Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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    Arthur Langerman

    カラーダイヤ・コレクターの方なら、この名と彼のWEBサイトは何度も見ていることでありましょう、恐らく、世界一有名なカラーダイヤ・ディーラー。

    ウッキーの“師”とも言える人なんですけども、そう思っているのはUKI氏だけで、Mr. Langermanにとって、そのように言われることは甚だ迷惑でありましょう。しかし、絶対に彼はUKI氏のことを覚えているはず。なんせ、このオッサン、いやもう、爺さんと言うべきか、オッサンやオジイと言うのは誠に失礼だけど、このユダヤ人はIQ180’という化け物。

     

    IQは50くらいしかないのではないかと思われるウッキーは、彼と初めて会った時の“風景”やらはほとんど記憶にありません。20世紀の終わりごろ、1998年かな? 場所はAntwerp。“封印”していたカラーダイヤだったけど、取引先に『ちょっとだけでも見てみたら』と言われ、かなり消極的ながらも‘乗っかって’、行ったのですな、行くと言うような大そうなもんでもありません、Antwerpの、狭いダイヤモンド街の中、ほんの“ついで”という感じでしたね。

     

    久しぶりに覗いた彼のWEBサイト、

    https://www.langerman-diamonds.com/langerman/

    何度も更新されているようですな、最初の方とは雲泥の差、かなり綺麗になってますね。

     

    WEBの中のLangerman氏はかなり最近なのかな? 

    14年か15年会ってなくて、現在の彼は、恐らく70代なかばから、ひょっとしたら80歳くらいなのではないのかと推測いたしますが、流石に冴えた頭脳の持ち主、顔つきや目の感じは全く変わっておりません。頭の中身が優れていても、頭の“表面”は思い通りにはならないのですな、当時の“ザビエル禿げ”は、かすかに名残りをとどめるのみ、ま〜るく“ツルッ”と良い感じになっておりますな。

     

    Langermanの仕事部屋というかOfficeは、21世紀初頭と全く同じと確信。部屋全体が写ってなくても、写真の向かって右サイドに窓があるであろう明るさとか、醸し出されている雰囲気は変わってないです。彼の後ろの壁ぎわにCDプレーヤーが置いてある、これも全く同じ物、買い替えているだろうけどデザインは全く同じ。仕事中はいつもクラシックが掛かっておりましたよ。彼は週に23度とクラシックのコンサートに行っているとか言うておりました。誠に羨ましい話。それだけ時間と精神的余裕とお金があるということだし、また、週に2度も3度も、行ってその日に帰って来られる距離でクラシックを聞けることが羨ましいですな。

     

    Langermanに初めて会うまで、まるでカラーダイヤが分かっていなかったウッキーなのに、彼の商品を見た瞬間に『色濃い、安い』というのが分かったのでした。しかしながら、彼はウッキーのような“Smallバイヤー”には、彼の在庫の根幹の部分を全く見せることがなかったですな。ホント“お情け”という感じで、有名ブランドショップの注文に納まらない物だけ“売ってくれた”印象です。それでも、“修行中”であったUKI氏には十分。いえ、最初から良い物を見せられても価値が分からないから、かえって良かったのかもしれませんね。徐々に扱う質と自分の技量を高めてゆくことが出来たと言えるでありましょう。

     

    実際、彼の商品を買って、日本で売ってみて、『あ〜なるほど』と納得することしきり。儲かったかと言われれば、大したことはなかったのですけども、確実に次のステップに進むことが出来たようです・・・・Langermanの商品を何度か取り扱って“学習”させていただきまして、後に、AntwerpArgyleの商品をしっかりと調達することに成功!

    カラーダイヤバイヤーUKI氏の“実に短い栄光の時”を迎えたのでございました。

     

    2001年にLangermanから貰った名刺です(拡大コピー)。

    Belgiumにしては良い材質の写真用紙に印刷されております。大きさは普通です。

    裏側がカレンダーになっているので、毎年貰ってました。名刺の表側のダイヤ画像には全く変化がないから、我々日本人にはあまり意味はないんじゃないのと思っておりましたが。

     

    彼のWEBの英文を見ますと、Langerman15歳の時に業界入り、ダイヤモンド研磨工場で見習い職人を始めたのですね。人並外れて優秀な頭脳を持ちながら、恐らく彼の家は貧しくて、高等教育を受けられなかったのでありましょうね。しかしやはり、彼は賢かった、ダイヤモンド産業の土台の部分、原石とそのCut & Polishを知ることによってダイヤモンドの流通の全ての行程を熟知する基礎になったという訳ですな。それから数十年、この世界で『the Colorman of the diamond』という称号を得ることになったのはまあ当然の成り行きであるという気がします。

     

    そうなんですな、我々にとって、

    彼は(ユダヤ人だけど)平成を代表する怪物、

    カラーダイヤ“モンスター”であったのです。

     

        ― 続く ―

     

     

     

     

     

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