Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
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Ichiro!
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    イチロー引退!

     

    一昨年あたりから、もう遠くないと予測されてきたこととは言え、目の前で現実のものとなるとやはり衝撃的と言わざるをえないですね、、イチローも人間だったと。

     

    イチローが一躍スターとなったのは1994年。な、な、なんと、それからちょうど25年ですか、四半世紀に渡って多くの日本人の注目を集めてきた、、これから先いったい何時、そんなスポーツ選手が現れることか?!と考えると、我々がイチローと同時代に生きたということを本当に嬉しく思いますね。

     

    CoolStoic、というのがイチローの代名詞みたいなものでしたから、彼が喜怒哀楽を表に出した時はいっそう魅力的に見えました、、WBCで侍Japanが世界一に輝いた時の少年のような笑顔は忘れられないですし、メジャー1年目に、“大先輩の野茂”と対戦した時、いきなり背中に速球をぶつけられ、打席の中で倒れて苦悶の表情も、イチローには申し訳ないけども、非常に面白かった〜・・・なんせ、当時のマリナーズの監督のピネラが笑いを噛み殺している・・・まあ恐らくは、野茂が、イチローのことを『俺に挨拶もなしに、ホンマ生意気なやっちゃ!』ということだったのでありましょうし、それがピネラにも見えたのでありましょう、野茂の平然とした顔もまた見事!?でございましたね。そう言えば、イチローや松井ゴジラの少し後に阪神からNYメッツに行った新庄が、『松井君は好き』と言うてたのも面白かった、、それってどういうこと?と、わざわざ聞かなくとも誰にでも行間が読めることでございました。

     

    イチローの半端でない“Vivid度”というのでありましょうか、

    Vividなものには誰しも強く反応いたします、その反応のしかたで色んなものが見えてくる、、VividVividであるが所以のもの、反応した人間の器量や力量まで推し量ることが出来たのは本当に興味深かったですね〜・・・上記以外でも、さまざまなことが思い出されます、、

    イチローのプロ生活は、ご存知のようにオリックスから。1992年からですね。当時の監督は土井正三でした、巨人のV9に貢献した“いぶし銀”のプレーヤーだった人。しかし、全く監督には不向きでしたな、と言うか、この土井のせいでイチローが世に出るのが2年も遅れた、、

    何でや?

    イチローは“振り子打法”で世に出たけど、土井監督は『その下らん打撃フォームをやめん限り1軍で使わん』なんて言ったのですね、なんという見る目のなさよ。1992年、1993年とほぼ2軍暮らしで、そのまま“土井体制”が続いていたら現在のイチローはなかったかも?!?

    一生懸命の人には天も味方する―1994年に名将(いや名匠と呼ぶべきか?)・仰木彬がオリックスの監督に就任、仰木は『イチロー』の名付け親でもありますね、、、その年、イチローは一気に開花。いきなりシーズン210本というとんでもない安打日本記録を作ってしまう〜イチローの入団時から仰木監督だったら、イチローのメジャーデビューももう少し早くなって、メジャーの通算ヒット数は3,500くらいになっていたかもしれませんな。

     

    イチローがメジャーデビューした年、2001年には、NHKBSでマリナーズのゲームをたくさん見ましたが、日本の解説者たちの力量もしっかりと“計測”させていただきましたね。当時は、メジャーを経験した解説者が、もうかなり昔の村上雅則氏しかいなかったものだから、他の解説者たちはメジャーリーガーのプレーをやたら誉めてばかりで、全くつまらないというか下らない解説ばかりでございました。たまにメジャーのゲーム見て先入観で物を言っているし、イチローが日本にいた時にはあまり日の当たらないところ、オリックスの選手でしたから、ろくにLiveを見たことがなかったのでありましょう。イチローは、なんでもかんでもタイミングさえ合えば振りに行ってヒットにしておりました、ワンバウンドのボールさえ綺麗にライト前に弾き返していたのですから。そんなことを全く知らない解説者たちは、イチローが選球眼が良い、なんて平気で言っておりましたね。イチローの四球の数は、敬遠四球をのぞくとシーズンでだいたい平均30個。現在のセリーグ屈指の好打者の丸の昨年の四球数は、敬遠も含めてですけども、130個です、これが本当に選球眼が良いという数字。

    まあホント、あの当時から比べると、野球解説者の質も随分と上がりましたね・・・

     

    ・・・なんて言ってますけども、

    ウッキーも実はこのところホント偉そうに言えない!

    時おり先入観と偏見の塊になっております、、

    気を付けねばなりません・・・・

     

    東大医学部教授、矢作直樹氏の著書「世界一美しい日本のことば」に、以下のような文章がありました。

    『・・・医師本人が、自分たちの知っていることはわずかであることを知り、その外側にはたくさんの「未知」が存在していることに気づくこと。判断する際に決して予断を持たず、目の前の現象をしっかりと見すえて自分の頭で考える・・・』

     

    “定見”は直ぐに‘偏見’に化けてしまうのだと。

     

    イチローという“特大のFancy Vivid”の原石を‘イの一番’に手に取りながらも、土井正三はそれを磨きに掛けるどころか、一顧だにしなかった。まさに「未知」の存在に気が付かなかったのでありましょう、特大の原石を石ころだと見誤った。仰木彬は、その特大原石を見た時、さぞや興奮したことでありましょうね、まだこんなのがあったのかと。実は、イチローほどの大きさも彩度もないけど、当時のオリックスには田口壮という1カラットのFancy Intenseクラスの原石もすみに捨て置かれていたのです、これまた信じられない話・・・イチローと同期入団の田口は、関西学院大からの“ドラ1”、イチローの4つ年上。当初は遊撃手であったのですが、これまた土井監督の教えが合わず、“送球イップス”となって内野手として使い物にならなくなったのですな、しかし土井というのは一体何をしてたんだろうね。田口もまた仰木彬によって攻守走すべてに卓越した外野手に成長、素晴らしく高彩度のダイヤモンドとして生まれ変わったのは皆さんも良くご存知の通り(2006年にはフィラデルフィア・フィリーズのワールドシリーズ制覇に貢献)。

     

    さて、現実問題として、ウッキーのような‘しがない’ダイヤ業者が、原石を取り扱える訳もなく、Cut & Polishしてどうのというような世界に関わり合いを持てる可能性も非常に低く、イチローや田口のような存在を目のあたりにすることはちょっと難しいという気がしておりますが、皆さんを“イチロー級”や“田口クラス”に導く回廊の入り口付近までご案内することは可能なのではないかと思っております。

     

    綺麗なカラーダイヤが減ったと嘆いてばかりでは明日が見えてきませんし、

    そんな中でも別格の煌々を見せるカラーダイヤも確かに存在しております。

    最近は、“濁り系”をなるべく排除して本格的に美しいカラーダイヤを皆さんにご紹介するように努めております、お気付きならば嬉しいですけども。

     

    どうか注意深く当店の商品をご覧いただきますようお願いいたします。

     

     

     

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