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「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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ダイヤモンド今昔物語ーその2
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        ―前回の続き―

     

    ミカエルのセールスマンとしての日々が始まった。アルノンから鎖付きの黒い革の鞄をもらって、そこにアルノンから渡される商品を入れて、午前10時半にオフィスを出てゆくのが日課になった。鞄に入れる商品は日によって違ったが、ほとんどが自分でアソートした商品で、商品の内容はしっかりと把握していた。だいたいが、メレのパーセル10点、0.3crtから0.5crtの‘ロシアもの’十数個が1セットになってプラスティックのケースに入れた物を10セットだった。セールスと言っても、車や列車に乗って遠くに行くことは有り得ず、ダイヤモンド街の外に出ることさえもなかった。全ての商いがダイヤモンド街でのものだった。それでも、その数2,000とも3,000とも言われるオフィスがダイヤモンド街にひしめいていて、訪問先に困るということはなかった。全てのオフィスの入り口には監視カメラが設置され、ドアがしっかりと閉じられ内側からのボタンで開錠されるようになっていた。ドア横のインタフォンで名前と会社名を名乗って入室を許された。門前払いするようなオフィスはほとんどなかったが、商品を見てもらえることすら稀で、全く実際の取引にはならなかった。第1週目は無惨な結果に終わり、ミカエルは打ちひしがれてアパートに戻った。週末は新しい住まいを見つけて引っ越した。家族もなくお金もないミカエルであったから、どんな場所でも構わなかった。レンタルアパートと書いた看板の店に入って予算を言って、ダイヤモンド街から徒歩で25分ほどのところの物件を紹介された。すぐに行って見ると付近にはオランダ風の建物が並んでいた。煉瓦造りの廃工場が直ぐ近くにあった。かつては賑わっていたが寂れてしまったエリアのようだった。杖をついた年寄りが数人歩いていた。活気がなく、若者が出入りするような商店や飲食店はなさそうだった。ミカエルが父親と暮らしていたエリアよりは余ほど綺麗で静かだったし、部屋にも問題はなかった。2時間もすれば馴染んで、長いこと住んでいるような気持ちになった。

     

    2週目も全く成果がなかった。週末になってアルノンがミカエルに言った。『お前はロシア人並みの馬鹿だな。頭は生きているうちに使うことが大事だ』。ミカエルは父親を思い出した。『そうだ。自分はバカなロシア人の息子だ。馬鹿に違いない』、しかし、アルノンの罵倒は許せなかった。心の底から燃え上がってくるものがあった。初めてアルノンに怒気を発しそうになった。

     

    「なんだ。怒ったのか。泣くよりもましだな。お前も少しは進歩したという訳だ。」

     

    アルノンの言葉に強く拳を握りしめたミカエルだったが、不甲斐ない自分に対して嫌悪感が一杯で、大声で叫びたかった。そんなミカエルの心を察したかのように、アルノンは言った。

     

    「最悪と思っている時はまだまだだ。本当に最悪となったら怒る元気も出ないぞ。」

     

    夜が来て朝が来てを3度繰り返して、また月曜日になった。アルノンはセールスに関して何もアドヴァイスしてくれなかった。ミカエルも自分なりに色々と考えてはいた。最初の2週間のミカエルの訪問先は、全く‘行き当たりばったり’のものでしかなかった。闇雲に一つのビルに入って、片っ端からドア横のベルを押して入って出ての繰り返しだった。そんなことはもうやめようと思った。ブローカーたちの仕事を真似すれば良いのかもしれないと考えた。

     

    通りに出て、ビルの前で人を待っているような顔でダイヤモンド街を行き来する男たちを観察していた。大きく膨らんだ黒革のバッグを持って、ひときわ足早に行く男の後をつけた。明らかに目的の場所がある歩き方がった。数メートルうしろにピッタリとくっついてビルの中に入る。男と同じエレベーターに乗り込んだ。幸いにして、数人が一緒になったからミカエルがピッタリとくっついていることに男は気付かなかった。男は一人の女性に続いて3階で降りた。ミカエルも素早く続いた。男は前を歩く女性に気を取られてミカエルには全く注意を払っていなかった。女性は少し歩いてドアの奥に消えて行った。男は残念そうにしながら、その2つ隣のドアのベルを押した。直ぐにドアが開いて男が入った。ミカエルも何とかドアの隙間から身を滑らせて中に入った。強い葉巻の匂いがした。ミカエルの母親ほどの年齢の女性が一人と、20代と思われる若い女性が三人、デスクで一生懸命に書類を作っているようだった。ミカエルは彼女たちに一顧だにされなかった。実に都合が良かった。女子社員たちがいる部屋とは別にあと4つほどの部屋があるようだった。こうなったら、とことん男について行ってやれとミカエルは思った。男が入った部屋に続いて入った。日本人とおぼしきバイヤーが二人、長いデスクの両サイドに向かい合って座っていた。ひとりの細身で長身のブローカーが彼らに商品を見せて、シンプルな英語で遣り取りをしていた。英語が得意ではないミカエルにも分かるほどの簡単な英語だった。長デスクから3メートルほど離れた壁際にいくつも椅子が並べられていた。ブローカーたち売り手が順番待ちする席に違いなかった。そこには一人が座っているだけだった。ミカエルが追いかけた男がその隣に腰を下ろした。ミカエルも当然そうにその横に陣取った。『なるほど。バイヤーが来ているオフィスに来るべきなんだ』と悟った。オフィスの経営者たちも、もちろん重要な買い手に違いなかったが、それぞれ決まったsupplierがある。新しい仕入れ先と取引を始めることは、これまでのsupplierとの取引金額が少なくなることを意味する。だから、新規の取引には価格等それ相応にかなりのメリットがなければならなかった。その点、海外からのバイヤーたちは、“縛り”が少なかった。価格さえ合えば何も問題なかった。

     

    1時間ほど経過して、ミカエルが追いかけた男が商品を見せ始めた。その前に商品を見せていた二人のブローカーたちは徒労に終わったようだった。この男はそんなことにはならないだろうという気がした。ミカエルは、じっくりと商売を見てやろうと思った。全て1カラット以上の商品で、11個別々のパーセル(紙包み)に入っているようだった。GIA他、どこのグレードも付いてないようだった。

     

    「これは?」(バイヤー)

     

    $5,000、カシェット」(ブローカー)

     

    $4,000」(バイヤー)

     

    $4,750」(ブローカー)

     

    $4,100」(バイヤー)

     

    $4,650」(ブローカー)

     

    「高いな、諦める」(バイヤー)

     

    $4,400、カシェット」(ブローカー)

     

    $4,150なら」(バイヤー)

     

    OK、トライしてみる」(ブローカー)

     

    そのような遣り取りが何度かあって、バイヤーたちは手紙サイズの緑の封筒の表に、重量と希望価格を書き込んで、まとめて何個か入れ、スコッチテープで封をし、サインしてブローカーに渡した。ブローカーは、この封筒に書かれた価格を商品を所有する会社の経営者に連絡するか見せるかして、本当の価格交渉がスタートするという訳だった。『カシェット』とは、値段交渉をスタート可能な価格という意味であったのだ。ミカエルは、こんなことすら教えてくれなかったアルノンに対してかなり頭に来たが、この場に及んでもうそんなことを思っている時間はなかった。アルノンから、商品の価格リストをもらっていたが、その価格がどのレベルなのかサッパリ分からなかった。とりあえず、バイヤーから希望価格をもらったらラッキーだと思った。

     

        ―続く―

     

     

     

     

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