Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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八朔、2019
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           夏来れば君が瞳に解きがたき

           謎のやうなる光さへ見ゆ

             ―吉井 勇―

     

    さあ、8月、

    今日は、八朔ですね。

    吉井勇が大好きだった京都祇園では今日、芸舞妓らが黒紋付きの礼装で、踊りの師匠の井上八千代さん宅などを訪問して、「おめでとうさんどす」「おたのもうします」と挨拶をしたのだとか・・・古都の長く続くならわしとは言え、この暑いさ中にね、ホンマお疲れ様どす。

     

    八朔と言いますと、徳川家康がゲンを担いで、旧暦81日(1590年)に江戸城に入城というのが有名でありますが、元はと言えば収穫祭の一種なのですね。旧暦81日は新暦の9月初旬、早いところで稲刈りの頃、その年の初穂を感謝して、お世話になった人に収穫を贈った、というところから始まっているのだとか。その習慣がいつの間にか武家にも広まって・・・

    今では花街の行事!

    何とも面白いこと、どすな。

     

    冒頭の吉井の短歌は八朔とは全く関係ありませんけども、

    “夏来れば”の“夏”は何となく、“八月”という気がするのですよ、UKI的にはね。そう、81日が来ると、高校生の時に失恋した思い出が・・・〜という訳でして・・・そう、女の子の瞳の中にmysteriousな光が宿るのが8月、そんな気がしておりました、ホント理解不能の光。

    折りに触れて、ビビーンと響いてくる吉井の歌です。

     

    さて、1週間ほど前に比喩表現でほんの少しだけ引用しました、森田たまの『続もめん随筆』、これは絶対に読まないといけないと、Amazonで古本を買いましてね、ざっと目を通したところです。この古本、ちょっとしたものですよ、1円プラス配送料250円ということで、どんな物がやってくるのか、かなり不安だったですね。パックを開けた瞬間は、『まあ、1円やから、、、』と思ったものの、よく見れば、ハードカバーで、和紙で装丁されて、凄く丁寧な作り。『これは一体??』と後ろの方の出版記録を見れば、な、な、なんと、初版が昭和124月で、現物は昭和176月の第14刷の5,000部の中の1冊!

    凄いですよ、当時でこれほど売れたら超ベストセラーでしょう、戦争の色が濃くなるどころか、激戦真っ只中の頃なのにね。相当に黄ばんで、ところどころ字も読みにくくなっておりますし、最初の方のページが本から離れかけ〜要修復なんですけどね、不思議なことに手ざわりが良いし、ちょっとした古美術のようにも感じてまいりましたよ。

    最後のページに、最初の持ち主の署名が・・・・こういうこと書くのは非常に昔の人らしいですな、以下のような記述です。

     

       十八年十一月十日

          奈良にて求む

               むつを

     

    さらさらっと縦に書いた女文字です。

    ‘むつを’さんがどんな女性だったのか、戦中戦後をどう生きたのか、なんてね、ちょっと考えてしまいました。

     

    作者の森田女史は、1896年生まれ、1962年には参院選挙の全国区で当選して1期務めておられます。1970年に鬼籍入り。

    著書のリストを見ておりますと、小説家と言うよりもエッセイストですな。戦時中は、中央公論社の特派員で中国に滞在したり東南アジアに行ったりと、従軍記者のようなことをおやりになっていた非常に逞しい女性。

     

    この著書は、中国に赴任する直前のもので、硝煙の臭いのするような文章はなさそうで、なんとも独特な香りが漂っております、、、

    その中の一節をご紹介いたしましょう〜(旧かなづかいと旧漢字は、読みやすいように改めました)

     

    『・・・・以前にある雑誌社から美人の標準回答をもとめられ、私が書いて出したのは、

      きめの細かい美人、―おもわずさわってみたいと思うほどに。

      声音の美しい人、―くどかれてみたいとおもうほどに。

     

    この眼はもはや女が女を見る眼ではないかもしれないが、美人にむかうとどうしても私の感情はこのように動くのである。美人はいつも所有欲と征服欲をおこさせる・・・・・私は、翡翠の玉などの、よくすきとおる青さを陽に透かしてながめていると、不意にいきがつまって、掌の中のそのちいさな玉をつかみつぶしてしまいたくなる・・・・。日本の文章は簡素でうつくしくて、ただ一句でどんな美人をでも描き出せる。源氏物語を読んでいると、そこにもここにもしっとりうるおいのある美人が出てきて、どの人も手をふれてさわってみたい欲望をおこさせる。』

     

    どうですか、これまであまり出会ったことのないタイプの文章ですね、“昭和の清少納言”と言いたくなるような。

     

    森田女史に美しいBlue Green系のダイヤを見せたら、一体どういうことになるのか、ちょっと怖いですな、つかんで潰そうと思ってもダイヤは簡単には壊れませんけど、いきなり庭石に叩きつけたりとかされたら大変! 

    『あら、金剛石って、やっぱり硬いのね』、なんて言うのを聞くのもねぇ〜って言うか、叩きつけられてジャンプして、『どこ行った、どこ行った!』と周囲が大騒ぎ、ではないかと、、、なんぼなんでも、そこまでしないか。

     

    森田女史が言うところの“見た目に”美しい女性は、きめ細かくて“しっとりと瑞々しい”ということ。これが彼女のジュエリーの好みでもある、かどうかは分からないけど、なんとなく同様の輝きを好みそうな気がしますね。そして、彼女の究極の愛で方は『つかんで、つぶす』、ここまで強く思いを籠めることが出来るというのは何とも素晴らしいとしか言いようがないと思います、、なかなかそこまで感じられないのでは。

    皆さん、如何でしょうか、

    大好きなカラーダイヤを『つかんで、つぶしたい』と思う?

     

    つぶしたいと思う気持ちは、そこに生命を感じているからなのかもしれませんね。宝石に対して、そこまで感じたくないから、つぶしたくなるのかも。

     

    ウッキーは、ダイヤモンドを生業としておりますから、そこまで感じることはありません。皆さん方がどのような“距離感”でもってダイヤとお付き合いしておられるのか、少し興味あります。森田氏のように感じておられる方もいるに違いない。けれど、どういうの理想かとか、どんな愛で方が良いと言うつもりは全くありません。

     

    しかし確かに、源氏物語を現代語訳ではなく原文で読んで、その中の“ベッピンさん”たちについて触れて触ってみたくなるほどに感じたら、カラーダイヤの奥底にひそんでいる美しさも鮮明に感じられるのかもしれませんね。

     

    森田氏のエッセイの、この章の最後の部分もまたちょっと興味深いです〜

     

    『東京の町を歩いていると、目鼻立のととのった美人はよく見かけるけれど、おもわず手をさしのべてみたくなるようなひとには、まだ会ったことがない。町を歩く女の人は、しらずしらず展覧会むきに武装しているのかもしれなかった。』

     

    21世紀の、東京だけではなくて、現代日本の多くの女性にあてはまりそうな気がします。

     

     

     

     

     

    | ukitama | - | 16:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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