Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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    Argyleのことを書かないでカラーダイヤも何もありませんね。

    とにかく、カラーダイヤの世界の“絶対的王者”という存在。

     

    そしてこれもまた日本国籍ではないけれど、“平成とともに”という形容詞がピッタリと来る存在ですなぁ〜・・・ホントもう終わりかけ・・・・・

     

    UKI氏がArgyleの存在を始めて知ったのはホンマに平成元年でございました。商社のダイヤモンド輸入卸部門を皆で退職して始めたA社の初期の頃。カラーダイヤを全くと言って良いほど知らない時です。A社に仕入れに来た宝石店の店主に、

    1crtのラウンドのFancy Pinkを頼んだら海外で買って来てくれるか』と、問われ、

    150万円くらいですか?』と聞いたところ、

     

    『そんなに安くであるのならバケツ一杯でも買ってやる』と。

     

    ムカつくなあ、このオッサン。

    と思いましたけど、知識のないウッキーが悪い。

    そのオッサンが続けて言うには、

    Argyleの商品で300万円なら安い方だと。

     

    20世紀の終わり頃、平成10年には既に500万を超えていたでしょうけど、、、

    今、なんぼ??

    ちょっと想像できないですね、昨年の秋に輸入屋に問い合わせたところ、

    『海外の所有している業者が出さないし、価格の問い合わせにさえ回答しない』ということなんですな。10年後、20年後に一体どんな値段になっているかワクワクするほど楽しみで、今どんな良い値がついても全く売る気がない、という意味で。全く腹の立つ話でございます。

     

    ・・・というようなことで、ウッキーはArgyle Pinkに衝撃的?腹の立つ初体験〜現物見た訳でもないけどね。

     

    前回お話ししましたように、

    Mr. Langermanの商品を何度か売買した後、AntwerpArgyleの商品を見せてもらったところ、これがまた非常にスッキリ澄んで綺麗な色味、そして価格もリーズナブル(ということを理解)。恐らく、西暦2000年前後がArgyleの全盛期、生産のピークだったのではないかと思いますが、ウッキーもそれを堪能させていただきました〜ただ、惜しむらくは、そのほとんどが卸売。消費者の皆さんにお納め出来るようになったのは、Argyleの生産が下り坂を迎えた頃になります。

    Why??

    当店のWEBサイトは西暦2000年には既に存在していたと思います。しかし、WEBでの販売のやり方が全く間違っていたのでありましょうね、良い商品を展示していたにも関わらずサッパリ売れなかった・・・・何か月かに1度注文が来ると『おおっ!!』という感じでね、今から思うと可愛いものでしたね。卸売が順調だったからネット販売を真剣にやる必要がなかったということでありますが、今から考えるとホント勿体無い話。

     

    さて、Argyleの商品がどれほど優れていたか、どれほど素晴らしかったか、、

    というような事例は枚挙に暇がありませんけども、

    ひとつは、優れたラウンドの0.2crt0.5crtあたりの物が普通に買えたこと。今から思うとあれは全く奇跡のようなものですね・・・

    往時をしのぶことばかりになってしまいますが、

    0.2crt以上のラウンドのFancy PinkSI2以上の物(ソーティングはAGT指定)、ということで、大阪のある業者が企画をやってまして、そこへの卸売り価格は税別で1個当たり15万円でしたが、この金額は全く苦にならず、Argyleの新着商品とタイミング良く出会えた時には“濡れ手で粟”という言葉がピッタリと来るような買い付けでございました〜嗚呼・・・

     

    Argyleは初期の頃、1990年前後のことかと思いますけども、さして注目もされず、1カラット以上の色の良い物はそのころから既に人気を博しておりましたがあとの物と言えば、、販売のために大阪の卸問屋に社員を常駐させて販売ルート開拓に努めたりと、現在からは信じられないほど地味なことをやってましたね。Antwerpに事務所を持ってブローカー2人を使ってバイヤーに商品を見せて回るようになった時は既にPinkダイヤのブームが来ておりました。ウッキーたちも先を争うように彼らの商品を見たものです〜アッと言う間に“売り手市場”、、Antwerpで販売するほど商品の生産、供給が不可能となり、ウッキーのカラーダイヤ輸入卸売も限界が見えてきたのが2005年頃でありましょうか。

     

    Langerman2001年には既に、『Argyle2016年に終わる』と断言しておりました、流石やね〜絶頂期にその終焉をズバリと言っていたのは彼くらい。

     

    Argyleのかの有名なTenderもね、以前は東京でも開催されていて、New YorkやらParisやら、世界の5つか6つの都市で開かれていたのが今から考えると夢のようなことに思えますね。数年前には、そのTender出品商品はその年に生産されたArgyleオリジナルばかりではなくて、“他所から仕入れた極上モノ”も二つ三つラインナップされていた、というようなこともウワサされておりましたな。

     

    一般的に、ダイヤモンドの鉱山は、その本格的な生産開始から約30年で命脈が尽きると言われております。Argyleもまたその“基本線”の上の出来事でしかなかったのかもしれません。しかし、『Argyleの興亡』が何か打ち上げ花火のように感じるのは単に、美しいピンクダイヤ、赤系ダイヤの鉱山であったから、というようなことではないという気がしますね。いわゆる“シンジケート系(De Beers)”傘下ではなく、ロシアではなく、第3の勢力という特殊事情もあったのかもしれません。

     

    他方、Argyleに関して何か物足りなさを感じたのも事実。あれやこれや、‘ちょっと違う感’が常にありました。それが何かと問われると、うまく言えないのだけど、『結局、最後までArgyleのスタッフには“ダイヤモンドのプロ”がいなかった』ということ、なのかな。そこが我々バイヤーにとっては妙味でもあったのですけどね。たとえUKI氏のような原石や研磨にあまり知識のない“単なるバイヤー風情”でもArgyleにいれば、少しは違った結果、もう少し延命させてあげられたんじゃないのとね、思わずにはいられませんね。

    平成とともに去りぬ〜

     

     

     

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