Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
五彩
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    『令和』の出典が万葉集ということで、やはり気になると言いますか、

    週に23度と万葉集の解説書なぞを手に取って見ております。

    今朝もまた何気に開いた箇所に次のような名歌がございました〜

     

      春の日に 張れる柳を 取り持ちて

              見れば都(みやこ)の 大路思ほゆ

                ― 大伴家持 ―

     

    当時の奈良の都のメインストリートには柳が植えられていたのですね。遠く、越前に赴任していた大伴家持が、奈良の都を恋しく思って歌ったもの。

     

    リービ英雄は『英語でよむ万葉集』の中で、この歌を下記のように英訳しております。

     

       As I break off and admire

     a branch of the willow

     swelling large on a spring day,

     my mind turns

       to the broad avenues of the captal.

     

    英訳を読んで、万葉秀歌の普遍性と言いましょうか、恐らく、全ての言語に通ずる、通用するであろうNaturalな格調の高さがあることに驚きを禁じ得ませんね。

    張れる柳は即ち都(みやこ)の大路であり、

    willow swelling large the broad avenues of the capitalと見事にシンクロいたします。

     

    最初、大伴家持の歌の直ぐ後に現代語訳を書いてみたのですが、それがあまりに貧弱で、付けることによってオリジナルの歌の良さを阻害してしまっているということに気が付きました。それほどに、オリジナルはVisualで、分かりやすい、、家持が“張れる柳”のひと枝を持っているのが何となく見えるようでもあり、それからどんどんと想像が拡がって、往時の都大路の、国際色にあふれ、色彩豊かな光景まで目の前に展開される、、、そんな気にもなってまいりますね。

    これこそが、普遍的な“美”、時空を超え存在する美しさ。

     

    さて、ダイヤモンドの美しさが普遍的なものであることは間違いないのでありましょうか?

     

    皆さんはどうお考えですか?

     

    Yesであり、Noでもある・・・・

     

    まず、ダイヤは磨かれてないと、石ころか出来損ないのガラスの塊のようであるという点。

    Cut & Polishなくしては厳密にはダイヤモンドとは言えないのでは、、このように考える人も多いでしょうね。

    それに、インクルージョンという問題もある、キズだらけでも美しいのか?!

    そうですね、こういうことを考え出すと本当にキリがない訳で、万葉秀歌とはまた別に存在する“秀歌でない歌”もまた多いように、多数の支持を得られないダイヤモンドもまた多数存在するという事実があります。

    しかし、我々は、そういった物を相手にしてないケースが圧倒的、ある程度、ジュエリー加工して“見栄え”する、“鑑賞”に堪えられるダイヤモンドの話をしている訳です。そのような“常識的”な範囲のダイヤモンドに絞ったら、皆さんは、上記の問いには何とお答えになるのでしょうか?

     

    『ダイヤモンドの美しさは普遍的なもの?』

     

    漱石の『草枕』に次のような一文があります。

    「着想を紙に落とさぬとも璆鏘(きゅうそう)の音は胸裏に起こる。丹青は画架に向かって塗抹(とまつ)せんでも五彩の絢爛は自らの心眼に映る。」

     

    なんとも難解な日本語です。

    璆鏘とは、玉や金属が美しく鳴り響くこと。

    丹青は、絵画のことですね。

    「草枕」は、当時の自然主義小説とは全く別の世界、“ただ美しい感じが読者の頭に残りさえすれば良い”という観点で書かれたそうですな・・・

    「住みにくい世から住みにくい煩いを引き抜いて、難有い(ありがたい)世界をまのあたりに写」すことで、「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い(たっとい)」・・・

     

    『あらゆる芸術の士』を『美しいカラーダイヤ』と置き換えますと、

    何か本当に美しいカラーダイヤが見えてくる気がいたしますね。

     

     

     

     

    | ukitama | - | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    御朱印
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      寺社の御朱印を集めるのが流行なんだそうですね。

      そう言えば、平成の最後の日に京都・平安神宮に参拝したのですが、

      門を入って直ぐに驚いたのが、広い境内に大蛇のように伸びる順番待ちの行列。

      その折には全く迂闊なことに、『何かええことあんのかな』とチラリ思っただけで、平安神宮の神気に触れることに気が取られて、何も感じることはなかったのですけども、翌日、令和となってまた他所で同様の光景を見ましてようやく、『ああ、これが・・・』と気が付いた次第で。

       

      御朱印は本来、額装して遺影と並べて飾る人がいるほど尊ばれるものなんですな、知らなかった〜

      またこれは、元来、写経を奉納した証しとしてお寺からいただく証書のことを言っていたそうですね。お寺とご本尊の名前をしたため、当日の日付を入れた半紙に朱色の印を押してもらうからこの名がある・・・・

      ところがですな、

      昨今では、写経しなくとも参拝もしなくとも、数百円払えばもらえる!

      だから、長蛇の列!!

       

      これってちょっとおかしくないか?!?

       

      23日前の新聞でも大いに非難されておりましたね〜〜

      参拝なしで御朱印の列に、

      神社の巫女さんに暴言、

      行列で暴力行為、

      8時間並んだ』とネットで販売、等等、まあ唖然とする行為の数々。

       

      ・・・そんなことして御朱印を手にしても、ご利益(りやく)あるのかよ、、ってね、小学生でも思いますよね。

       

      まあしかし、日本人っていうのはホント『証書』好き。

      こんな統計というか、アンケート調査もないだろうけども、

      まあ恐らく世界一の『証書好き』と言えそうですな。

       

      さて、そんな『証書好き日本人』に耳より情報?!

       

      数日前、海外のダイヤ輸出業者と電話で話しておりましたところ、

      『ウッキーよ、おもろいダイヤがあるでぇ〜』と。

       

      なんやねん?

      と問いますと、

       

      GIA鑑定書付きなんやけども、そのカラーグレードがな、メチャ珍しいのや、

      Fancy Light Purplish Redやで』と。

       

      続けて、

      『せやけど、これは絶対にGIAのミス、グレーディングの間違いとかとはちゃう、単なるミスプリントやな』

      と言うのです。

       

      正しくは、Typing Errorですな。

      アホな社員がおったもんやね。

      しかし、ダブルチェックされているはずやのにね、いくつものミスが重なって、

      “世に出て”しまったーーー

       

      世の中には、この種の物の収集家が常に存在しますし、カラーダイヤの世界では、もうコレクションは一通り終わったから、『何か、格別とも言える物を』と言う人もいるに違いありませんね。

      ですから、ウッキーはちょっと‘前のめり’になりまして、

      『それって、何がナンボやねん?』

      と問うたのです。

       

      もし『真面目にグレーディングしたら』、

      Fancy Light Purplish Pinkだろうと、、想定内ですな、

      そして、0.25crtだと、、、思っていたより大きい!

      しかし、、$30,000/crt

      税込で約90万円!!

       

      おいおい、それはちょっと高過ぎるやろと、

      言ったものの、

      『所有者がウッキーみたいな奴でな、コレクターのために取っておくと言うのや』と言われればもうグウの音も出まへん。

       

      どなたか、もしご興味あればご連絡を。

      まだ海外のどこかにあるものと思われます。

       

      令和となって2週間以上経過しました。

      平成が(商売の上で)良い時代だったとは全く言えないけど、

      今世紀初頭、平成のなかばの頃には、当店のカラーダイヤをご覧になって、興味有る無し関係なしに色んなコメントを頂戴していたことを思い出しました。

      『現在、手元不如意につき、ご勘弁ください』なんてね、

      メールの最後にあったり。

      決して不如意なんかではないはずなのに、そう言われると心が和む・・・

      こんな言葉使ってくれるひと、

      いなくなったなあ〜と、ちょっと寂しく思っておりますよ。

       

      なんでもええから、たまには御反応を!

       

       

       

       

       

       

       

      | ukitama | - | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      Rapaport News
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        薫風、風薫る五月、、

        皐月晴れが続く日本列島は最高のシーズンでありましょうか。

        ところで、昔から言われてきたこの『風薫る』、経験的に我々のご先祖様たちは“緑の癒し効果”を知っていたわけですけども、科学的にも説明がつくのですね〜フィトンチッド(phytoncideとよばれる物質、芳香成分が樹木から発散されるのだとか。

        『目に沁みる青葉』と言う表現は単に比喩ではなくて、本当にこのフィトンチッドが目に沁みているのかもしれませんし、

        『匂うような初夏』も、昔の日本人なら本当にその匂いを強く感じ取っていたのでは?!

         

        さあ、野に出て山に登って、本来の感覚を呼び覚ましましょう。

         

        今日は久しぶりに海外からのカラーダイヤのニュースを読んでみましょう・・・・

         

        5月5日付のRapaport Newsから。

        Pink fancy-color diamonds outperformed other major color categories in price terms during the first quarter, the Fancy Color Research Foundation (FCRF) said. 

        FCRF(ファンシーカラー研究財団)によると、今年の第一四半期、ファンシーカラーダイヤモンドの中でピンクダイヤの価格は他のカラーを凌駕した。

        “At a time of diamond-market uncertainty, fueled by growing white-diamond inventory and the emergence of lab-grown diamonds, most categories of fancy-color diamonds are showing continued pricing stability, with the pink segment posting slight price increases,” said Oren Schneider, an FCRF advisory board member. 

        ―FCRF諮問委員会のメンバーであるOren Schneider氏によれば、無色透明のダイヤモンドの在庫が増え、また、研究室で製造されたダイヤモンドが出現したということで、ダイヤモンド市場の不確実性が高まっている中、ほとんどのカテゴリーのカラーダイヤの価格は引き続き安定している。

        Prices for pinks grew 0.5% quarter on quarter for the three months ending March 31, according to the FCRF, which released its quarterly Fancy Color Diamond Index (FCDI) last week. By contrast, overall prices of blue fancy-color diamonds, which previously held the top spot, declined 0.2% compared to the previous quarter. Yellows slipped 1.5%, causing the overall index for fancy-color diamonds to fall 0.2%. 

        ―ピンクダイヤの価格は、年始から3月末までの3か月間で、前四半期比0.5%上昇した。以前、価格高騰率トップであったブルーダイヤは逆に0.2%の下落となった。イエローもまた1.5%の下落で、カラーダイヤ全体の総合指数は、マイナス0.2%であった。

        “The color-diamond market as a whole is in a slowdown, following the hyper price rises of the past years,” added Alan Bronstein, president of the Natural Color Diamond Association. “Demand always goes through cycles where values rise and fall.” 
        ナチュラルカラーダイヤモンド協会の会長であるAlan Bronsteinは、

        「先年の異常なまでの価格上昇の後、カラーダイヤモンド市場は全体としてスローダウンの局面にありますが、需要は常に価格が上下する中を行きます(全体的には堅調な需要である)。」

        と述べた。

         

        Diamonds weighing 1 carat showed the best performance in both the fancy-yellow and fancy-intense-blue categories during the quarter, according to the FCRF. The segment was led by the 3- and 5-carat vivid-pink categories, which increased by an average of 3.1%.

        FCRFによれば、この第一四半期において、1カラットのFancyYellowFancy Intense Blueが最高のパフォーマンスを見せた。(1カラット以上のアイテムに関しては)3カラットと5カラットのFancy Vivid Pinkのパフォーマンスによって主導され、平均で3.1%の伸び率となった。

        In February, the FCRF predicted a rise in the price of yellow diamonds for 2019, as Dominion Diamond Mines’ Ekati deposit — one of the main suppliers of those stones — transitions from open-pit to underground mining. The group cautioned there would be a shortage of supply during the transition phase. 

        FCRF2月、2019年のYellow系ダイヤの値上がりを予測した。その主な供給源の一つであるDominion Diamond Mines Ekati鉱床が、露天掘りから坑道を作って掘り進む採掘に移行したからである。グループは、移行段階では供給不足になると警告した。』


        そう言えば、去年あたりのPinkBlueの値上がりは相当なもので、ちょっと付いて行けないほどでしたが、現在、一服感はありますね。しかし、これは調整段階と言うよりも、また一段上の価格を目指しての『ひと休み』と解釈した方が良さそうです、いわゆる『階段の踊り場』。一時的に値下がりがあったとしても、全体の傾向としては右肩上がりと考える方が自然。

         

        皆さん方の多くが探しておられるような“稀少品”はやはり希少品であって、常に価格高騰の真っただ中を漂っているものと思われます。

         

         

        | ukitama | - | 16:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        令和元年
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          『・・・・・321・令和!』

           

          新しい時代、令和が幕を開けました。

          両陛下のツヤやかな笑顔がいいですね、そして、年齢よりずっと若く見えて国民の一人としてホンマに嬉しい!

          ずっとその若さを保っていただきたいと思います。

           

          平成最後の瞬間、そして令和となった時、皆さんはどのように過ごされましたか?

          若い人たちは道頓堀か、渋谷の交差点か、あるいは踊りの輪の中か?!

           

          ウッキーは、もし自分が二十歳前後だったらどうしただろうなとか全く考えもせず、430日の午後10時には既に高鼾(いびき)でございましたね〜翌51日もいつものような時刻に起き上がって。

           

          けれど、430日の昼ごろから52日の午前まで、家内と京都で過ごしましたよ、やはり、古都・京の都(みやこ)が一番“その時”に相応しいと感じましたのでね。

          平成最後の日の夕刻、暗くなってからは八坂神社におりました。境内のたくさんの提灯に灯りが点り、それはもう幻想的な光景。多くの外国人観光客で賑わって、お祭りムードもそこそこ感じられ、『何かが終わり、何かが始まる・・』というような、ちょっと神秘的でもあり、優しい音楽のような光の中で過ごす平成の暮れ、当分忘れられない光景です。

           

          令和初日は、早朝から京都御所へ。とは言っても御所の中には入れませんので、京都御苑の中をひたすら歩きました、、神聖な空気に少しでも触れられたら良いかなと思って。

          あいにくの小雨でしたが、これがまた情緒たっぷり。

          大木が立ち並ぶだだっ広い苑内は、不思議なことに人の姿もまばらで、しっとりと良い感じでね、『そうそう、これこれ』、これを求めていた〜という雰囲気でございましたよ。

           

          令和が平和に年月を重ね、30年後とか40年後にはまた同じような光景が繰り返されるのでありましょうか。そうだったらいいですね。天皇陛下より一つ年上のウッキーはそれを見ることが出来るかちょっと疑わしいですけども、大いに期待いたしましょう〜しかし、超高齢化社会は嫌ですな、なんとかしてほしい!

           

          ところで、

          八坂神社の近くからタクシー乗って、ホテルまで行ったのですけども、降車の際に運転手さんが『良いお年を』って。そして翌朝、令和最初の日、ホテルのレストランへ朝食に行った際に係の女性が『令和おめでとうございます』と言ってくれたのでした。

          年末年始ではないけど、いや、それ以上のものであるのに、確かに何も言わないのはおかしい〜、言ってもらってホント良かったと思いましたが、皆さんは何か挨拶なさいましたか? 京都ならではだったのかな? そうでもない?

          いずれにしても、ひとつの時代が終わって新たしい時代が始まるという際の挨拶、これに関して全く考えてもみなかったのは非常に迂闊なことであったなと、大いに反省のUKI氏でございました。

          もし“次回”があるならば、それこそ‘しっかりと対処’いたしたいと思っております。

           

          さて、10連休も終わり、皆さん方の今日の出勤と始動にはかなりのパワーが必要だったのではないかと推測いたしております。

          かく言う気儘な自営業のUKI氏も、全く気力が失せておりましたのを『気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!』と大きな声を出しまして何とか体を動かして〜・・・

           

          ヤフオクの出品、令和記念の大特価、

          入札しないと損ですよ〜

           

          そして、間もなく、明日になってしまうかもしれませんが、

          HPでは・・

          『祝・令和! 大バーゲン!!』

          の始まりーーーーー

           

          超逸品の激安、

           

          よろしくお願いします。

           

           

           

          | ukitama | - | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          Review of 平成−5
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            Argyleの興亡とほぼ重なった形の平成は、カラーダイヤという一つの大きなアイテムの誕生と成熟の歴史でもありますね。

             

            昭和50年前後までは、ダイヤモンド自体がそう注目されるような物でもなく、、、と言えば皆さんは不思議に思われるかもしれませんけども、ウッキーが“業界入り”したのが昭和58年、その数年前までは大都市の宝石屋と言えどもロクに鑑定屋のグレードが付いたダイヤを取り扱っていなかったのですよ、ほとんどの宝石屋は、『鑑別書』、いわゆる4Cの表記のない、“天然ダイヤモンド”という記載のみある証明書等だけで消費者に販売していたということなんですな。

            ですから、昭和50年ごろから、GIA基準を用いた『ダイヤモンド鑑定書』(Diamond Grading Report)が登場するに及んで、街の老舗宝石屋や宝石卸屋っていうのは相当に危機感を抱くようになったと聞き及んでおります・・・それまで口先三寸で騙してこれたのが通用しなくなった、と言えば聞こえが悪いけども、GIA基準の鑑定書がデパートや地域の一番店で採用され始めると、ダイヤモンドを販売することに関しては必ずしも宝石のプロである必要性はなくなった、ということですね。

             

            昭和の終わり頃でさえ、そのような情況。即ち、無色透明のラウンドがようやく“Bridalアイテム”として認知され確立された時代。

            でありますから、カラーダイヤなんていう物が日本市場に入り込む余地はほとんどなかった訳なんです。

             

            それが、1990年代のなかばから、カラーダイヤの販売が毎年大きな伸びを示して行ったのは、バブル経済の崩壊によって無色の大粒ダイヤの売れ行きが激減したことと、Bridalアイテムとしてのダイヤモンドが、あまりにグレード重視、鑑定書重視に偏り、さして儲かる商材ではなくなったことが挙げられると思います・・・・・『ダイヤモンドは永遠の輝き〜De Beers』のテレビCMが懐かしいですな、メシのタネとしてはあまり永遠ではなかったという。

             

            さて、平成も10年以上が経過し、今世紀に入ってカラーダイヤの色んな“流通システム”が完成したかと言うと、まだまだでございました。

             

            UKI氏がAntwerpで一所懸命にカラーダイヤの買い付けに励んでいた折り、非常に悩ましかったのが青緑系ダイヤの存在。現在のカラーグレードで言いますと、Fancy Green BlueやらFancy Blue Green、それらの上下のグレードの物です。

            それらは、スッキリの光沢で非常に綺麗なのに、

            GIAにおいてさえも、

            Color Origin: Undetermined (判定不能)

            とされる商品だったのです。

             

            それらを、検査機器の進歩等によってGIAが“天然”と判定することが多くなってきたのは平成20年頃のことでありましょうか。GIA付きの青緑(Green Blue, Blue Green)を紹介し、同様の検査をさせることによって、日本の鑑定屋もようやく重い腰を上げたのですな。そう、結構我々は苦労しているのですよ。鑑定屋っちゅうのは、ある部分、役所よりも保守的でね、いや守旧と言うべきか、、まあとにかく、前例がないと動かない、相当な刺激がないと自らを変えられない存在。AGTなんてね、その最たるものですな、、、これを語り始めるともう止まらなくなるのですけども、、

            現在でも、『生地が素晴らしいなんてもんやない、このClear感、見ているだけで昇天しそう!』と感じるGreen Blue系のダイヤに限って未だに『判定不能』となるケースがかなりあります。

            この種の物が、めでたく“天然”表記を勝ち取るためには、出来るだけ不純物をPolishせずにそのままにしておくこと、、その不純物は俗に『Brownパッチ』なんて呼ばれます、実際にBrownishなガーネット等の破片なんですな、この極小の破片がダイヤ表面に付着していることによって、そこが“窓”と言いますか、“侵入口”になって、“天然”の証拠を発見するための詳細な検査が可能となる、ということなんです。

            しかし、誰しもそんな不純物をPolishして取り去ってしまいたい、当然のことです。凄い葛藤ですよね、Brownパッチ有りなら、ほぼ天然と判定されるだろうに、それが付着していることでダイヤの美しさを損なっている、と言って取ってしまえば判定不能となる可能性がかなり大きい、、、ホンマに遺憾ともしがたい!

            青緑系ダイヤにおいての『Natural』対『Undetermined』の戦い、輸入屋と鑑定屋の戦いは未だに続いております。

             

            さあ、この先、カラーダイヤはどうなってしまうのか??

            まもなく平成が終幕するのとほぼ時期を同じくして、カラーダイヤの終幕も近いのではなかろうか・・・

            そんな危惧さえ抱かせる平成末期のカラーダイヤ事情でございました。

             

            いよいよ明日の夜、平成は令和へと変わりますね。

            今月1日に『令和』が発表された折りには、新しい時代への期待感と祝賀ムードが大いに盛り上がり、それは未だに続いておりますけども、数日前からは何かこの暮春に平成が終わることへの若干の哀愁があることも事実ですね。そして、今上陛下の御世が終わって何が残念かと言えば、やはり現皇后が皇后でなくなること。皇紀2679年と言われる日本の歴史の中で、美智子皇后ほど美しさと品格と慈愛に満ちた御心と高い教養を備えた皇后さまはいなかったであろうし、これからもまた現れないのではないか、と感じるのはウッキーだけではありますまい。

             

            皇后さまとダイヤを並べるのは全くおかしなことと分ってはおりますけども、平成に登場した優れたカラーダイヤの数々もまた唯一無二の存在、今後はなかなか出会うことのない物であるだろうなと、何気にボンヤリと思う昨今です。

             

            『令和』の生みの親と言われている中西進氏が言うには、

            『令』の字は、形が整って美しいさまを表すのだとか。

            また、中西氏は続けて、

            「元号は、こういう時代にしようという目標であり、心の拠り所である」と。

             

            昭和が終わって平成が始まってから、どうも昭和と平成の“連なり”が自然でないものを感じ、年数を数える時に、『今は昭和の何年になるのかな?』なんていうような方法をとっていたことが多く、日付を書く際に西暦を使用することが圧倒的に多くなっておりました。

            明後日からは、しっかりと『令和〇年』という記述で行くことを誓いたいと思います。

             

            令和のカラーダイヤのゆくへ・・・

            ・・・・・神のみぞ知る。

             

             

             

             

             

             

             

            | ukitama | - | 10:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            Review of 平成−4
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              Argyleのことを書かないでカラーダイヤも何もありませんね。

              とにかく、カラーダイヤの世界の“絶対的王者”という存在。

               

              そしてこれもまた日本国籍ではないけれど、“平成とともに”という形容詞がピッタリと来る存在ですなぁ〜・・・ホントもう終わりかけ・・・・・

               

              UKI氏がArgyleの存在を始めて知ったのはホンマに平成元年でございました。商社のダイヤモンド輸入卸部門を皆で退職して始めたA社の初期の頃。カラーダイヤを全くと言って良いほど知らない時です。A社に仕入れに来た宝石店の店主に、

              1crtのラウンドのFancy Pinkを頼んだら海外で買って来てくれるか』と、問われ、

              150万円くらいですか?』と聞いたところ、

               

              『そんなに安くであるのならバケツ一杯でも買ってやる』と。

               

              ムカつくなあ、このオッサン。

              と思いましたけど、知識のないウッキーが悪い。

              そのオッサンが続けて言うには、

              Argyleの商品で300万円なら安い方だと。

               

              20世紀の終わり頃、平成10年には既に500万を超えていたでしょうけど、、、

              今、なんぼ??

              ちょっと想像できないですね、昨年の秋に輸入屋に問い合わせたところ、

              『海外の所有している業者が出さないし、価格の問い合わせにさえ回答しない』ということなんですな。10年後、20年後に一体どんな値段になっているかワクワクするほど楽しみで、今どんな良い値がついても全く売る気がない、という意味で。全く腹の立つ話でございます。

               

              ・・・というようなことで、ウッキーはArgyle Pinkに衝撃的?腹の立つ初体験〜現物見た訳でもないけどね。

               

              前回お話ししましたように、

              Mr. Langermanの商品を何度か売買した後、AntwerpArgyleの商品を見せてもらったところ、これがまた非常にスッキリ澄んで綺麗な色味、そして価格もリーズナブル(ということを理解)。恐らく、西暦2000年前後がArgyleの全盛期、生産のピークだったのではないかと思いますが、ウッキーもそれを堪能させていただきました〜ただ、惜しむらくは、そのほとんどが卸売。消費者の皆さんにお納め出来るようになったのは、Argyleの生産が下り坂を迎えた頃になります。

              Why??

              当店のWEBサイトは西暦2000年には既に存在していたと思います。しかし、WEBでの販売のやり方が全く間違っていたのでありましょうね、良い商品を展示していたにも関わらずサッパリ売れなかった・・・・何か月かに1度注文が来ると『おおっ!!』という感じでね、今から思うと可愛いものでしたね。卸売が順調だったからネット販売を真剣にやる必要がなかったということでありますが、今から考えるとホント勿体無い話。

               

              さて、Argyleの商品がどれほど優れていたか、どれほど素晴らしかったか、、

              というような事例は枚挙に暇がありませんけども、

              ひとつは、優れたラウンドの0.2crt0.5crtあたりの物が普通に買えたこと。今から思うとあれは全く奇跡のようなものですね・・・

              往時をしのぶことばかりになってしまいますが、

              0.2crt以上のラウンドのFancy PinkSI2以上の物(ソーティングはAGT指定)、ということで、大阪のある業者が企画をやってまして、そこへの卸売り価格は税別で1個当たり15万円でしたが、この金額は全く苦にならず、Argyleの新着商品とタイミング良く出会えた時には“濡れ手で粟”という言葉がピッタリと来るような買い付けでございました〜嗚呼・・・

               

              Argyleは初期の頃、1990年前後のことかと思いますけども、さして注目もされず、1カラット以上の色の良い物はそのころから既に人気を博しておりましたがあとの物と言えば、、販売のために大阪の卸問屋に社員を常駐させて販売ルート開拓に努めたりと、現在からは信じられないほど地味なことをやってましたね。Antwerpに事務所を持ってブローカー2人を使ってバイヤーに商品を見せて回るようになった時は既にPinkダイヤのブームが来ておりました。ウッキーたちも先を争うように彼らの商品を見たものです〜アッと言う間に“売り手市場”、、Antwerpで販売するほど商品の生産、供給が不可能となり、ウッキーのカラーダイヤ輸入卸売も限界が見えてきたのが2005年頃でありましょうか。

               

              Langerman2001年には既に、『Argyle2016年に終わる』と断言しておりました、流石やね〜絶頂期にその終焉をズバリと言っていたのは彼くらい。

               

              Argyleのかの有名なTenderもね、以前は東京でも開催されていて、New YorkやらParisやら、世界の5つか6つの都市で開かれていたのが今から考えると夢のようなことに思えますね。数年前には、そのTender出品商品はその年に生産されたArgyleオリジナルばかりではなくて、“他所から仕入れた極上モノ”も二つ三つラインナップされていた、というようなこともウワサされておりましたな。

               

              一般的に、ダイヤモンドの鉱山は、その本格的な生産開始から約30年で命脈が尽きると言われております。Argyleもまたその“基本線”の上の出来事でしかなかったのかもしれません。しかし、『Argyleの興亡』が何か打ち上げ花火のように感じるのは単に、美しいピンクダイヤ、赤系ダイヤの鉱山であったから、というようなことではないという気がしますね。いわゆる“シンジケート系(De Beers)”傘下ではなく、ロシアではなく、第3の勢力という特殊事情もあったのかもしれません。

               

              他方、Argyleに関して何か物足りなさを感じたのも事実。あれやこれや、‘ちょっと違う感’が常にありました。それが何かと問われると、うまく言えないのだけど、『結局、最後までArgyleのスタッフには“ダイヤモンドのプロ”がいなかった』ということ、なのかな。そこが我々バイヤーにとっては妙味でもあったのですけどね。たとえUKI氏のような原石や研磨にあまり知識のない“単なるバイヤー風情”でもArgyleにいれば、少しは違った結果、もう少し延命させてあげられたんじゃないのとね、思わずにはいられませんね。

              平成とともに去りぬ〜

               

               

               

              | ukitama | - | 16:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              Review of 平成−3
              0

                Arthur Langerman

                カラーダイヤ・コレクターの方なら、この名と彼のWEBサイトは何度も見ていることでありましょう、恐らく、世界一有名なカラーダイヤ・ディーラー。

                ウッキーの“師”とも言える人なんですけども、そう思っているのはUKI氏だけで、Mr. Langermanにとって、そのように言われることは甚だ迷惑でありましょう。しかし、絶対に彼はUKI氏のことを覚えているはず。なんせ、このオッサン、いやもう、爺さんと言うべきか、オッサンやオジイと言うのは誠に失礼だけど、このユダヤ人はIQ180’という化け物。

                 

                IQは50くらいしかないのではないかと思われるウッキーは、彼と初めて会った時の“風景”やらはほとんど記憶にありません。20世紀の終わりごろ、1998年かな? 場所はAntwerp。“封印”していたカラーダイヤだったけど、取引先に『ちょっとだけでも見てみたら』と言われ、かなり消極的ながらも‘乗っかって’、行ったのですな、行くと言うような大そうなもんでもありません、Antwerpの、狭いダイヤモンド街の中、ほんの“ついで”という感じでしたね。

                 

                久しぶりに覗いた彼のWEBサイト、

                https://www.langerman-diamonds.com/langerman/

                何度も更新されているようですな、最初の方とは雲泥の差、かなり綺麗になってますね。

                 

                WEBの中のLangerman氏はかなり最近なのかな? 

                14年か15年会ってなくて、現在の彼は、恐らく70代なかばから、ひょっとしたら80歳くらいなのではないのかと推測いたしますが、流石に冴えた頭脳の持ち主、顔つきや目の感じは全く変わっておりません。頭の中身が優れていても、頭の“表面”は思い通りにはならないのですな、当時の“ザビエル禿げ”は、かすかに名残りをとどめるのみ、ま〜るく“ツルッ”と良い感じになっておりますな。

                 

                Langermanの仕事部屋というかOfficeは、21世紀初頭と全く同じと確信。部屋全体が写ってなくても、写真の向かって右サイドに窓があるであろう明るさとか、醸し出されている雰囲気は変わってないです。彼の後ろの壁ぎわにCDプレーヤーが置いてある、これも全く同じ物、買い替えているだろうけどデザインは全く同じ。仕事中はいつもクラシックが掛かっておりましたよ。彼は週に23度とクラシックのコンサートに行っているとか言うておりました。誠に羨ましい話。それだけ時間と精神的余裕とお金があるということだし、また、週に2度も3度も、行ってその日に帰って来られる距離でクラシックを聞けることが羨ましいですな。

                 

                Langermanに初めて会うまで、まるでカラーダイヤが分かっていなかったウッキーなのに、彼の商品を見た瞬間に『色濃い、安い』というのが分かったのでした。しかしながら、彼はウッキーのような“Smallバイヤー”には、彼の在庫の根幹の部分を全く見せることがなかったですな。ホント“お情け”という感じで、有名ブランドショップの注文に納まらない物だけ“売ってくれた”印象です。それでも、“修行中”であったUKI氏には十分。いえ、最初から良い物を見せられても価値が分からないから、かえって良かったのかもしれませんね。徐々に扱う質と自分の技量を高めてゆくことが出来たと言えるでありましょう。

                 

                実際、彼の商品を買って、日本で売ってみて、『あ〜なるほど』と納得することしきり。儲かったかと言われれば、大したことはなかったのですけども、確実に次のステップに進むことが出来たようです・・・・Langermanの商品を何度か取り扱って“学習”させていただきまして、後に、AntwerpArgyleの商品をしっかりと調達することに成功!

                カラーダイヤバイヤーUKI氏の“実に短い栄光の時”を迎えたのでございました。

                 

                2001年にLangermanから貰った名刺です(拡大コピー)。

                Belgiumにしては良い材質の写真用紙に印刷されております。大きさは普通です。

                裏側がカレンダーになっているので、毎年貰ってました。名刺の表側のダイヤ画像には全く変化がないから、我々日本人にはあまり意味はないんじゃないのと思っておりましたが。

                 

                彼のWEBの英文を見ますと、Langerman15歳の時に業界入り、ダイヤモンド研磨工場で見習い職人を始めたのですね。人並外れて優秀な頭脳を持ちながら、恐らく彼の家は貧しくて、高等教育を受けられなかったのでありましょうね。しかしやはり、彼は賢かった、ダイヤモンド産業の土台の部分、原石とそのCut & Polishを知ることによってダイヤモンドの流通の全ての行程を熟知する基礎になったという訳ですな。それから数十年、この世界で『the Colorman of the diamond』という称号を得ることになったのはまあ当然の成り行きであるという気がします。

                 

                そうなんですな、我々にとって、

                彼は(ユダヤ人だけど)平成を代表する怪物、

                カラーダイヤ“モンスター”であったのです。

                 

                    ― 続く ―

                 

                 

                 

                 

                 

                | ukitama | - | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                Review of 平成−2
                0

                  続きです・・

                   

                  平成のダイヤモンドを語る上で絶対に外せないのがイスラエル。

                  1989年から1990年代、平成の最初の数年間、ダイヤモンドの世界は、イスラエルが“主戦場”であったと言えるのではないかと思います。平成元年、日本はバブル経済のピークを迎え、ダイヤモンドの輸入も最高潮に達しましたが、その約4割はイスラエル、Tel Avivからの商品。A社のバイヤーも誰かが常にTel Avivに滞在しているような状態でした。ウッキーも月日を経るごとにイスラエルという国自体に興味が増して、ベルギーと同程度に好きになっていったけど、平成元年に初めてTel Avivに行った時には、『な、な、なんちゅう無礼な国民や!』と、全く頭にきたものでございました。なんせ、ホテルにチェックインの際、フロントに誰もいない、ベルを鳴らして待つこと12分、やっと来たか〜と思ったら『What’s your name?』ですからね、しつこく何度も書いているけども。彼らの言語、ヘブライは元来そういう言葉遣いなんですな、日本人は敬語にうるさいから余計に腹立つのですね。まあそれでも、その種の“ぞんざい”な態度と言葉に慣れるまで非常に時間が掛かったのも事実で、どうもイスラエルに馴染めない時間が長くて、必然的にTel Avivに滞在する時間が短くなって、当時のバイヤーとしは珍しく、Antwerpでメインの買い付けを行っていたのがウッキーでございました。

                   

                  イスラエルの商品は確かに安かった、多くの日本人バイヤーが集結したのは当然。しかし、そのMade in Israelの特徴は、とにかく超歩留り重視、いわゆる場面が小さい、ということなんですね。例えば1crtのラウンドがあると、その直径は6mmを切ることも珍しくなくてね、さすがに6mm切れとなるとsize gaugeで測らなくてもパッと見で分かるくらいに小さな場面で、ルーペ使って更に見るなんて気には到底ならないし、見る1カラットがほとんど6mm切れか6mm近辺というボックスやパーセル(包み)も珍しくなくて、そんな中から、6.4mm以上とは言わないけど何とか使えそうな場面の物を見つけるのはホント忍耐でございましたよ。

                   

                  1crtでさえそのような商品なんだから、0.3crt0.5crtBridalアイテムも当然同じ状況。A社はそんな商品は絶対にやらないようにしていたけども、日本の一部悪徳輸入屋は結構な量を取り扱って、小売店や消費者を“だまくらかして”いたのが容易に想像できる、、そのために発展、進化したのが当時のGIA基準にはなかった日本の鑑定屋独自のCut総合評価でありますね。

                   

                  ちなみに、H&Q ,3EXなんていうUKI世代から上の者には空前絶後とも言えるCutグレードも、平成の初期に大いに改良が加えられたのですよ〜・・・・

                  他に先駆けて中央宝石研究所がやり始めたのだけども、

                  当初はシンプルなExcellentさえもなくてね、Very Goodが一番上だったですな。Very Goodの上にExcellentが登場したのは昭和の終わりか平成の最初か、微妙なところ。

                  ですから、3EXH&Qなんてもっと後のことになります。それらが登場した頃にウッキーは既にドップリと“色の道”に浸っておりまして、そのような訳分からん物の買い付けで悩まずに済みました。

                   

                  イスラエルのダイヤモンド産業が順風満帆だったかというと、そうではなく、皆さんご存知の湾岸危機から湾岸戦争で、数か月間の“開店休業”という事態も、、・・・

                  あの当時のことは良く覚えております、海外で見るCNNのニュースが映画を見るようでありましたからね。

                  湾岸危機が起こるやいなや、A社の社員はイスラエル出張を全面的に取りやめ、他の3市場、AntwerpMumbaiNew Yorkへの依存度を高めました。他のダイヤモンド輸入屋はもう少し後までTel Avivに行っていたようだけど、12月になると『(多国籍軍の攻撃が)もう始まる』『イラクがイスラエルを攻撃する』というような状況になりましたから、この時点でイスラエルに行こうなんていうアホなバイヤーは皆無になり、それから恐らく5月ごろまではTel Aviv市場は閑散としていたのではないのかな。

                   

                  湾岸戦争が始まった日、ウッキーはMumbaiで買い付けしてましてね、インド人はもう大興奮でしたね。買い付けしていた事務所のマネージャー氏が、多国籍軍の空爆がどんな風に行われたのかCNNで見たいと言い出して、UKI氏が滞在していたホテルの部屋まで見に来たりで。UKI氏は、これ幸いとばかりにCNNのニュースの内容を簡単な英語に“変換”してもらった〜、ちょっと情けないけどね。CNNのニュースの中でちょっとショックだったのは、米軍攻撃機のパイロットが帰還して直ぐにインタビューに応じて、『これからまた出撃する』と、緊張するでもなく力むのでもなく不安がるのでもなく、淡々と述べていたこと。これを聞いて思わず『えっ!』と声を挙げてしまいましたよ。

                  そう言えば、

                  このMumbai入り直前にAntwerpで買い付けしていたのですけども、取引先の事務所で仕事しているUKI氏のところにイスラエル人が売り込みに来たのですね、イスラエルでは商売にならないからって商品持ってAntwerpにやってきた訳です。彼が持っていた物の中でウッキーが目に留めたボックスは、約100個の1crtの変形物、PS MQ OV PR等々、ウッキーが得意としたGHIカラーあたりのI1クラス、先方の言い値は$800/crtだったかな、合計で約1,000万円の商売。それを預かって、2日間かけて、ああでもない、こうでもないと、買おうか、やめようなと思案して、『よし、行ったれ!』と、$600から値段交渉を始めて、結局、$675でマザール(商談成立)いたしました。

                  衝撃的だったのはそのマザールの直後、

                  取引相手の男は、UKI氏と握手しながら言ったんです、

                   

                  『これから(対イラク戦に備えての)兵役だ』、

                   

                  『生きて帰ってこれたら再び会おう』と。

                   

                  イスラエルは国民皆兵制、有事には多くの者が徴兵される。

                   

                  その顔は笑っていたけど、こういうことは現代日本では経験できまへん、、

                  ウッキーは、気の利いた言葉一つ言えず、

                  出征兵士を送り出すのはかくの如きかと、彼の『Good bye』が胸にズンと重く響いたものでした。

                   

                  幸いにして、イスラエルは、イラクから大量のスカッド・ミサイルを撃ち込まれながらも、アメリカの強い要請によって反撃を自粛しましたから、兵役に行った彼も無事であったことと思われます。

                   

                  しかし、どういう訳か彼とは未だ“感動の再会”とはなっておりません。

                   

                  湾岸戦争後にイスラエルのダイヤモンド市場が活気を取り戻すまでそんなに時間は掛かってなかったような気がします。流石にユダヤ人たちの総合力、というところでありましょうね。

                   

                  むしろ、湾岸戦争の“戦前と戦後”で大きく変わってしまったのが日本の方。そうですね、バブル経済の崩壊。買い付けも、関西で言うところの“吝い(しわい)”ものとなり、大量買い付け&大量販売の時代は終わりを告げ、全てのダイヤモンド輸入屋は量から質への転換を図らねばならぬ時がやってきたのです。

                   

                  そんな環境の中で、UKI氏がカラーダイヤに視線を動かしたのは当然の成り行きだったのかもしれませんね〜

                  、、とは言いながら、

                  湾岸戦争後、1993年や1994年に買い付けた4個のピンクダイヤは、結局ひとつも自分で売ることが出来なかった・・・情けなーーーい。

                  たったの4つですからね、全部しっかりと覚えておりますよ〜

                  0.3crt Light Pink SI1 ラウンド

                  0.5crt Light Pink VS2 ラウンド

                  0.3crt Fancy Pink SI1 オーバル

                  2.0crts Very Light Pink VS1 ラウンド

                   

                  2crtsのラウンドは、CutExcellentが出ました〜・・売れなかったら意味ない!

                   

                  当時は、無色の物のカラーを見るように、ダイヤをひっくり返して、パビリオン側の色を見ておりましたから、正確に判断できなかったのでした〜ど素人。

                  でも、そのようにして見て、Light Pinkなどの淡い色味は綺麗だったなあ〜きっとひときわ生地が素晴らしい南アものだったに違いない。

                   

                  0.3crt Fancy Pinkは、AntwerpArgyle Officeで買いました。

                  $12,000/crtくらいだった。相場を全く知らなかったから、お勉強のつもりで。

                  多分それは今ならFancy Intense Pinkで間違いのないところ、非常に美しい薄紅だった。

                   

                  上記の物に反響がなかったものだから、23年はカラーダイヤを“封印”していたのですけどね、ある日、運命的な出会いが!

                   

                     ― 続く ―

                   

                   

                   

                  | ukitama | - | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  Review of 平成
                  0

                    早や4月なかば、

                    大阪の桜もほぼ終わりかけ、“なごり雪”ならぬ“なごり桜”?!

                    正直なところ、あまり綺麗とは言えないけれど、

                    まだわずかに残っている花びらが枝から離れて、ふわりふわりと漂うのを見るのは、胸が少しキュンと鳴りますね。桜のすぐそばではなくて、10メートル以上の距離があるのに、それが朝陽に輝いてハッキリと視認できる、、桜の木の下で見ているよりもFantastic、今朝のちょっと意外な発見です。

                     

                    平成も最終盤ですね。

                    今年の51日から新元号、ということが決められた時には、元旦からではなく新年度と同時に41日から始まるのでもない、ということに何かちょっとした“心理的抵抗”があったものですが、直前になってみますと、桜とともに平成が終わり、初夏の萌える新緑とともに新元号が始まる・・・これはホント‘絶妙感’ですね〜・・特に計算されていた訳でもないでしょうけど。

                     

                    『平成最後』という表現には、「もういい加減にしてくれ」と言いたくなっておりますけども、テレビや新聞では相変わらずの『平成特集』ですな、、、

                    ・・・というところで?!?

                     

                    なんやねん、ウッキー、お前もか!

                    と言われることを覚悟の上で、

                    平成ReviewUKI版〜・・

                     

                     

                    ・・・・ウッキーが昭和の終焉と平成の最初の日を迎えたのは、千葉・幕張のマンションでした。当時は商社勤務のサラリーマン。大阪本社から転勤して約1年半。幕張から東京・丸の内、皇居が直ぐ目の前に見える東京海上ビル5階のオフィッスに通勤しておりました。しかしながら、社内のゴタゴタと言いますか、ウッキーが所属していたダイヤモンド輸入卸のセクションは、前年の1988年から大揺れ。問題山積で、12月中旬からほとんど仕事らしい仕事をしていなかった・・・・

                    結局この騒動は、ダイヤモンド輸入卸のセクションの長が、ウッキーたち部下のほとんどの者を引き連れて退職、新会社を設立、というクーデターめいたものに発展したのでした、、

                    皆、若かったねぇ〜ホント、今から考えると『ようやるわ』という感じ。若さと景気の良さ、それだけだったね、追い風は。

                     

                    とは言っても、商社の方も、『はい、そうですか、サイナラ』とはなりまへん、当たり前のことです。

                    すったもんだして、ようやくウッキーたちが退職できたのが331日。

                    前年の12月半ばから3か月半、ほとんど仕事してなかった!

                    毎日いったい何して過ごしてたんやろね。ほとんど記憶にございません。給料だけは普通にもらえていた、これは良く覚えております、素晴らしい!

                     

                    ところで、この年は日本国民にとって、平成のスタートとともに、もう一つ大きな出来事がありましたね、

                    消費税のスタート。

                     

                    税率わずか3%のことながら、ダイヤモンドを含む宝石貴金属業界にとっては画期的とも言える“事件”でございました、、

                    ウッキーたちのようにゴタゴタなく全く普通に商売やってた業界の卸売の連中は皆この時期に、とんでもなく大儲けしたのでした〜

                    なんでや??

                    それまで、1989年の331日まで、消費税導入前は、ルースだろうが何だろうが宝飾品全てに“物品税”というものがあってね、これが税率15%で内税。消費者には税金額も税別売価も全く表示されてなくて、業者間取引においては適用されてなかったものだから、かなり脱税が多かったという欠陥税制。

                    ということで、

                    聞いた話だけですけども、

                    消費税導入直前の業者間の“駆け込み売買”の凄まじかったこと・・・

                    そりゃそうだろう、41日からは全ての商いに3%であるし、小売店にとってみれば15%⇒3%なんだから3月末日までは“ひたすら仕入れ”。

                    ウッキーたちの新会社は全く蚊帳の外、儲け損ないました。

                    もう少し早いめに動いていたらね、ホント残念ですな。

                     

                    消費税とともに!

                    平成元年41日からウッキーたちは新会社(A社といたしましょう、実際に頭文字がAだったから。過去形〜)、ダイヤモンド輸入卸専門企業の社員となりました。ベンチャー企業と言えば少し違うのかもしれないけども、商社のダイヤモンド輸入卸部門を退職した“バイヤー集団”、ひとりひとりがダイヤモンドに関する特殊技能者、業界でも特異な存在でありましたね。A社の社長は商社時代の上司だけど、“金主”を見つけてきたから社長になったというだけで、ウッキーたち社員は、実際のところは自分たちが会社を動かしているという実感がありました。社員それぞれが独自の路線、各自好みのアイテムで、自身で開拓した市場、めいめいの卸売先を持って仕事していたという訳で。

                     

                    当時のウッキーは、何を、どんなアイテムをやっていたのか?

                     

                    今から考えるとホント不思議なことに、カラーダイヤ以外全部!

                    全く皮肉なものですな、若かりし頃のUKI氏は“オールラウンダー”を誇っておりましたのに、カラーダイヤだけは知らなかった〜

                    今は、カラーダイヤだけしか知らない!

                     

                    当時、オールラウンダーとは言え、やはり得意アイテムと不得意アイテムは厳然?!として存在いたします。

                    自慢やないけども、Bridalアイテムは苦手でございました。

                    VVS1と思って買ってきたのがソーティングに出したらVVS2となり、VVS2のつもりがVS1になり〜ということが少なからずあってね、極小のインクルージョンを見落としているのですな、『こんなアイテムは好かん、向かん!』と、そのうちに自粛。

                    一方で、得意アイテムは、0.3crtから3crtsあたりまでの無色系のインクルージョンの比較的多い物。グレードで言いますと、GHIカラーのSI2, I1というレンジ。

                    何故にこのアイテムがUKI氏の“得意種目”となったのか?

                    自分でも良く分かってなくて、この文章を書くにあたってずっと考えておりましたら、カラーダイヤとの類似性があることに気が付きました。

                    それは何ぞや?

                    人によって評価が極端に別れるアイテムであるということ。

                     

                    Fancy Intense PinkFancy Pinkを見ても特に綺麗とは思わないと言う人もいるし、Fancy Pinkの色自体が分からないと言う人も珍しくはありません。

                     

                    また、テリの良い1crtのラウンドのGカラーのI1を見て、少しインクルージョンが見えるけど、大きいし迫力満点、価格を考えると非常に魅力的、と思う人もいれば、そんなキズが見えるダイヤなんて安くても絶対にイヤ!と言う人もいますね。

                     

                    Bridalアイテムを見て、『こんなの嫌い、綺麗じゃない!』と言う人は皆無。選択の基準は、高いか安いか。大きくてハイグレードで高くても良いのか、あるいは適度なところで大きさもそこそこが好みか、なんてことしかない。必然的に、輸入卸売価格はほぼ決まってくる。買い付けの結果の優劣は、グレードを正確に判断できるか否か、それだけのこと。だったら、極端な話、鑑定屋のグレーダー、AGTでも中央宝石研究所でもいいから、そこの信頼置けるグレーダーを買い付けに連れて行って判断させれば良いだけ、となる〜

                     

                    カラーダイヤが、ストレートで素直な色やグレードばかりではないのと同様に、

                    UKI氏が得意としたアイテムは、誠に千差万別。同じSI2I1であっても、インクルージョンの位置によって、インクルージョンの種類によって見え方が凄く変わってくるのですね、だから全く同じグレードであっても価格は何割も違ってくることがよくある、これが楽しい、そして、『これで生きてこそトッププロ』と感じたのではないのかなと。

                     

                       ― 続く ―

                     

                     

                     

                    | ukitama | - | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    大阪ダブル選
                    0

                      大阪の知事選、市長選も無事に終わり、ウッキーの期待通りに維新の2候補が自民系候補を圧倒。

                      デメタシデメタシ!

                      昨夜から大阪のニュースはこればかりという感じですな。

                       

                      このページで何度も述べてきたように、ウッキーは国政では自民党支持なのに、選挙で自民党候補の名前を書いたことがない!

                      何でや?

                      大阪の自民党はアホばかりやから。

                      今回も、“反維新”ということだけで、国政で連立を組む公明党だけではなく、日ごろ相当にやり合っている立民の他、共産党まで輪の中に引きいれての選挙戦でしたな。こんなことを平気でやってるのが大阪自民。だから、自民党支持者の過半数が維新に投票する。

                      こんなことも分からないからアホと言われる。

                      しかしねぇ〜、前回、4年前に全く同じことをやっているのですよ。前回、惨敗した柳本がまた出馬して、前回と同じことを言っている。柳本は、この夏の参院選挙が本命レース、大阪市長選は“練習試合”のようなもの、「あわよくば」と思っての選挙戦。こんな奴を真面目に応援する方もどうかしていると思うけども、真剣に考えて柳本に投票した人には本当に失礼なことですな、ホンマにアホな話でございます。

                       

                      大阪府知事選、大阪市長選ともに、争点は『大阪都構想』。

                      維新が住民投票までやって都構想を推し進めようとしていることに、大阪府議会と大阪市議会の他の会派は全部反対に回っております。

                      これまた何でや??

                       

                      橋下徹が府知事になって維新を“創業”するまでの大阪は、自民と公明が他の会派を誘って好き勝手にやり放題。くだらんところに税金の垂れ流し、無駄使い。最たるものは公務員給与ですな。大阪府市の職員の給料は、UKI世代が20代の頃から『高額』で有名でございました、特に大阪市は凄かったね〜大学生の憧れの職場だった。なんせ、大阪市交通局のバスの運転手の給料は、南海や近鉄など私鉄系のバスの運転手の平均年収が400万円とかって言われていた時代に既に700万円だったとか。そしてそれは、橋下が大阪市長に就任する直前には、な、な、なんと、55歳で1,300万円!!

                      バスの運転手は立派な職業、中小企業の経営者ほどの年収があったって不思議じゃない。しかし、相場があるだろうってね。ウッキーの息子の同級生の父親が大阪市交通局のバスの運転手だったそうだけど、橋下が大阪市長になって間もなく、そんな馬鹿な給与体系を改めることになって、さっさと希望退職に応じて楽隠居の生活を送るようになったのだとか。

                      こんなことは氷山の一角。聞いて唖然とする話は山ほどありますな。市の交通局の一運転手がそのような厚遇だったのだから、市議会議員や市の幹部職員なんてどんなに手厚く“保護”されていたのか、容易に想像つくというもの。

                       

                      今回、自民党の大阪知事候補となった小西は、橋下のもとで副知事をやった男。なのに、あえて反維新で知事選挙に挑んだのは、かつて小西が、府市職員の給与を下げることに関して橋下に猛反発していたことを“抵抗勢力”が良く知っていて‘好感’を抱いていたことに他なりませんな。

                       

                      行政に何故お金が掛かるか?

                      それは細かいところまで行き届く住民サービスを目指すからではなくて、不要な公務員にまで高給を支払っているから。維新の大阪市政になって、地下鉄のトイレなど街が劇的に綺麗になっているし、幼い子供を持つ母親たちが、『(議員や職員に支払っていた高額給料が減じられて)こちらに回って来て、生活に少しゆとりができてきた』と言っている。

                      “大阪都構想”というのは、ウッキーも良く分かってないけども、本質的には上記のようなことの延長であるに違いありませんな、二重行政を無くすだけでまた職員の数も減らせる・・・小さな行政府へ。

                       

                      本来これ(大阪都構想)はね、自民党がやるべきことなんですよ。

                      それを大阪自民党は長年“既得権”の上にあぐらをかいて、自分たちも甘い汁を吸ってきたのがやめられない。

                      だからアホと言われて負ける。

                      当たり前のことです。

                      リベラルで生きようとする立民や、(ウッキーは決して合法とは認めないけども)共産党などの“左巻き”連中は元来が“組合選挙”、公務員が余剰だろうが全く意に介さないと言うか、彼らの力を借りて選挙しようとしているところが大きいですから、二重行政大歓迎、大阪府も大阪市ももっともっと組合員?職員を増やすべきと考えている。

                      そんな“本来のアホ”に対して大きな声で『NO』と言わねばならなかったはずの自民党なのに、大阪自民や自民の候補はアホなリベラルや左巻きの陣営で良い気になって先頭立ってアホやっている、だから大阪自民党は許せない。

                      今回、UKI的な考えの大阪府民市民が多かったことは本当に嬉しいこと。

                       

                      しかしですな、

                      これだけハッキリと優劣の決着がついて、自民系候補の敗因も明明白白になっているというのにも関わらず、未だにマスコミのほぼ全社もまた“反維新”なんですな。

                      これは如何なものでありましょう、彼らの良識を疑う。

                      日頃、『民意、民意』と念仏のように唱えているのにね、

                      自分たちの気に喰わない結果には『民意』の適用はないらしい。

                      だからキミたちもアホと言われる。

                       

                      先週、業界の古くからの知人と大阪の法善寺横丁のあたりで呑んだのですけども、法善寺と水かけ不動の付近だけは非常に静かで人も少ないですね、その界隈だけちょっと異質な感じ。しかし、ほんのわずかな距離を歩いて路地を抜けただけでまた強烈な喧騒、、、人波と言うような言葉ではとても表現できない混雑、いえ、混乱!? まあホントにとんでもない人口密度ですな。周囲から聞こえてくる言語はほとんどが理解不能。New Yorkが人種の坩堝(るつぼ)なら、大阪・道頓堀はアジア人の寄せ鍋?! もうアジアの全部の国からこのエリアに来ているに違いないと確信できるほど。欧米人も多くなりましたね、東京ほどではないけど、英語もよく耳に飛び込んでくる。日本人はいるのか?!?ひょっとしたら、お店の従業員を除いたら我々だけちゃうの?なんて言っていたらいきなり近くから『なんでやね〜ん!』なんて聞こえてきてホッとしたり〜

                      十数年前までのこの界隈は、なにやら怪しげな連中がたむろしていることも多かったし、季節が良ければ修学旅行の中高生たちが“たこ焼”食っているだけの場所だったのに、隔世の観があります。

                       

                      これほどまでに大阪がアジア人たちの熱狂的なまでの支持を受けるようになった原因はやはりその“食文化”、そしてそれを外国人に“衛生的で安全”と感じさせられることの出来る街の‘清潔さ’でありましょう。いわゆる“粉もん”、たこ焼、お好み焼き、焼きそばから始まって、いったい何種類のメニューを食することが出来るのか。ウッキーたち大阪人であっても、海外に大阪のような“綺麗な食の街”があるのなら絶対に行ってみたい。

                       

                      今月になって、日没がまた一段と遅くなった気がしますね。道頓堀川の橋の上から西の方を見ますと、6時半ごろだったかな、川の水路がほぼ真西に向いているものですから、誠に綺麗な夕焼けが見られて、それはもうFantastic

                      春宵一刻値千金という言葉がピッタリ、

                      そんな言葉を知らないであろう外国人たちにも絶好のインスタ映えスポット〜

                      あまり気付かなかったけど、大阪って“夕陽が似合う街”なのかもしれませんな・・・,

                      とにかく、何でも色濃い、淡さとは無縁、受けたらドーンという感じ、

                      色々含めて、

                      Fancy Deep Orangy Pinkが大阪のイメージ!?

                       

                       

                       

                       

                      | ukitama | - | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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