Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
<< なよびかに | main | 端居して >>
芒種
0

    六月六日は二十四節気『芒種』・・・

    いよいよ梅雨、田植えの季節。

     

    大阪に残る“辺地”と言われるこの界隈、UKI邸から徒歩数分、丘を下って少しゆきますと、南海電車の線路沿いに昔ながらの光景の田畑が拡がっておりましてね、脇に続く道が格好のジョギングコースなんですけども、昨日はちょうど田んぼに機械を入れて耕して、田植えの準備に忙しい最中のところに遭遇いたしました。

     

    最近は異常気象続きで、台風の発生や進路が過去のデータ“無視”、全くとんでもないことが多くて、農家の人も大変でしょうね。大阪は過去に台風の進路に当たることがホント少なかったせいで、“農家本位”の“自然体”と言いますか、梅雨が来たら田植え、水田の水を心配する必要が少なくなるということですね、そして、涼しくなったら刈取り、ホンマに簡単、と言ったら語弊があるけども、ウッキーが生まれ育った三重の田舎に比べたら非常に“楽”という印象があります。三重は、昭和34年の伊勢湾台風の例を持ち出すまでもなく、台風の通り道ですからね、大型台風がやってくる直前には稲の刈り取りを終えていることが必須。ですから、田植えはゴールデンウィークの最初の方、4月末でね、稲刈りが8月の末。それでも年によっては、8月半ばの台風で、刈取り寸前の稲がたくさん倒れて水に浸かってしまって稲刈りが大変で、米の品質も落ちる。ウッキーの少年時代、おじいちゃんが嘆くことしきりでございました・・・・

     

    田植えの季節が来て、刈取りの日を思う〜

    ウッキーにもやはり農民の遺伝子がしっかりと!

     

    米作りに大事なのは、雨、稲妻、そして雨の後の強い日射し。

     

    というところで?!

    今日の言葉は、太陽が燦々の『燦』。

     

    『燦』という漢字は、『火』プラス『粲』。

    『粲』は、真っ白に精米された米のことなんだそうですね。

    真白な物に『火』を足して、

    『燦』は、明らか、鮮やか、光が煌くという意味になります。

     

    漱石の「三四郎」に次のような箇所があります。

     

    『・・・第三の世界は燦として春の如く盪いている(うごいている)。電燈がある。銀匙(ぎんさじ)がある。歓声がある。笑語がある。泡立つシャンパンの杯がある。そうしてすべての上の冠として美しい女性(にょしょう)がある・・・』

     

    それまで故郷しか知らなかった三四郎。東京に出てきて、新たに二つの世界を知ったと。その一つは図書館とそこに出入りする人々。広い閲覧室に来る人たちはいずれも汚いなりで貧乏そうでありながら妟如(あんじょ、安らかで落ち着いている様子)としている。そしてもう一つの世界、“燦と輝く”第三の世界。

     

    第三の世界は、若い三四郎にとって非常に誘惑の多い華やかな世界。洗練されて甘美な装いの都会を『燦として』という一語に凝縮させているのは流石に文豪ですね。

     

    燦として、、

     

    いいですね、

    『燦』という漢字はカラーダイヤの色やテリを表現するのにこれまで何度も使ってきましたけども、ちょっとニュアンスを誤解していたという気がします。燦は『燦々』という使い方が多いせいで、どうしても太陽のイメージという固定概念から離れられず、いきおいYellowOrangeに限定された使い方であったと思いますね。

    本当はそうではない。

     

    「三四郎」の上記の部分を今一度読み返しますと、

    『燦』『燦として』から導かれるイメージは、きらびやか、蠱惑的魅力、婉然たる魅力、活き活きと光を放っている様子など華やかな美しさそのもの。

     

    『・・・三四郎はその女性の一人に口をきいた。一人を二へん見た。この世界は三四郎にとって最も深厚な世界である。この世界は鼻の先にある。ただ近づき難い。近づき難い点において、天外の稲妻と一般である・・・』

     

    『・・・三四郎は床のなかで、この三つの世界を並べて、互いに比較してみた。次にこの三つの世界をかき混ぜて、そのなかから一つの結果を得た。――要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない・・・』

     

    誰にでも目の前にあるであろう三つの世界。

    それらをミックスすることが可能なら何とも安定した生活と言えるでありましょう。しかし、それが成ってしまえば、本当に詰まらぬものとなるに違いありませんね。

     

    そのような世界と対極に存在するのが、

    燦として存在する『燦とした世界』、

    と言えるのではないかと思います。

     

    その世界、“極めて深厚な近づき難い目の前にある世界”を常に求め、幾度も新鮮な誘惑にかられること、、

    それが我々の求めるFancyな生き方、

    Happyなこと最上級!

     

     

     

     

    | ukitama | - | 17:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://blog2.colordiamond.co.jp/trackback/904
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << June 2019 >>
    + SELECTED ENTRIES
    + ARCHIVES
    + MOBILE
    qrcode
    + LINKS
    + PROFILE