Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
蝶のように舞い
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    冬季五輪、

    この週末、日本にとってついに最高潮を迎えましたね。

    ご覧になった方も多かったと思います、、

    スケートの二人、羽生くんと小平さん、

    言葉では言い尽くせぬほどの感動でした。

    羽生くんの演技では、ジャンプを決める度にテレビの前でコブシを握って『よおッーし!』と叫んでいる人も多かったことでありましょう。陰陽師、安倍清明をモチーフにした衣裳と音楽がまたいっそう演技に妙味を加えて、完璧ではなかったけど、それはもう格調高く、いわゆる“高得点を出しやすい”雰囲気でがっちりと固め、羽生くんの演技終了と同時にもう連覇は間違いないと確信いたしましたね。銀メダルの宇野くんも凄い。彼の良さは、動じないと言うか、常に平然としている、変に気合が入り過ぎない鷹揚としたところ。彼が最後の演技者で、2番という結果が出たのですからその時点で“銀”なのに、信じられないという顔で宇野くんの首に抱きついたまま宇野くんの背後に顔を隠して大泣きのコーチなど全く他人事のように『まあこんなもんかな』という顔つき、ホント彼のインタビューの言葉ではないけども、『笑えて』きましたね。

     

    小平さんの方は、もうとにかく強いという凄みを感じさせるばかり。全く敵なしの貫録V

    そして、彼女の素晴らしいところは、金メダルが確定した後に、銀となった韓国のイ・サンファ選手に歩み寄って?滑り寄って、涙をあふれさせるサンファさんを何度も抱き寄せて言葉を掛けていたところ。今朝もネットのニュースでいくつか見ましたが、これはホント良い絵でございましたね、姉が妹を思うような慈愛にあふれる姿。韓国でも、『小平さんのような姉がいたらなあ』という声がいくつも聞かれたとか。聞くところによりますと、彼女たちはもう10年来の親友なんだそうで、まあ自然な振る舞いのうちということに違いないのでありましょうが、それでも五輪の真剣勝負の直後ですからね、小平さんの“動”から“静”への見事なまでの切り替えと心配りは金メダル同様に称賛されて然るべきでありましょう。

     

    ところで、

    その感動のシーンの後ですけども、小平さんのインタビューで、とんでもないことを言うてたアナウンサーがおりましたね。

    『獣(けもの)のような滑り』?!

     

    あのなあ、獣ってね、

    キミの言いたかったことは良く分かる、しかし、

    『獣』って、なんやねん!

    『獣』というのは、マイナスイメージ100%の言葉でっせ。これをインタビューに用いるというのは、日頃ほとんどまともな文章を読んでない書いてないということですし、単に下らぬ言葉を日々垂れ流しているという証拠でありますね。

    大事な“金メダルインタビュー”というのに、ちょっとくらい気の利いた言葉を用意して臨めよ、と言いたい。

    全くアホ丸出しでんな。

     

    比喩表現というのは確かに難しいと思います。

    ウッキーもよく使ってたくさん失敗していると思います。

    比喩は、“はまれば”効果は絶大で楽しい、けれども、はまらなければ単なる自己満足、

    あるいは、今回のアホアナのように大恥かいて、知性まで疑われることになる。

     

    スポーツの世界で一番有名な比喩表現と言いますと、

    やっぱりこれかなと・・・

    Float like a butterfly, sting like a bee.

    『蝶のように舞い、ハチのように刺す』

     

    ウキ世代のオッサンどもは皆知っているはずですね、

    プロボクシングの元ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリのこと。

    しかし、この“出典”は、いつ、誰? ということを全く考えてみたこともなくて、先ほど検索してみました、、

    1964年、アリのトレーナー氏が、アリがタイトルマッチで勝って新王者となった際、記念すべき時に言ったのだとか・・・

    50年以上経ってもまだ新しいという気がする白眉の比喩表現です。

     

    今回の小平さんをどう比喩すべきだったのか・・・

    獣は論外ですが、ネコ科の野獣の俊敏なスタートダッシュというのは確かにある、、

    Panther(黒豹)と言うのはどうでありましょう。

    そして、彼女の後半の滑り、羽ばたくように軽快。水面すれすれに飛行して獲物を狙う“翡翠(かわせみ)”という感じ?!

     

    “氷上にPantherが跳躍した後、翡翠のように羽ばたいた”

    ・・・とでもアナウンサーが言ったらね、歴史に残る名言となったに違いないですな〜

     

    さて、肝心のカラーダイヤの比喩表現、

    なかなか冴えた言葉が思いつきません。

    2006年のトリノ五輪で荒川静香さんが金メダルを取った時、

    『燃えるように凍っている』

    というようなことをFancy Vivid Blueとともに言いましたが、まだまだこれも使えそう〜・・しかし、Fancy Vivid Blueが存在しない!

     

    今お気に入りのFancy Intense Greenish Blue

    この高貴な煌き、

    氷上の貴公子、羽生くんと重なりませんか。

     

    このように優れた青を見た時、

    何を感じますか?

    単に美しい色彩、

    それとも触感、

    温度、自然現象、風景、人の姿、

    歓声、恋情?

     

    ウッキーは、歓喜が一番自分の感覚に近いという気がしております。

    喜びが体の中に沁み通ってくるようなブルー、

    南太平洋の青い海の水を浴びるような感じが全身の隅々に伝わってくる感覚、、、

    を味わっている気分〜

     

    美しい、感動的、

    それだけで済ますのも全く自然なこと。

    しかし、ほんの少しだけでも、自分の言葉で飾ったら、

    オリンピックもカラーダイヤももっと感動できるという気がしますね。

     

     

    | ukitama | - | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    嗚呼〜Argyle
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      春は名のみの〜・・・とは言え、

      太陽の強さと角度は着実に“近き春”を感じさせますね。

      春一番が待ち遠しいです。

       

      立春から「雨水」そして、「啓蟄」という時期は本当に季節が駆け足で過ぎ去ってゆくと言いますか、寒い寒いと言っているうちに、いつのまにやら三月も半ば〜なんてことがよくあります。

      そして、カラーダイヤの色味と光沢も非常に移ろいやすく、

      昨日までの鈍い色味が、一体どうした?!と思うほど艶やかになってみたり、

      また逆に、あれほど高彩度に見えた色香が、今日は“うつりにけりな いたづらに〜”なんてことも珍しくはありません。

      これがカラーダイヤの醍醐味、

      一期一会、

      早春は、いつもにも増して、出逢いを大事にしたいですね。

       

      さて、ますます数が少なくなって、出逢いの機会が減っている、、

      と言えば、Argyle Pink

      このところ、Argyleの鑑定書付き、刻印入りという商品があまりありません。

      当店では、0.1crt前後のラウンド、9PPやらPC1NPといった物を出品しておりますけども、0.2crt超の高彩度、色濃い物は皆無。一体どこに行ってしまったのだろうと疑問に感じております。

      ホントどこにあるのでしょう?!?

      Mysteriousな存在にまでなってしまった観のあるArgyle Pink

      この行くすへ、終焉、終章はもうやはりそこまで来ているのでしょうか、、、、

       

      初めてArgyle Pinkと出会ったのは1995年か96年か、ハッキリいたしませんが、場所はAntwerpでございました。当時はまだAntwerpArgyleのオッフィスがあってね、商品はふんだんでもないけど、まあそこそこ見られる量があって、それは良い時代でした。

      Argyle Antwerp事務所に出向いて商品を見たのは1度きり、あとはArgyleのお抱えのブローカーから買っておりました。新しい商品が本国、オーストラリアから到着したばかりの時に運よくウッキーの出張が重なった折りは、それはもう『ウハウハもの』、値段交渉なんぞ全く不要なほどで、それらの“新品”を全部言い値でいただいても大阪に帰って即完売というような状態でございました〜・・・・・

      Argyleの絶頂期は多分、2001年頃だったのではないかと思います。翌々年の2003年には、かなり翳りが見えてきまして、翌2004年にはもうArgyleAntwerp支店では見るべき物はあまりなく、それからほどなくしてAntwerp支店は閉められたのではないかと思います。

       

      かつて、その勃興期においては、Argyleの豪州本社から日本へスタッフを派遣して、大阪の老舗宝飾卸商のところで働かせて日本市場にArgyle Pinkの売り込みを図った時期もあったというのに、、恐らく1985年以降のことかと思われますが、いつのまにやらPinkダイヤは“超売り手市場”となりまして、

      Argyleはついに、De Beersのようなサイト・ホールダー方式をとるようになったのでした。要するに、世界中に数十から百の指定業者を決めて、それらに対してのみ販売するというもの。これが2005年頃から2010年頃のこと。

       

      しかし、それでもますます逼迫する需給バランス、

      需要に供給が追い付かない、と言うよりは、全く物が足りない、

      という状態。

       

      この数年の間には、秋のTender開催さえも危ぶまれる状況であった年も。

       

      この何年間は、Hong Kongあたりに業者を集めて、Argyle Pinkの入札会(競売会)が開催されているというようなことも聞きます。要するに、もうノーマルな販売には耐えられないほどの産出量なんですな。

       

      ですから、Argyleの鑑定書付き、刻印入りの商品で、0.15crt超の高彩度の物は巷には出回らないという構造が出来上がってしまったということです・・・

      『持った者がしばらく握り続ける』

      ということに他なりません。

       

      ところで、我々が日ごろ見ているPinkはどこから来たのか?

      Purplishが強い物はロシア産ですし、極淡の色味の南ア産もあることでしょう。

      それ以外は恐らく、Argyle産。

      要するに、Argyleが原石のまま輸出した商品がCut & Polishされて出回ってきたということです。

      どうして、それらをArgyleは自社で研磨して“鑑定書付き、刻印入り”にしないのか? 

      その方が圧倒的に高く売れることは小学生でも分かりますね。

       

      現在、出回っている(Argyle産と思われる)色濃いPinkダイヤは、かなり以前に輸出された原石。

       

      ダイヤモンド鉱山の寿命は約30年というのが常識です。

      Argyleが本格稼働し始めたのが1985年頃と考えますと、

      2015年にはもう枯渇してもおかしくはなかったのです。

      そのことを頭に入れて、かなり早い時点からArgyle産の原石を集めて熟成してきた業者がいくつもあったと考えられますね。

      それを現在、少しずづ研磨して市場に出している。

      羨ましい限り〜

      ウッキーも、20年近く前に、ArgyleAntwerp支店の商品をドカッと買って熟成させておけば良かった〜〜・・・後の祭り・・

       

      ・・・・・ということで?!

      まだ市場にはArgyle の原石から磨られたであろうPinkダイヤが出て来る余力はあると思っておりますが、

      それがいつまで続くのか、全く予断は許しませんし、

      価格が下がることは絶対に有り得ません。

       

      そして、Intense Vividというような物は気が付いた時には影も形もなかった・・

      というようなことが起こるに違いありません。

      またそんな〜と言う声が聞こえてきそうですが、

      Fancy Vivid (Purplish) Pink0.2crt以上の物を全く見かけなくなりました。去年、何個見た? 2個? 3個? その程度です。

      今年に入って皆無!!

       

      0.2crt超のVividはもうかなり望み薄。

      購入を考えようか、というような悠長な時は過ぎております、必死で探し求める“高嶺の花”になりました。

       

      この状態はそのうち、0.1crt超の物にもやってくるに違いありません。

       

       

      もう何度も申し上げております。

      いつであっても遅いということはありません、価格は上がり続けますから。

      しかし、ですから、決断は早い方が良いに決まっております。

       

       

       

       

       

      | ukitama | - | 16:42 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      五輪の旗の下に
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        ♪春は名のみの風の寒さや〜

         

        ♪春よ〜遠き春よ、まぶた閉じればそこに〜

         

        ともし火の花に春まつ庵かな 

        ―鬼貫(16611738)―

         

        もうそこまで、と思っていたのに、なかなかですね、

        まだ遠いと感じる春。

        今朝はこの界隈でも積雪があって、日本海側のとんでもない積雪をテレビで見ておりますから、こんなのは積雪には入らないという気もいたしますが、

        大阪人は積雪には全く不慣れでございますから、いつも聞こえてくるはずの車やバイクの音がほぼ皆無。

        人づてに聞き及んだところによりますと、UKI邸からほんの1キロほどのところで、凍結によるスリップで車が変な向きに停止して動かなくなって渋滞が発生したとか、、スロープを上がれなくて坂の途中で立ち往生する車が数台とか、また、街路樹に車をぶつけてナンバープレートが外れていたとか、まあ、今朝は結構にぎやかなことであったと・・・

        単にアホ〜と片づけるのは可哀そうですが、蛮勇と言いますか、常に“向う見ず”な勇気を持った人は少なからずいるようですな。

         

        さて、ピョンヤン五輪、いや違った、ピョンチャン五輪〜わざとらしい、、、

        皆さんenjoyされてますか?

        時差がないはずなのに、なんでこんなに眠いめをしないといけないのか?!

        ジャンプ競技なんてね、日付変わってやっと終わりですよ!

        スピードスケートも佳境が訪れるのはかなり遅い時間で、

        幼稚園児よりも“良い子”の生活をしているウッキーなんてホンマしんどいです〜と言うか、Liveで見ている競技は、あまり日本人がメダル争いと関係のないところばかりです。

        ちょっとは“ときめかして”くれ〜・・と言いたい!

        バカみたいな金額払っているアメリカの放送局のせいなんでしょうが、

        ひょっとして、、2年後の東京五輪も同じような目に遭わされる?!

        そんなアホなね。

         

        しかし、五輪の脇で、“南北の対話”がどうのと、またれいによってNHKが“北寄り”の報道しておりますな。

        NHKっていうのは、今世紀初頭においてもまだニュースで『朝鮮民主主義人民共和国は・・・』とやっておりましたからね、、NHKがこれやめたの数年前でしょ。

        韓国の“超親北”大統領が満面の笑みで、‘ツンとすました’北の首領様の妹と並んで写真撮影しているのをまたNHKは何度も何度もニュースで流してね、『大きな動き』なんて、嬉々としてやっている、、

        この南北首脳級会談で拉致問題解決できるのか? 

        北の核開発がストップするのか? 

        全く“否”でございますね。

         

        『大きな動き』と喜ぶべきは北朝鮮だけでしょ、これでまた大いに核開発やミサイル開発に時間稼ぎできるからね。

        日本にとっては、また新たな『大きな懸念』でしかない!

        全くもう、あっちもこっちも“親北”のアホばかりでんな。

        NHKの夜の7時のニュースの女性アナと‘ツンとすました北のねえさん’の姿が、どうも微妙に重なって仕方がない。

        見る度にホンマ不快!

         

        ところで、

        その大枚払ったアメリカのNBCとやらの実況アナが、ピョンチャン五輪の開会式の中継中に喋ったことが、あとで韓国から抗議されて謝罪したのだとか・・・

        何を?

        『日本は1910年から1945年まで韓国を支配した国だが、全ての韓国人にとって発展過程で日本が文化や技術、経済的に重要なモデルになった

         

        な、何がアカンの?!?

        〇〇をしてやった、なんて言いません、しかしね、事実は事実と認めるべきでしょう。19世紀の終わり頃、アジア各国を旅した欧米人が言うておりました、

        『ソウルは世界で最も不衛生な都市』・・・

        日本の領土となった1910年には、朝鮮半島全体で100あまりしかなかった学校が1945年には5,000を超えていたのですよ、、

        北の資源の多いところには工業地帯を作り、南には商業施設を作り、

        鉄道、道路、病院、、さまざまなインフラを整え、日本が朝鮮半島において35年間に注いだお金は現在の30兆円以上にもなるとか・・・

         

        これが『重要なモデルになった』とは・・・、あまりにも控えめ過ぎる発言だと思うのですけどね。

         

        このところまた、国内の“左巻き”反日運動家どもが、歴史教科書を自分たちの活動に添ったものとして書き換えるような動きをしているとか〜―――

         

        坂本竜馬や高杉晋作、吉田松陰といった幕末維新の英傑を削除して、

        彼らが主張するとことの、“日本が対外的に行った(本当は有りもしなかった)”南京事件や慰安婦問題をことさら大きく取り上げるという。

        どうしてこんな奴らが跳梁跋扈できるのか?

        全く訳がわかりませんな。

        とにかく、そのような動きを黙って見過ごすわけにはゆきません、

        美しい日本を汚す様なことを皆で阻止すべきです。

         

        反日で何が見えて来るのか?

        これをやっているのは外国人ではなくて日本人!

         

        いずれにしてもハッキリしていることがありますね。

        反日活動やってる人には日本の美しさは見えません。

        逆に言えば、

        日本の美しさが見えないから、平気で反日活動が出来るのでありましょうね。

        そういう美的感性が皆無の人は国籍が日本であっても日本人とは言いませんな。

         

        そして、そんな人には絶対にカラーダイヤの美しさも見えるはずはない。

         

        本当の日本人であるからこそ、カラーダイヤの美しさが見える・・

         

        ウッキーは信じておりますよ。

         

         

         

        | ukitama | - | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        秘密
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          立春を迎えてから後の、まあ冷えること冷えること、

          半端ではございませんな。

          寒いから“着て着て、もっと着て、更に着て”の、『如月(きさらぎ)』が、‘さもありなん’と感じらるる強烈寒波・・・・でありましたね〜・・・

          週末は雨の予報で、少し春の兆しでしょうか。

           

          なかなか春色との出会いがなくて、小鳥の姿もなく、梅の便りもあまり聞きませんから、こちらから春色を探しにゆかないといけませんね。

          厚いセーターを脱いで、ついでに上着も脱ぎ捨てて、薄手のシャツで、動きやすい格好でまいりましょうか、、

          それはちょっと行き過ぎか?!

           

          その前に、今日もまた、くだらぬお話にお付き合いください・・・

           

          明治四十四年、「中央公論」に発表されたと言いますから、

          もう100年以上も前の作品、

          谷崎潤一郎の「秘密」という短編小説なんですけども、

          皆さんの感覚に非常によくシンクロするのではないかと感じましたので、ご紹介いたしましょう。

           

          「其の頃私は・・・」で始まりますから、谷崎自身の自伝的小説なのかもしれませんね、まあそれは良いとして、、

          「私」は、普通の刺激に飽きてしまった男。

          自分の身の周りを包んでいた賑やかな環境から遠ざかって、隠れ家を探し求めた結果、浅草の真言宗のお寺の庫裡(くり)をひと間借り受けて住むこととなったが、

          夜間、出歩くのに人目にかからぬよう若干の変装をしているうちに、ついに女装癖がついてしまって、やめられなくなった〜・・・

          女装して外出するのは夜間に限っていたし、明治のガス灯の時代、屋内に電灯があっても、現代のような明るさからはほど遠い時、“キショい!”と思われることなく日々楽しんでいるうちに、どんどんエスカレートして、ついに女装のうえに厚化粧で活動写真を劇場に見に出かけ、二階の貴賓席に席を取った。

          はじめは誰も居なかった貴賓席の隣の席がいつのまにやらカップルが腰かけていているのに気が付き、映画の中断の際に電灯が灯された時、そのカップルの女の方をふと見れば、な、なんと、二、三年前に上海へ船旅の途中、ふとしたことから男女の関係になったT女! 水もしたたるというのはこのことかと思うほどの美貌、あの当時はやや小太りに肥えていた女とは思えないほどスッキリと神々しいまでになり、潤みを持った眼(まなこ)が拭うが如くに冴えかえって凛々しいと感じるほどの権威さえ備え、場内の視線を一身に集めている。

           

          再び闇が訪れた時、私は帯の間から半紙と鉛筆を取り出し、

          『・・・今宵、久しぶりに君を見て、再び君を恋し始めた・・・・願わくは、明日の今ごろまた此の席に来てください・・・』というようなことを走り書きし女の袂に投げ込んだ。

          11時過ぎ、映画が終わって観客が総立ちになって帰ろうとする混雑の際、T女が私の耳元で、映画のパンフレットに書かれていた英語を囁いた。

          Arrested at last.

          寺に帰って着物を脱ぎ始めた途端、パラリと小さな紙切れが落ちた。

          彼女の返事・・・

          『・・・あまりの嬉しさに兎角の分別も出でず、仰せに従い明夜必ずお待ちいたします。しかし、少々の都合があり、9時より9時半の間に雷門の前までお出下され。差し向けたるお迎えの車夫(人力車)が貴方を見つけ出して拙宅へご案内いたします・・・』

          とのこと。

          明くる晩はあいにくの大雨ながら、雷門の前に佇んでいると赤い提灯の火が一つ動き出して目の前に止まった。

          『旦那、お乗りなすってください。』

          声が聞こえたかと思った瞬間、いきなり車夫が私の背後に廻って分厚い目隠しを頭の皮がよじれるほどに強く巻き締め上げた。

          慌ただしく車に乗せられると、隣には白粉の香りと温かい体温を感じる。間違いなくT女であろうが、黙って身じろぎもせずに腰掛けている。目隠しが厳格に守られているか監視するための同乗であろう。

          楫(かじ)を上げた車は方向をくらますため、右へまわり左へ廻り、あちらこちらをうろついて、一時間ほどしてようやく停車した。ざらざらした男の手に引かれて家の中に入り、ひとり座敷の中に取り残された。

          間もなく襖の開く音がした。

          女が無言で人魚のように体を崩してすり寄り目隠しを解いた。

          『もう今度こそ私を棄てないでくださいまし』

          T女の語る一言一句が遠い国の歌のしらべのように哀韻を含んで私の胸に響いた。

          「夢の中の女」「秘密の女」、朦朧とした、現実とも幻覚ともつかぬLove Adventureに私は酔って、それから毎晩のように通い続けた。きつく目隠しをされ、女の監視付きで一時間ほど車夫に引き回されるということに耐えながら。

          ふた月もそれが続いた頃、私は、どうも女の居所が案外、雷門の近くではないのかと思い始めた。そしてとうとう、たまらなくなって車中で女にせがんだ。

          『ちょっとでいいから目隠しを取ってくれ』

          執拗に頼むが女は承知しない。しかし、何度も言葉を変えて頼み込むうちについに女が『ほんの少しだけです』と言って目隠しを外した。精美堂と書かれた看板が見えた瞬間、また目を塞がれた。

           

          ほぼ毎夜のように引き回されているうちに、私は自分の感覚が鋭くなるのを感じ、また、チラリと見た看板の周囲の不思議とも言える風景に誘われるように、私はついに、とある昼間、雷門の前から『こちらだ!』と感じる方向へ駈け出したのであった。御徒町の往来を七八町もゆくと、精美堂の看板が見えた。犬が路上の臭いを嗅ぎ取るように見当をつけ私はまた走り出した。

          そして、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私はそれが“その場所”であることを確信した。

          その小路に入って進んでゆくと、二階の欄干から松の葉越しにT女が、じっと見下ろしていた。

           

          二、三日過ぎて私は寺を引き払って田端に移転した。

          私の心は、「秘密」などという淡い快感に満足しなくなって、もっと色彩の濃い、“血だらけ”のような歓楽を求めるように傾いて行った。

           

          ・・・如何お感じになりましたでしょうか、、

          オリジナルはもちろん上記の何倍もの長さですが、文庫で30ページほど、わずかな時間で読めますし、流石に谷崎潤一郎、文学的表現にもかなり感動いたします、是非とも読んでみてください・・・・

           

          人間の感覚、感性と欲望が鮮やかに描写されている文学作品、、

          これでもか、これでもかと思うほど、あきたらぬ快楽への欲求、

          それでいながら、秘密のベールが剥がされてしまった瞬間のあっけないほどの幕切れ、、、

          これらのことは十分、カラーダイヤの“身の上”にも当てはまりそうという気がしております。

           

          カラーダイヤの美しさの理由は、“神秘”なのか、それとも“秘密のベール”に包まれているところなのか、

          それとも、また別の何か?

           

          我々はカラーダイヤの“神秘”を追い求めながらも、

          秘密のベールに隠されたものも愛するべきでありましょう。

           

          神秘の世界と感じるカラーダイヤは、それが神秘であることから“陥落”することはない。

          そう断言できるように感じております。

           

          “秘密のベール”に覆われているということで惹かれる存在ならば、それはきっと秘密のベールが取り払われた時、慕情が一挙に落胆にとって代わるに違いないでありましょう、必ず、“フッ、と醒める”瞬間がやってくる。

           

          しかし、醒めて見て、また再び魅力的に思う時がやってきたら、、

          それはそれで非常に楽しく嬉しい体験であるのは確か。

           

          一度醒めたら最後、もう二度とカラーダイヤの世界に戻って来てくれない人も少なくありませんが、

          長くこのページを読んでいただいている人は、過去に必ず醒めた時間をお持ちになっているはず。一度醒めた物の中にまた魅力を発見できたという素晴らしい感性を持ち、そして現在、人よりも遥かにカラーダイヤとの楽しい時間を過ごしているに違いないですね。

           

          神秘と秘密、

          カラーダイヤの中の深い格調と哀韻、

          もっともっと色彩の濃い歓楽を求めて大いに耽溺することもまた一興?!

           

           

           

           

           

          | ukitama | - | 17:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          New GIA基準
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               うちにほふ ふせごのしたの うづみ火に

                      春の心や まづかかよふらん

                        ― 藤原定家(1162 – 1241)―

             

            平仮名が多くて分かり難いですね。

            恐らく、

               うち匂う 伏せ籠の下の 埋火に

                        春の心や まず通うらん

             

            でありましょうか。

            平安時代には香炉に籠を被せた上に衣(上着か?)を掛けて香の香りを焚き染めたのですね。香炉の中には炭火が埋めてありますから、香りとともに、ほのかに暖かさも感じる。微かな春の気配に心にツンとくるものがある・・・

             

            こういうことで季節を感じられるのは素晴らしいことですね、、

            炭火以外に暖房がなかった頃ならでは。

            厳冬でも20℃以上の部屋の中でぬくぬくと過ごしていては、春の気配を見逃しますね。

             

            さて続きです。

             

            先日、Fancy Deep Orangy Redというカラーグレードの付いたダイヤ画像を見ました。これは恐らく、AGTではFancy Deep Brownish Orangy Pinkなんだろうと思いましたが、

            Fancy Deep Orangy Redというカラーグレードが間違っているとは絶対に言えません。このダイヤの現物を、大阪や東京の繁華街のど真ん中で道行く人に見せて、『どちらが適当なカラーグレードだと思う』、と問えば、『Orangy Red』という回答が過半数を上回ると確信いたします。

             

            現在行われているカラーダイヤのカラーグレーディングは、GIAAGTあたりでは非常に“いびつ”と感じますね。REDを極端なまでに回避しているのがありありと分かりますし、もうやたらにBrown(ish)ばかり、紫系までBrownish Purplish Pinkなんてね、気が変になるようなカラーグレードを量産しております。

             

            まあ要するに、カラーダイヤ、特にPinkダイヤのカラーグレーディングは、それを運用する者の誤った解釈によって変な方向にどんどん行ってしまって既に後戻りも行先変更も不可能な情況になってしまった訳ですな。何か極端な策を講じない限り、ピンクダイヤのイメージが損なわれてしまって、どうしようもなくなると案じます。

             

            そこで、

            カラーグレードの全面改訂がやはり不可欠。

             

            まずRed

            従来のFancy Redの他、

            Fancy Brick Redを加え、Fancy Deep(Dark, Grayish) Brick Redというような表記を可能とする。また、

            Mahoganyという単語を使って、茶色系の物を表記し、

            Fancy Dark Reddish Mahoganyのような感じで使う。

            これらによって、

            現在のFancy Deep Brownish Orangy Pinkや、

            Fancy Dark Pinkish Orangy Brownというような分かり難い表記は解消される。

             

            Pinkに関しては、

            Rose ― (薄紅系)ストレートPink

            Peach ― 桃色Pink

            Coral ― 従来のOrangy

            Apricot ― 従来のBrownish

            という4つを使う。

             

            そして、Purplish Pinkに関しては、

            Spinel ― 紅梅の色味を薄めた色、本来のPurplish Pink

            Mauve ― 若干Purpleが強いめのPink

            として、

            かなり紫味の強い物は

            Orchid ― 赤みの強い紫

            Lilac ― 青みの強い紫

            とする。

             

            彩度、明暗に関しては、

            従来のVivid, Intense, Deep, Dark, Light, Faintに、

            Strong ― 強い発色の

            Bright ― 明るく冴えた

            Pale ― 薄暗い

            Dull ― ぼんやり冴えない

            等を加えることによって、かなりカラーダイヤの色が具体的にイメージできるのではないかと思います。

             

            何度も何度も登場しておりますところの、

            Fancy Deep Brownish Orangy Pinkが上記の表記によって、

            Fancy Strong Brick Redとされることによって、かなり魅力的な色味であることが分かりますし、かなり“くすみ系”の物は、

            Fancy Dull Apricotとなって、不要な誤解を防げるのではないかと思います。

             

            また、超魅力的、非常に華やかなPinkでありながら、Vividにはならないという物も、

            Fancy Bright Roseだとか、Fancy Strong Peachとすれば、画像を見た瞬間に素直に引き込まれることは確実と感じます。

             

            どうですか、皆さん、

            GIAUKI基準カラーダイヤ・カラーグレーディング、

            評価いただければ幸いです。

             

            これが実際に鑑定屋に受け入れられることは非常に難しいとは重々分ってはおりますが、何か問題提起しないとね、そして、皆さんにも同様に問題意識を持っていただきたいと強く感じております。

             

             

             

             

             

             

            | ukitama | - | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            Fancy Brick Red
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              GIA基準、、

              GIA基準とは?

              何度も申し上げておりますが、

              GIAの出しているのとそっくりそのままのグレードを出すことではありません、

              そもそもそんなことは絶対に不可能、

              GIAから支給されたマスターストーン(色見本)があったとしても、

              同じ物、同じ色が二つとないのが天然100%のダイヤモンド、

              そして、見る人間によって感度も違う、目の色も違う、体調が常に同じとは限らない、、等々、ダイヤモンドが天然100%の物であって、それを人間がグレーディングする訳ですから、どんなに一生懸命努めたとしても、

              GIAに近いグレードは出せるかもしれませんが、ほぼ同じということも不可能です。

              GIA基準のグレード」という定義は、

              GIAが作った(と世間に認めさせている)グレードの文言、単語、序列、システムを使って、ダイヤモンドのグレードを表記すること”、

              を言います。

               

              さてそのGIA基準によるところのカラーダイヤのカラーグレーディング、

              前回も申し上げたように、これは非常に優れたシステムであって、

              GIA基準がなければ、カラーダイヤのここまでの興隆はなかったに違いないとウッキーは感じます。しかし、、

              今日に至っては、運用する者、GIA自身はもちろんのこと、日本のほとんどの鑑定屋が使い方を誤っている!

              その最たる例が、何度も申し上げている通り、

              Fancy Deep Brownish Orangy Pink

              というような訳の分からん表記。

               

              こういうのを何とかしないと、もうカラーダイヤの未来はない、と申し上げたのが前回です。

               

              以前、AGT大阪が存在している頃、AGT大阪の責任者に聞いたことがあります、上記のようなカラーグレードが出される理由を。

              回答は、

              GIAからは、全ての色を“引っ張り出せ”と言われている』

              というもの。

              GIAからの指示書か、GIAグレーディング・マニュアルか、何か知らんけども、とにかくそんなことが書いてあるのでしょう、ただし、オリジナルの表現は英語であるはずで、“引っ張り出せ”とは、誰が訳したのか?!

              これはひょっとしたら誤訳ではないのか、はたまたAGTの“勝手な意訳”ではないのか、という疑念がいつまでも消えません。

               

              何故ならば、

              Fancy Deep Brownish Orangy Pinkとグレーディングされたダイヤは、

              テーブル(真ん中付近)は色濃いPinkで、

              スターファセットにBrownが見えて、

              アッパーガードルファセット付近にはOrangeが瞬いている、、

              っていうようなことは有り得ない訳で、

              そんな物があったら、それこそコレクター諸氏が目の色を変えて獲りあうに違いないですな、、

              色むら、色の偏りももちろんありませんし、

              要するに、彩度の高いPinkではなく、桃色には見えないけども、

              かと言ってベースはBrownではなく、

              色濃く暗い赤系の色で、

              真赤ではない色、

              ということですよね。

              『全ての色を引っ張り出せ』と言われているのなら、どうして“Red”を表記の中に加えないのか??!

              もうこのスタートの時点で大きな矛盾がある、勝手な解釈が始まっている。

               

              Fancy Deep Brownish Orangy PinkAGTが出してきた色は、

              要するに『赤煉瓦色』、

              でありますから、そのまま、“Fancy Brick Red”と表記すれば良い。

              これの方が余ほどスッキリと収まります。

               

              元来、Orangyというカラーグレードの単語はOrangishだったですね、それがいつのまにやら我々に断りもなく“Orangy”となりました、まあそれは構わないけども、これもGIAがオリジナルではありません、このシリーズの最初の方で言及した大阪のダイヤ屋のオッサンとAGT大阪の責任者(先ほど登場したコメントを求めた責任者とは別の人)の合作・・・・

              ダイヤ屋のオッサンが『Brownishと付けられるとどうもイメージが悪くて売り難い。何か他の単語ないかなぁ』とAGT大阪に談判に来て、Orangishが生まれたのです。ですから、本来、Orangy (Orangish)は、Brownishに代わる単語であって、

              Brownish Orangy(Orangish)と併記するものではない!

              印象を比べて見てください、、

              1, Fancy Brownish Pink,

              2, Fancy Brownish Orangy Pink,

              3, Fancy Orangy Pink,

              これら3つを比べてどう思うか?

              23の間には大きなイメージの差がありますが、

              12はさほどでもありませんね。

              Fancy Brownish PinkFancy Brownish Orangy Pinkは、“ほぼ同じ”というのが我々の捉え方、当然と言えば当然なのです。

               

              Argyleもかつては、P, PP、主要二つのグレードに加えてBPというのがありましたが、印象が良くないということでこれをPRに替えましたね。

               

              どうもおかしなことに、GIA基準はどんどんピンクダイヤを“貶める”傾向にある。

               

                    ― もう少しだけ続く ―

               

               

               

              | ukitama | - | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              自然と文化の連結
              0

                淡路島や和歌山の海岸沿いの丘では、一面の水仙が見事に咲きそろっているとか。

                水仙が見頃になりますと、立春近し、そろそろ早春の声が・・・と毎年思うのですけども、今年の強烈な冷え込み、たとえ暦の上だけにしろ春なんて、、と、誰しも感じていることでありましょう。

                雪の多いところにお住いの方、お見舞い申し上げます。

                関東だけではなくて、少しくらい大阪にも分けていただけたら良いのにね。

                全く世の中は何ごとも偏りがちにできておりますな。

                 

                ・・・続きです。

                 

                仏像の起源が、ある人たちにとって、特に歴史研究家にとっては非常に重要なことかもしれないですけども、カラーダイヤのカラーグレードの“起源”はウッキーにとっても全くどうでもいいことで、また、GIAの“悪辣さ”や、日本の鑑定屋の人の良さや優秀さについても特に語ろうとは思っておりません。

                 

                カラーダイヤのカラーグレーディングの、ちょっとした歴史を遡ってゆくと、色んなことが見えてくる、、それが面白いのです。

                 

                カラーダイヤのカラーグレーディングは、誰が起源なのかは問題ではなく、誰であったにせよ、ピンクダイヤの最初の段階での基準は明らかに、Argyleではなく“南アもの”、、

                これは絶対に間違いのないところです。

                 

                南アものは、極めて美しいストレートPink

                一部は極僅かにOrangy (Orangish)

                Purplishは存在しませんし、Intense, Deep, Vividとは無縁。

                でありますから、

                ピンクダイヤの初期のカラーグレードは恐らく、次の5つしかなかったと推定されます。

                 

                Fancy Pink

                Fancy Light Pink

                Light Pink

                Very Light Pink

                Faint Pink

                 

                今、我々を大いに悩ませているFancy Deep Brownish Orangy Pinkなんていうのは、初期の頃には全く想像もされなかったカラーグレードでありましょう。しかし一体、それこそ誰が、何を考えて、こんな複雑難解なカラーグレードを思いついたのですかね。ある意味、感心しますが、ウキ的には『単に余計なこと』としか思えまへん。

                今でこそ、皆さんも十分に慣れて、Fancy Deep Brownish・・・なんてやってくると、『ああ、あれね』と直ぐにイメージ湧くのでありましょうが、ウッキーでさえホント慣れるまで大変でした。ですから、カラーダイヤに興味をお持ちになられて、『さあ、これから!』とお考えの消費者の方には十分に理解できるはずもなく、そういう‘一般的に受け入れられる’ということをまるで考えないのが鑑定屋の悪しき体質、なのですな。まあこれはちょっと論点からズレますので、またの機会にいたしますが、要するに、

                Before Argyle”の時代と比較して、“After Argyle”では、ピンクダイヤのカラーグレードが相当に複雑怪奇になっております。

                 

                After Argyleの世となって、まず出たのがFancy Intense Pinkだったと記憶しております。次にFancy Deep Pinkですね。Vividはかなり後のこと、20世紀も終わり頃だったのではないかと。20世紀の終わり頃に恐らく、Argyleの生産と評判がともにピークに達したのではないでしょうか。

                 

                Intenseが登場するにおよんで、Argyle独特の色味であるPurplishや、色濃いBrownishがカラーグレードに出始めました。これが平成の初期。

                 

                間もなくその使命を終えようとしているArgyle

                日本の元号とは全く関係ないことながら、

                平成とともに始まり平成とともに終わるという観のあるArgyle、、

                なにか因縁めいたものを感じるのはウッキーだけではありますまい。

                 

                ウッキーが“業界入り”したのが19834月、

                その春過ぎから卸売先の開拓に大阪市内の卸問屋や小売店を毎日訪ねて歩いておりました時、訪問先でよく聞かされたのが“オーストラリアで見つかった新しいダイヤモンド鉱山”の話。これがPinkダイヤのArgyleとウッキーが気づくまで、な、なんと、10年近く掛かっておりましたから、なんとまあボケと言うか、アホと言いますか、我ながら馬鹿な男と笑えてきます。

                 

                でもまあ、当時、Argyleは単なる一つの小規模鉱山と思われていたことも事実で、Pinkが出たことは本当にハプニング。

                実際、Argyleの産出量の9割超は工業用で、Pinkは宝飾用ダイヤの1%にも満たない量。

                 

                さて、このような事実を見るにつけ、ふと考えるのが、

                “自然と文化の連結”ということ。

                 

                自然は人間を前提としてはおりませんね。それでいて我々人間には、我々の周囲にある物を隠喩によって知るということが出来る能力がある・・・我々のほとんどの者がArgyle鉱山の実態なんてまるで知りはしないし、現地に行って確かめようとも思いません。しかし何故だかArgyleを良く知っている(気になっている)、、

                これは非常に面白いことです。

                 

                自然は、言葉によって置き換えられ、置き換えられた時から文化的な存在になると言われます。

                 

                単なる石ころと思われた物が、Cut & Polishされることによって石が石ではなくなる、石ではない新しい存在として認識される、、

                我々2018年に生きる者の共通の概念になる、

                Pinkダイヤモンドとなる、

                Argyle Pink』となる、

                Fancy Intense Purplish Pinkなどとなる・・・

                 

                オーストラリアの広大な荒地で掘り出された石ころにGIA基準のグレードが付けられるに及んで、

                時間と距離が消滅し、

                自然が文化に流れ込みました。

                 

                自然が文化を灌漑した、

                田畑に水を引いて土地を潤すように、

                自然が文化を潤してくれたと解釈するべきでありましょう。

                 

                カラーダイヤが我々の中に入って来て以来、生活が一変したと感じる人が存在いたします。ウッキーはまさにその一人、カラーダイヤが存在しなかったら恐らく、とうの昔に職を変えていたに違いありません。

                 

                ArgyleにおけるPinkダイヤの産出がなければ、“GIAにおける”カラーダイヤのカラーグレーディングはなかったに違いないと思いますし、ピンクダイヤを始めとするカラーダイヤの興隆もなかったのではと推測いたします。

                 

                なんのかの言われながら、GIA基準のカラーグレーディングは非常に優れたシステムだと思います。

                そして、その運用の仕方によってまだまだカラーダイヤが発展する余地があると考えます。

                 

                “自然と文化の連結”、

                自然と文化は相互に活性化しあい、現実を確たるものとしていると思います。

                本来は、自然→文化、という関係であるのに、

                稀に、文化→自然、という現象が起こる、

                それがArgyleなのではと、ふと感じる時があります。

                GIAVividを求めたが故にArgyleがそれを産出した、

                そんな風に思えてなりません。

                 

                逆に、現在のように、Fancy Deep Brownish Orangy Pinkというようなバカなグレーディングをしている限りにおいては、カラーダイヤ、ピンクダイヤの未来はほぼ存在しない、消えゆくのみではないでしょうか。

                 

                    ― 続く ―

                 

                 

                 

                | ukitama | - | 17:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                GIA Fancy Pink ?
                0

                  NHKの「新シルクロード」、2005年あたりの放送の分が本になっているので、現在、興味深く読み眺め(写真や地図も多い)しております。ウッキーは西域、敦煌から西に非常に惹かれておりまして、そんなところへ旅行に行くとなると時間や金が掛かること半端ではないと、正直なところ夢のようなものではありますけども、『あ〜行きたい、行きたい』と半ば唸りながらの読書〜

                   

                  一体、何にそんなに惹かれるのか、自分でもサッパリ理解できておりません。宗教的な遺跡等に興味があるのかと言うとそうでもないし、砂漠が良い訳ではないのは確かで、人間? 人間には興味あるけども、旅して一番面白いのは対人関係と言いますか、現地の人と会話して触れ合うことと思っておりますから、とりたたて西域の人間が好き?とかって言う訳でもないし、、これは、ひょ、ひょっとしたら、ウッキーの奥底に埋もれた遺伝子なのか!?? なんて考えないこともないですな、、まあ、どうでもいいですな、人間の好き嫌いはなかなか説明するのが大変。

                   

                  西域の魅力についてはまた改めて語ることといたしまして、

                  その「新シルクロード」の中に、こんなことが書いてある・・・

                  『仏像がいつ、どこで最初に造られたかという「仏像の起源」の問題は、現在も未だ決着を見ていない。ガンダーラが先か、中インドのマトゥラーが先か、それはクシャーン朝以前か、以降かといった点が主な論争点である・・・』

                   

                  この部分を読んだ時、カラーダイヤのカラーグレードのことが脳裏によぎりました。

                  What ?

                  訳分からん?!

                   

                  Fancy PinkだのFancy Blueだのと言っているカラーダイヤのカラーグレード、、

                  これは今でこそGIA基準と呼ばれておりますけども、

                  はたしてGIAがオリジナルなのか、ということ。

                   

                  ウッキーは何を言っておるのか、

                  そんなものGIAに決まっているだろ、

                  GIAでないと言うなら、一体どこ? 誰?

                   

                  ウッキーももちろん本当のところは知らないのですけども、

                  ひょっとしたら、日本の鑑定屋の老舗、AGTではないのかという説があるのです。

                   

                  ウッキーがカラーダイヤの輸入卸売を始めたのが20世紀末、それから既に20年以上経過しているので、当時の記憶は正確さを欠いているのも事実なのですが、確かに聞いた覚えがある・・・

                  色の美しいPinkBlueに『Fancy』と付けたのは、

                  とある大阪の輸入業者のオヤジとAGT大阪の責任者、

                  Fancy PinkFancy Blueは二人の合作だったと。

                   

                  まさか〜

                  と皆さんはお思いでありましょうが、

                  GIAは、その種の模倣を平気でやる、と言いますか、良く言えば採り入れる度量があるのですな、カットの評価もそうですからね、何度も述べておりますように、カットのグレード、カット(総合)評価は中央宝石研究所がオリジナルで、昭和の終わり頃から平成の最初の方においては、世界中で中央宝石研究所しかExcellentだのVery Goodだのというグレード、カット(総合)評価というものの数値化に成功していなかったのです。中央宝石研究所が先鞭をつけ、小売店に大いに受け、これがないと売り難いとなって、日本の他の鑑定屋、AGTその他も真似を始め、3EX H&Cというような“進化形”も登場するに及んで、GIAがほぼ100%模倣、日本の鑑定屋に“脅し”をかけるに等しいやり方で、GIA固有の物としてしまった、、、という‘前科’がある訳で。

                   

                  ウッキーがAntwerpArgyle Pinkを買い付けていた1995年頃だったかな、、

                  当時は、どんなにSuperな高彩度でもFancy Pinkだったですよ、今なら余裕でFancy Vivid Pinkになるような色でもFancy Pink、、Fancy Pinkの色の範囲の広かったこと広かったこと、AGTにソーティングに出すと9割がFancy Pinkで、1割がFancy Light Pink、というような感じだったですな、それで全く問題なかったけども、それがいつのまにやらIntense Pinkが出ていてね、『えっ!?』という感じ。

                  ならば、その上は?とAGTに聞いたら『Fancy Vivid Pink』というのがGIA基準として加えられたと聞きまして、そのVividを求める度に出たこともございましたな。

                   

                  先日、ウッキーよりも以前からカラーダイヤを知っているというコレクターの人から聞いた話でも、多分、1980年代のことかと思われますが、

                  AGTのグレードはFancyしかなかったということでしたし、当時はArgyleのグレードがそのままAGTの鑑定書に併記されていたということです、、

                  2Pだか3PPだかが“Fancy Pink”と一緒に鑑定書に記されていたと。

                  2P3PPも今だったら恐らくVividですよね、いやホント“良い時代”としか言いようがありませんな。

                   

                  綺麗なPinkが、どれほど綺麗でもFancy Pinkだったという名残りがRedのグレーディングに残っておりますね・・・

                  RedにはIntenseLightもない訳で、これはちょっとおかしいのでは、と感じることもしばしば。

                   

                      ― 続く ―

                   

                   

                   

                  | ukitama | - | 17:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  風流
                  0

                    新年恒例の「歌会始」が今年もまた皇居で開かれましたね。

                    今年のお題は『語』ということで、様々な“語り”“語る”が詠まれておりました中、やはり皇后さまの歌が心に響きます・・・

                     

                        語るなく 重きを負いし 君が肩に

                               早春の日差し 静かにそそぐ

                     

                    皇后さまの歌は、非常に高尚で、時に言葉が難解、誰かに解説してもらわないとウッキーのような知識のない凡才では理解できないこともよくあるのですけども、今年の歌は分かりやすいですね。『君』は、今上陛下のことですね。退位が正式に決まって、重責を担ってきた御身のお疲れを思い、また、近い将来に公務を離れて静かに暮らせる日々を思い、現在の陛下の静寂閑雅、清浄無垢なお姿を端的に表現された格調の高さ、なんとも言えぬ余韻が漂いますね。

                     

                    俳句が、空間的で絵画的であるのに対して、短歌は時間的、音楽的で、俳句が客観的な情景の描写に適し、短歌は主観的な抒情の描写に適していると言われます。

                     

                    それにしましても皇后さまの優れた歌、

                    時間的、音楽的、主観的な抒情の描写でありながら、かつ空間的で絵画的、

                    平成30年の歌会始の皇后陛下の歌と知らなくても、歌に自然と両陛下のお姿が重なるのではないかという気がいたします。

                     

                    天皇陛下が退位の後、どのようにお過ごしになるのか、我々下々の者が心配するようなことではないですけども、陛下のお人柄、静謐な時が流れるに違いないという気がしますね。

                     

                    ところで、ウッキーがもし引退したら・・・、いえ、引退なんぞは露ほども考えてはおりません、この体が(と言うよりも目ですね)、目がちゃんと動く?働く?限りはこの仕事を続けるつもりでありますけども、万が一、引退ということになったら、、、

                    そうですね、是非とも風流な生活を送ってみたいと考えております・・・

                    風流?!?

                    風流って何ぞや??

                    これは意外ですね、風流とはどういうことなのか、定義、言葉にするのは非常に難しい!

                     

                    明治から昭和に生きた文化人、哲学者の九鬼周造が『風流に関する一考察』という著書の中で、興味深い話を語っております。この九鬼周造という人は、ドイツのハイデルベルク大学に留学して新カント派の哲学を学ぶのですが、『ドイツには自分を満たされるものはない』と言ってフランスに行き、当時まだ学生だったサルトルをフランス語の教師にしてベルクソンの門下に入ったものの、ここでもまだ納得できず再びドイツに戻り、今度はハイデッカーに学んだのですな、な、な、なんと言う豪華絢爛な教師陣!

                    その後は、京都帝大の教授として教壇に立っておりますが、戦況烈しくなる中、1941年に病没しております・・・・

                    九鬼が語った孔子と弟子の話〜

                     

                    孔子がある時、四人の弟子に問うたそうですな、

                    『将来の希望』を。

                    一人は政治家になる夢を、もう一人は高級官僚になる夢を、また一人は立派な財界人になる夢を語ったのですが、曾哲(そうせき)という弟子だけは黙して語らずで、

                    理由を聞くと、

                    「三人のように立派なことは何も言えない」とのこと。

                    孔子が、「そんなことは全く気にしなくて良い」という言葉に、ようやく曾哲が言ったのでした、、

                    「春の暮れに春の着物を着て、大人56人と少年67人を従え、一緒に沂水(きすい)で水浴びをし、雨乞いの行われる台地で涼み、皆で歌を歌って家に帰る、、そういう生活をしたいです。」

                    孔子は、「我、曾哲に与せん(賛成する)。」と言ったのだとか。

                     

                    戦前のドイツ、フランスに学んだ名実ともに‘鬼才’が言うところの『風流』とは、

                    孔子の弟子・曾哲の“世俗と断つ心意気”なのだとか。

                     

                    これまで、特に理由もなく、『カラーダイヤの美しさを理解するためには、ある種の“風流とも言うべき心”が必要不可欠』と考えておりましたが、この世の中での一番の‘俗’、風俗の極みとも言うべきダイヤモンドから離れることが即ち『風流』?!

                     

                    いやはや、なんとも皮肉なことでございますな、もうサッパリ分からなくなってまいりました〜

                     

                    気を取り直して『風流に関する一考察』の続きを読むことといたしましょう〜

                    しかし九鬼は、このようなことも述べております、、

                    「風流はそういう消極的方面だけでは成立しない。積極的方面が直ちにつらなってこなければならぬ・・・・・充実させるべき内容としては主として美的生活・・・・この積極的芸術面が消極的道徳面を内的に規定している、、、、これを耽美という・・・・・美というような体験価値はその卓越性において絶対的なものと考えて差支えないものであるが、他面また個人や時代によって相対化が行われることも必然である・・・」

                     

                    上記をUKI流勝手解釈いたしますと・・・

                    単に世俗から離れるというような消極的な行動を風流とは言わない、

                    『風流』を充実させるには、積極的に“美”を求めるべきである、

                    そして、“絶対的な美体験”こそが風流の価値を高める、ただし、その絶対的な美は、個人的センスや時代によって違ってきて当然である、、

                    となります。

                     

                    そうですね、ますますカラーダイヤが“必然”と感じられるようになってまいりましたね〜・・・

                    美しいカラーダイヤとともにあることこそが“風流”!

                    これが平成30年流の生き方。

                     

                    新しい時代ととにまた風流も変わってゆくのでありましょうが、

                    今上陛下の御世であるうちに今のこの風流をもっともっとenjoyすることが我々に課された課題ではないかと思っております。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    | ukitama | - | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    常少女
                    0

                      成人の日も終わって、どなた様も今日から本格的に仕事始めでありましょう。

                      年末から昨日までお休みだった人はさぞやブルーな気持ちで出勤されたことでしょうね〜・・ヒッヒッヒッー、、、と、悪魔のような笑い声・・

                      まあでも、最初が億劫なだけで、明日からはほぼ普通のペース、

                      年の始めのどうの、というのは最近はあまりありませんから、知らぬ間にまた日常が戻っているに違いありません。

                      そして、寒いどうのと言ってる間に節分、立春、、気が付いたら3月〜なんていうことに。

                       

                      さて、日常が戻った、というような表現を常日頃使っておりますけども、

                      この『常』を「とこ」と読む言葉っていうのは非常に縁起が良いと言いますか、例外なく良い言葉なんですな・・・

                       

                      常少女(おとめ) ― 年を取らない少女

                      常つ国

                      常春、常夏

                      常つ御門(みかど) ― 永久に栄える宮殿

                      常滑(なめ)― 水苔がついていつも滑らか

                      常初花 ― いつも初めて咲いた花のように美しい

                      常宮

                      常若

                      ・・・等々、、

                      おもしろいと思いませんか。

                      「常」を“つね”とか“じょう”などと発音する言葉の意味は全く『普通』の状態であるのに、“とこ”と発音することによって『永遠』の意味を持ってくる・・

                       

                      しかし、どうして同じ漢字を使ってきたのでしょうね、

                      これを考えると様々なものが見えてくるという気がいたします。

                       

                      常なるもの、スタンダードなものが、無限無窮の“活動”になり得た時、

                      それは『とこ』、即ち『とこしえ(永久)』となる。

                       

                      我々現代人は、直線的な時間しか頭にありません。

                      昨日があるから今日があって明日がある、という考え。

                      いっそのこと、時間の概念を捨ててみませんか。

                      そうすれば、いっそう『とこ』が見えてくるという気がいたします。

                       

                      あなたが見ているカラーダイヤが、

                      常少女のようにLovely

                      常初花のように艶やかな、

                      常若のように瑞々しい、

                      カラーダイヤであることは疑いの余地はありません。

                       

                      あなたが直線的な時間の概念を捨てることによって、

                      常にあるカラーダイヤが、『とこしえ』の命を持った存在になる、

                      そんなことをふと考えてみたくなる新春のひとときです。

                       

                      | ukitama | - | 17:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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