Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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令和
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    『令和』、

    248番目の元号なんですね。

    一番は『大化』、大化の改新の『大化』、中大兄皇子と中臣鎌足(後の天智天皇と藤原鎌足)が、当時、実権を握っていた蘇我氏を滅ぼし、天皇を中心とする律令国家を作ろうとした時、でございます。

    ご存知でしたか?

    ウッキーは、通常の会話で『昭和天皇』とか『明治天皇』などと言っておりますから、天皇と元号の多くは一致しているとばかり思っておりました。ですから、元号も神武が最初なのかなと。

    割りと新しい、と言うのも変ですけども、神話、神代の世界でなくなってのちに元号が制定された、、そのように考えると、元号ということの意味はもっと深くなってくる気がいたします。

     

    今朝のネットのニュースを見ておりますと、

    『令和』の他に5案があって、それらは、

    『英弘(えいこう)』、

    『久化(きゅうか)』、

    『広至(こうし)』、

    『万和(ばんな)』、

    『万保(ばんぽう)』

    だったのだとか・・・・

     

    なるほど、このように並べると、確かに、有識者懇談会のメンバーだった山中先生や宮崎緑が「一番人気だった」と言うのも分かりますな、ピリッとした緊張感と、キリリで凛とした響きがありますし、即位される皇太子の、英明な君主という雰囲気にピッタリとはまる、という気がいたします。

     

    ところで、今回の『令和』は初めて“日本国籍”、万葉集からの出典。これまでの247の元号が全て漢籍、中国の古典からの出典だったとはね、これも知らなかったし、意外。そして、この“漢籍から外れた”ということだけで直ぐに『右傾化』なんていう馬鹿が少なからず存在しているのは本当にもうウンザリ。日本にはまだまだ下らぬクソ左翼が多いのですな。外国はほとんど全てナショナリズムなのに、日本が世界に誇れる『元号』という文化を、自国の古典で彩っても右傾化と言われるなんてね、ホンマ割が合いませんな。彼ら馬鹿左翼にとっては、日本だけはナショナリズムがダメ、なのだそうです。またそれ以上に、共産党の志位なんていう時代錯誤の妖怪は、『元号は国民主権になじまない』とかって言ってね、我々ノーマルな日本人の頭が変になりそうですな、20世紀の遺物、いえ、“20世紀の汚物”とも言える共産党や共産主義は、日本どころが世界中になじまないのにね。自民党の石破茂もまた『令和』に批判的なコメントを述べて、ネットで叩かれまくっている、アホな野郎や、こんな時には静かに黙っているのが賢いのにね。

    元号発表でまた色んなことが見えてまいりました。

     

    思えば、『平成』という元号を小渕官房長官(当時)が発表したのは、昭和天皇が崩御された直後。日本国中、服喪一色。今回のように、盛り場や大きなターミナルの大スクリーンの前に陣取っての“パブリック・ビューイング”もなく、号外に皆が殺到してせっかくもらったのに千切れまくってボロボロ〜なんてこともなく、日本国中の『令和さん』を探してマスコミが向かうこともなく、至って地味な新元号の出発、という感じで、出典がどうのなんて考えたこともなかった。

     

    しかし驚きましたね〜・・今回の『令和』考案者とウワサされる中西進氏の万葉集の著書があればと、先ほどAmazonで『万葉集』のラインナップを見ましたが、ほとんどが“在庫切れ”状態!

    信じれん!!

    皆さん、日ごろからそんなに読書熱心でしたか?!?

     

    ウッキーは既に、斎藤茂吉著の『万葉秀歌』の上下巻を何年も前に買って“日々”愛読しておりますので、“万葉集もの”が在庫切れとなったところで特に残念とは思いませんけども、ロクでもない本が一杯並んでいる今日びの書店に行ってもなかなか売ってなさそうですな。

     

    さきほど、この『万葉秀歌』の序文に目を通しておりましたら、下記のような記述が〜・・・なんせ昭和138月の文章だ〜

    『・・・歌そのものが主眼、評釈はその従属ということにして、一首一首が大切なのだから飽くまで一首一首に執着して、若し大体の意味が呑みこめたら、しばらく私の評釈の文から離れ歌自身について反復熟読せられよ。』

    『・・いわゆる万葉の精神、万葉の日本的なもの、万葉の国民性などということは論じていない。これに反して一助詞がどう一動詞がどう第三句が奈何結句が奈何というようなことを繰り返している、読者諸君は此等の言に対してしばらく耐忍されんことをのぞむ。』

    『・・・行き当たりばったりという工合に貢を繰って出た歌だけを読まれても好し、忙しい諸氏は労働のあいま田畔汽車中電車中食後散策後架上就寝前等々に於て、一、二首或いは二、三首至十首ぐらいずつ読まれることもまた可能である。』

     

    斎藤茂吉、、若い世代は知らんやろね。医師にして歌人だ。

    ウキ世代には、北杜生の実父と言った方が分かりやすいかも。

    斎藤先生は、万葉集4,000あまりの歌の中から約400くらいを選んでおられます。先生の教え通りに“行き当たりばったり”ばかりの読み方をしていたウッキーは、先生の選んだ400の中に『令和』関連があったのかどうかしっかりと確認しておりません、もう〜ダメな奴!

     

    初春の月にして 

    気淑く風らぎ

    梅は鏡前の粉を披き

    蘭は珮後の香を薫す

     

    ―清らかで美しい初春の月、淑気ただよい、風和やか。梅は鏡前で装うように白く咲き、蘭は身に着けた芳香のように匂う―

     

    漢籍ではないけど、何となく漢詩っぽいですな。

    しかし、この歌の中の漢字を見ているだけで十分に“感じられる”のが嬉しい、という気がします。

     

    最後にめでたさを重ねる吉祥歌を。

    大伴家持作、万葉集を〆る最後の歌。

    彼は万葉集編纂の最大の功労者であるけども、斎藤先生は彼の歌をあまり評価してないのですな。それほどに万葉集の初期の作品は素晴らしかったと。

    そのへんのところは勉強不足で分からないですが、

    十分に祝賀の雰囲気は伝わってきます〜

     

       あたらしき 年の始めの 初春の

               今日降る雪の いや重け吉事

     

     

     

    | ukitama | - | 17:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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