川は見ていた。巨大な人口が映画産業を支えているのだった。10億を超える人口のスケールはとてつもなく、1年やそこらインドに滞在したところで、まだほとんどインドのことを分かっていないのも同然と感じていた。

     

    しかしそんなことよりも、ダイヤの買い付けだった。社長の原田の指令は絶対だった。一代で年商100億にも届こうかという企業を造り上げた原田は、日本のダイヤモンド業界のカリスマ的存在だった。sharpな頭脳は業界内に並ぶ者がいないと誰もが思っていたし、視線も恐ろしいほど鋭かった。社内で原田に報告を行う時、その視線で見られると、ウソや適当な誤魔化しは必ずバレるという気がしていた。けれど、原田は決して厳しいだけの男ではなかった。西川は、Bombayに赴任する直前に、原田と直属の上司に激励会をやってもらった。食事の後、ホテルのバーで呑んだ時の会話を思い出していた。

     

    「西川君はまだ独身だし、インドで事故に遭っても路頭に迷う妻子がいないから、俺も気楽だ。何が起こっても、ご両親の老後の心配のないように会社から慰労金を出すから、安心して行ってきなさい」

    「社長、ちょっと待ってください、縁起でもないこと言わないでくださいよ」

    「いやいや、俺たち戦前戦中の人間は、誰かが遠くに出掛ける時、こんな話をいっぱいして厄落とししてたんだよ」

    「ホントですかー、何か悪趣味だなぁ」

    「俺も学徒出陣する時には同級生から散散こんな話ばかりされてね、それでもと言うか、そのお蔭と言うか、とにかく南方戦線から負傷もせずに復員したんだから」

    「そうだったんですか、だったらもっと言ってください、厄落とし」

    「ああ、言ってやる、言ってやる、、行きのフライトはCathay航空のBangkok経由だったな、Cathay機がタイのジャングルに落ちたら、俺が原住民に探すようお願いしてやるよ」

    「そんな知り合いいるんですか?」

    「いるよ、戦時中からの長い付き合いだ」

    「まさかー」

     

    どこまで本当なのか西川には訳の分からない話だったが、とにかく社長との会話は楽しかったし、勉強になった。もっと色々と聞きたかったが時間があまりにも短かった。23年前に古参の役員と一緒に昼食を食べた時に社長のことを聞くと、『法律の知識も凄い、弁護士並みだ。東大法学部出てるんじゃないの』と言っていたし、先輩社員のひとりは、『社長は極まれにだけど、関西アクセントの言葉になるんだよね。あの眼光だし、関西の某組の組長の息子だった、なんて言う者もいる』、とか、とんでもないことを言っていた。そんな話を聞かなくても、原田を見ていたら、相当に修羅場を経験して生き残ってきたという気がした。原田から多くは聞けなかったが、宝石の売買を始める前に、時計を大量に取り扱って宝石を買う資金を作ったという話もあった・・・・・

     

    昭和2X年、神戸元町商店街、原田は池谷時計店の中にいた。池谷が接客中の時に来てしまったから、『1時間ほどしてからまた来る』と言ったのだが、池谷は原田の手を握って離さず、仕方なく店に入ってしまったのだった。池谷時計店には所狭しとばかりに様々な時計が並べられていた。柱時計、掛け時計、目覚まし時計、antiqueな懐中時計、そしてもちろん腕時計。ちょうど来店していた客は、原田と池谷の“感動的再会の場”に遭遇したのだが、昭和20年代には、そんな風景はありふれたものであり、客もただ微笑みを浮かべて二人を眺めていた。原田は客に軽く会釈して店の奥の応接室に入った。池谷の明るい声と客の笑い声が重なっていた。良い商売ができるのだろうと原田は思っていた。池谷に促されて応接室に入る前、恐らくは客が選んだであろう腕時計がショーケースの上に置かれていた。値札がチラリと見えた。かなりの高額品だった。客が値段交渉する数字が聞こえてきた。値札の半額以下だった。池谷の悲鳴のような声が聞こえ、慌てる様子が目に見えるようだった。何度も値段を言い合って、値札の約4割引きで売買が成立したようだった。10分ほどの世間話の後、客は帰って行った。

     

    「すいません、お待たせして」

    池谷は、応接室の横にある小さな事務室で帳簿をチェックしていた番頭さん風の年配の男に声を掛け、店番を頼んで原田の前にやってきた。

    「いや、こっちこそ、申し訳ない。突然来たりして」

    「何をおっしゃいます。本当に嬉しいですよ、お会いできて。今日はゆっくりとしていってください。うちに泊まってくださるともっと嬉しいです」

    「いや、実はな、、、」

    と、原田は神戸に来るまでのことを話し出した。大阪から去ったこと、新しい自分になりたくて原田健太郎という名前になったこと、東京都民になったこと、東京で商売を始めようとしていること等を池谷に話し始めた。そして、将来的に何を売買するかは言わなかったが、その元手を稼ぐために、東京で時計を売りたいということと、その商材を池谷から買いたいということを熱心に語った。

     

    「原田中尉と言うのも変ですしね、そんな人いませんでしたから。何か妙な感じがするけど、原田さんとお呼びさせていただきます」

    「そう、新しい俺や。原田でお願いするわ」

    「原田さん、命の恩人に対して売りつけるなんて出来ません、どうか好きなだけ東京に持って行って、売れた分だけお支払ください。お支払いは、値札の価格の7割引き、3掛けの金額で十分です」

    「アカンて、そんな値段。そんなことしたら、俺はまるで“たかり”に来たみたいやないか。4割引き、6掛けで売ってくれたらええねん。お願いします」

    原田は一所懸命頭を下げた。

     

    「頭下げんといてください、頼みます」

    「いや、これが新しい俺や。新しい商売のためにはなんぼでも頭下げるでぇ」

    「もう勘弁してください」

    「とりあえず、商材はお借りできるのならホンマありがたい。その代わりに、支払いは6掛けで」

    「さっきの商談を聞いてはったんですね。そう、確かにあのような価格で商売させてもろてます。せやけど、そんなんでは原田さんが利益取れんでしょう」

    「池谷、それがな、東京は何もかもが不足やねん。人口が爆発的に増えとる感じがするしな。これからしばらくは増々不足や。特に時計は飛ぶように売れとる。値札の値段でも値切らんと買うてくれると思う。あと数か月、いや、23か月が限度やろうが。この間に運べるだけ運んで儲けたおしたろ思うねん」

    「しかしそれでは私が御恩返しできません。せめて半値で」

    「もう、しゃあないなあ。55掛けにしてください」

     

    池谷は、店の事務室に入って行って、数分して戻ってきた。木と布で作られたケースに入った腕時計が目の前に並べられた。ちょうど100個あった。値札の価格を原田が読み上げ、池谷が算盤を弾いた。2度目は原田が算盤で計算した。同じ金額になり、その金額を池谷は『仮納品書』に書き込み、“仕切り価格55%”を明記し、原田がサインした。

    「こんな簡単なもんでええの?」

    「十分過ぎるくらいです」

    「確かにお預かりしました。1週間以内に必ず戻って来る」

     

    原田は、池谷がゆっくりとしていってくれと頼むのを振り切り、神戸を発って東京にとんぼ返りした。6日後、トランクに多額の現金を入れた原田が池谷のところに帰ってきた。約束通り、池谷に仮納品書の金額の55%のお金を支払った。

     

    「池谷、頼みがある」

    「たいがいのことは聞きまっせ」

    「舶来もん、あらへんか?」

    「と言いますと?」

    「オメガとかロレックスとか」

    「そんなもんでええのですか、10本くらいずつ持って行かはりますか?」

    「いや、本数は要らんねんけどな、商売した時計屋のオッサンが生意気に、オメガのクロノグラフと、ロレックスの防水時計を欲しいと言うとんねん。お任せください、と言うたものの、ほとんどハッタリや、言うてることがサッパリ分からん、ドキドキしながらここまで帰ってきた」

    「全く心配する事おまへん。池谷時計店に不可能の文字は似合いまへんのや」

     

    池谷は、原田の要求通りの物を揃え、また、国産の腕時計を前回と同様に用意して原田を送り出した。5日後、原田は戻って来て、初回よりもかなり厚い札束を池谷に手渡した。その後、2度、原田は東京と神戸を往復し、時計の商売と縁を切った。並みの宝石店を営むくらいの元手が原田の懐に残った。

     

        ―続く―

     

     

     

     

     

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