Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその6
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        ―前回の続き―

     

    枯葉が舞い始めたと思ったらアッと言う間に真冬になった。Antwerpの冬は寒く冷たい。オランダほどではないにしろ、氷点下になることは日常だった。貧しい少年時代に厳しい冬の日を何度も孤独に過ごし、一時はホームレスにもなったミカエルは、自分も、『フランダースの犬』のパトラッシュやネロのように凍死してしまっていたのかもしれないと思い、拾ってくれたアルノンに改めて感謝の気持ちを抱いた。今は寒さとは無縁の生活である。現在では、どんな安アパートであろうと、セントラルヒーティングが義務付けられているのであった。全てのビルにはボイラーが設置され、循環ポンプにより各部屋に置かれたラジエーターに熱と温水を供給している。以前には服がなくて、冬も薄着で過ごしていたミカエルだったから、時には暖房に暑さを感じることもあった。しかしAntwerpの冬はやはり、寒く冷たかった。不景気風が吹き荒れていた。そんなダイヤモンド街の空気をいっそう冷やすような事件が起こった。

     

    メナヒム・コーヘンというブローカーがナイフを持った暴漢に襲われ、商品がたくさん入った鞄を強奪されたのであった。メナヒムは、命に別状はないものの、腹を切られて重傷を負った。ダイヤモンドの被害額は200万ドルにも上ると噂された。

     

    事件が起こったのは午後5時少し前。ダイヤモンド街のオフィスがその日の営業を終えるには少し早いが、電灯がないとほぼ闇の世界だった。被害者のメナヒムは、ダイヤモンド街の少しはずれの、ビルの陰に隠れて街燈の明かりが届かない暗い場所で襲われたと、病院に事情聴取に来た刑事に語った。

     

    強奪された合計約200万ドルと言われる商品の本来の所有者は3社であった。メナヒムは、25年以上もダイヤモンド街でブローカー稼業に徹し、何社かのオーナーから厚い信頼を得て、多額の商品を預かっていたのだった。もちろんダイヤモンド街の経営者たちは皆、盗難保険に入っていたが、鍵の掛かったオフィス内の持ち出し不可能なように固定された金庫に入れられている商品が盗まれた時にしか保険金は支払われず、このような事件では丸ごと全額の損失であった。盗られた商品は、0.2crtから1.0crtあたりのラウンドの無色透明の物がほとんどで、プラスティックのケースや紙包みのパーセルから出して類似品に混ぜてしまえば識別は困難であり、直ぐにAntwerpで流通させても発見される可能性は非常に低く、犯人の足どりも全く掴めていなかった。

     

    事件から2週間が経過し、メナヒム・コーヘンが退院した。メナヒムが肥満体であったことが幸いして、ナイフは、ぶ厚い脂肪を切り裂いただけで、内臓には達していなかったのだった。事件現場にメナヒムが立ち会い、事件当日の同時刻の模様が再現された。被害額は大きいものの、事件そのものはシンプルな強盗傷害と思われた。しかし、メナヒムの退院と時を同じくしてこの事件を担当することになったヤン・ロニーという一人の女刑事が、メナヒムの証言に、言葉にならない何やら嫌な雰囲気を感じ取っていた。ヤンはまだ若く独身であったが、警察学校を優秀な成績で卒業し、殺人傷害強盗などの凶悪犯を追う部署に抜擢されたのであった。また、彼女の両親はAntwerp中央駅近くでレストランを経営していたから、子供の頃からダイヤモンド街界隈に親しんでおり、ヤンが何か解決に導く端緒を見つけてくれるのではないかと警察幹部から期待されての“登板”だった。ヤンはまず、事件が起こったダイヤモンド街の西端付近に設置された監視カメラのビデオを見ることにした。ダイヤモンド街を運営管理する委員会は、監視カメラが世に登場した1960年代に直ぐさま導入して、街路の数か所に設置していた。しかし、それらは新しい物に取り替えられることなく、当初のままであったから、暗い中の出来事を鮮明にとらえることは出来ず、映像からは誰もハッキリとしたことを見つけられずに2週間が経過していたのであった。

     

    ダイヤモンド街には、東西2か所の出来入口ゲートがあり、車両の出入りは制限され、西端の方は大通りに近いためにPolice Boxがあって、午前7時から午後7時までは警官が常駐していた。Police Boxは笑えるほどに小さかった。軽自動車ほどの大きさしかなく、大柄な警官が窮屈そうに座っていることも多かった。犯行は大胆にも、なんとこのPolice Boxから10メートルも離れていないところで行われたのであった。犯行が起こった時刻にPolice Boxにいた警官は、無線連絡に気を取られて何も見えず、どんな音も聞かなかったと言う。ビデオには、メナヒムと思われる影が、いきなり映り込んで来てPolice Boxの警官に助けを求める様子があるだけだった。メナヒムが映像に入って来た方向は、完全に警官の背後であり、監視カメラからも死角となっていた。メナヒムが言うには、目出し帽を被った二人組の暴漢がいきなり目の前に現れ、一人に口を塞がれて身体の自由を奪われ、もう一人の者に殴られ昏倒させられて商品が入った鞄を奪われたのであった。二人組はダイヤモンド街とは反対方向へと走り去った。メナヒムがPolice Boxの警官に助けを求めたのはその時ではなく、少し後だった。メナヒムは鞄を強奪されたあと、直ぐに立ち上がって二人を追いかけ、Police Boxから100メートルほどのところにある公園で追いつくことが出来たが、その瞬間にナイフで切られたのであった。

     

    ヤンは、犯人たちの逃走経路に疑問を持った。

    Police Boxの警官の背後にある路地を逃走に選ばず、警官の視覚に入る可能性の高い表通りを逃げたのはどうも解せません。どうしてだと思いますか、コーヘンさん」

    「細い路地の存在を知らなかったのでしょう」

    Police Boxの直ぐそばでの大胆な犯行ですよ、土地勘がないと出来ないと思いますが」

    「公園の反対側の出入り口付近に逃走用の車を置いてあったから、そこまでなるべく早くに行きたかったのでは」

    「ところで、コーヘンさん、画像に写っているあなたの行動を推測すると、公園からPolice Boxへ戻って来る時に、広い通りを来なかった。それはちょっと不自然ではないかと思うのですが」

    「腹を切られて死ぬかもしれない時に、自分がどんな道を通るかいちいち考えないでしょう、とにかく言葉通り必死だったのです。しかし、どうして私がそんな風に問い詰められないといけないのか、全く理解できないですよ、刑事さん」

    「失礼しました、疑問点を一つ一つClearにして行くことが捜査の定石ですので」

     

    全く不思議なことに、犯人たちの目撃情報は皆無であり、犯人の物と推測される遺留品も見つからず、コーヘンが走ったりしている姿を見た人もいなかった。暗いとは言え、ダイヤモンド街のゲート近くに歩行者もいたはずだし、車やバイク、自転車も普通に走っている時間だった。また、犯人は逃走用の車を公園の反対側に駐車していたとコーヘンは推測していたが、公園の周囲で聞き込みをしても、怪しげや二人組を見たと言う人はいなかった。犯人は煙のように消え去ったのだった。

     

    犯行当時にPolice Boxに勤務していた若い警官は、何も見ず何も聞かなかったことを上司から激しく責められ憔悴していた。ヤンは彼に特別な感情は持っていなかったが、可哀想に思って何とかしてあたいと思った。ひょっとしたら、Police Boxの警官が不注意で何も見ることができず何も聞こえなかったのではなくて、メナヒム・コーヘンが彼に助けを求めるまでPolice Box周辺では“何も起こっていなかった”のではないのかと、ふと感じた。二人組の暴漢に襲われ殴られ昏倒したメナヒムが、追いかけて、100メートル先で追いつけるものなのか、しかもメナヒムは腹を切られても脂肪を削がれただけの肥満体である。公園の手前には片側2車線の車道があって、中央分離帯には大きな樹木が密に繁っている。その間をすり抜けて公園に入って犯人たちは‘ひと安心’したということかもしれないが、約100メートルという距離は決して安堵できるものではないだろう。

     

    これは狂言強盗ではないのかとヤンは考えるようになった。もしそうであったなら、100メートル先の公園はどんな意味があるのか。Police Boxの警官の背後を30メートルほど行ったところに、かなり以前から荒れた広い更地があって、建設資材が少し置かれている場所がある。犯人たちが逃走用の車を置くとしたら、そこの方が好都合だったのではないかと思う。メナヒムが公園まで行って帰ってきた理由は何なのか、ヤンは、よく遊んで思い出もいつくかあるその公園の中を何度も歩き回って考えた。広い公園だった。面積はサッカー場ふたつ分くらいであろうか。色彩こそ特に豊富ではなかったが緑豊かで、一つの森が整備されて公園になったものと思われた。池も3つあり、それらは歪(いびつ)な形で、長さが20メートルから30メートルほど、幅が15メートルほどあった。池の中やそばには、たくさんのガチョウがいて喧しく、臭いも気になったから、昼間でも池のそばで遊んだり寛いだりする人はいなかった。明るいうちの公園風景を見ていてもダメなのかもしれないとヤンが考えているところに、ひとりの日本人らしき男が通りかかった。男はムツッとして表情を変えずにヤンの近くを歩き去った。ヤンは、1カ月ほど前に見た日本の『サムライ映画』を思い出した。ヤンの頭の中に閃光が走った。

     

    「そうだ、池の中だ!」

     

    突然ヤンは叫んで走り出し、パトカーに乗って警察署に戻った。

     

    「警部、公園の池を浚って(さらって)みましょう」

    「おい、ヤン、何を言い出すんだ、いきなり」

     

    ヤンは、メナヒム・コーヘンは暴漢に襲われたのではなく、ダイヤモンドをどこかに横流しした後、公園で自分の腹を切り、ナイフを公園の池に投げ捨て、ダイヤモンド街の西端のPolice Boxのところまで戻って来たに違いないという推理を述べた。

     

    「ナイフが見つかれば、全てが解決します」

    「見つからなければ?」

    「いえ、絶対に池の中にあります!」

    「しかし、ヤン、キミの説が正しいとするならば、この事件は強盗傷害ではなくて、単に下らん横領、ダイヤモンド街のつまらぬスキャンダル、ということになる。全く皮肉なことだが、そんなものに大勢の署員を動員する訳にはいかんよ。キミ一人でやりたまえ」

     

    警部に言われてみれば全くその通りだった。大騒ぎしてネズミ一匹。少し馬鹿らしくなったが、事件の折りPolice Boxに勤務していた若い警官のルシアン・ジルベールを救ってやらねばと思い直した。ルシアンは事件の後、外に出ることを許されず、留置場の鍵管理のような閑職を命じられていたのだった。

     

    「警部、ルシアンに手伝ってもらってもよろしいでしょうか?」

    「そうだな、それは認めよう。それと、金属探知機を忘れないようにな」

     

    公園の池と言っても半端ではなかった。ヤンは子供の頃からこの公園に馴染んではいたけどけれど、ガチョウがたくさんいる臭い池の中に入ったことはなかった。池の中がこれほど過酷なものだとは想像していなかった。ヤンとルシアンは、頭から全身を覆うウエットスーツを着てゴーグルとシュノーケルを装着した完全防備で水に入ったが、慣れないことでもあり、気持ち悪さは拭いがたかった。それでもヤンは、コーヘンがナイフを捨てた場所をある程度は特定できていると確信し、ナイフの発見にはさほど時間を要するとは思っていなかった。

     

    Antwerpの冬の日は短い。午前8時でもまだ深夜と変わららぬ暗さだった。そして午後4時にはまた暗くなってしまうから、午前9時くらいから午後3時くらいまでしか時間がなかった。何度も金属探知機が反応して、その度に胸が高鳴ったが、つかみ上げてみると金属のパイプだの大きな空き缶だのとロクでもない物ばかりだった。芝生の上でサッカーをして遊んでいた小学生たちが物珍しそうに集まってきた。

     

    「お姉さんたち、何してんの?」

    「私たちは警察官よ。悪い人が投げ捨てていったナイフを探しているの」

    「な〜んだ、つまんない」

    「キミたち、2週間ちょっと前の夕方暗くなってから、この公園の中とか近くで怪しい男を見なかった?」

    「暗くなってからは遊ばないよ」

    「そうよね。もし誰か見たって言う人がいたら警察に知らせてね。私はヤン、このお兄さんはルシアンよ」

     

    一心不乱に池の中を探し回っているうちに、気が付いたらかなり暗くなっていた。その日はもう諦めるしかなかった。どこか見当違いをしているに違いないと思った。この辺りが完全に暗くなるまで待って、事件当時の環境に少しでも近く迫ろうとヤンは考えた。時計の針が午後5時を指した瞬間、ヤンは池の周囲を注意深く観察した。当初、一番有望と考え、この日の捜索を行った一番大きな池の周囲は、近くのホテルの明かりで夜でも思いのほか明るいということが分かった。逆に、一番小さな池の周囲が非常に暗く感じられた。明日はここだと思い定めた。

     

    翌日は土曜日だった。前日と同様にヤンとルシアンは、きっかり9時に池の中に入った。前日に暗闇の中で目を付けたポイントに金属探知機を向けた。何の反応もないままに1時間ほどが経過した。『今日もダメだったら大恥をかくことになる』とヤンの心は穏やかではなかった。その時、少年のヤンを呼ぶ声が聞こえてきた。

     

    「おねえさん、いや、おまわりさん、うちの兄ちゃんが話があるって」

    「是非聞かせて」

    「実はですね、僕、見たかもしれないんですよ、悪い奴を」

     

    ヤンは池から出て兄弟の方へ歩んだ。ウエットスーツに付いた悪臭が臭うのか、兄弟は23歩後ずさりした。

    「あっ、ごめんなさい。少し離れましょう。お話聞かせて」

     

    2週間ちょっと前の午後5時くらいだったと思います、正確な時間は覚えていません。友達と約束していて、遅れそうになったものですから、自転車で公園の中を横切ったんです。そしたら、この池の近くのそのあたりで・・・」

     

    「向こうから走って来たのですけども、このあたりまで来た時に、何やら呻き声が聞こえたと思ってビックリして自転車の速度を落としたんですね、そしたら、何か光る物が空中を飛んで池の中に落ちたのが見えて・・・」

     

    「ほとんど真っ暗なのに光っているのが分かったの?」

    「ここは暗い時に何度も通ってますけども、この池の真ん中あたりはいつも照明が当たってるんですよ。だから、その光る物が落ちた場所もほぼ正確に言えます」

     

    ヤンは小躍りしたくなった。兄が指し示すあたりに金属探知機を向けた。5分ほど経過した時、ルシアンの方に鋭い反応があった。水の中に手を伸ばし、泥の中をさぐっていると確かに捕まえたという感触があった。ゆっくりと水から引き揚げた。刃渡り10cm弱のジャックナイフだった。

     

    ナイフは早速、鑑識に回された。浅く泥の中に沈んでいたことで、血液と指紋も完全に消えてしまうことなく採取することが出来た。両方ともメナヒム・コーヘンのものと一致した。鑑識は、ジャックナイフを逆手で強く握ったとみられる指紋が付いていたと語った。コーヘンが『サムライのハラキリ』を真似たに違いなかった。

     

    メナヒム・コーヘンはハラキリの後、公園周囲の目立たぬところに停めてあった車に乗ってPolice Box近くの更地に移動し、そこから這うようにしてPolice Boxのルシアンに助けを求めた、というのが警察の公式見解だった。事件は、業務上横領ということで、ヤンとは別の部署に回された。

     

    下らぬ事実が判明したが、ヤンは大いに面目を施し、ルシアンは名誉を回復した。ただし二人は数日の間、署内で『臭い、臭い』と嫌がられた。お手柄の兄弟は警察署長から表彰され、それはAntwerpのローカル紙に掲載されたが、事件の核心部分はぼかされ、ダイヤモンド街からの圧力によって全くと言って良いほど報道されなかった。いずれにしても、200万ドルの行方は全く分からないままだった。

     

    クリスマス近くになって、メナヒム・コーヘンは起訴され、それでも罪状を否認し続けているという話が伝わってきたが、そんなことはダイヤモンド街の大半の人にとってどうでも良かった。ミカエルとアルノンにとって本当の冬はこれからという気がしていた。

     

         ―続く―

     

     

     

     

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