Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
We are NAGOYAN !?
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    この前の日曜、NHKBS1の『Cool Japan』は、“日本の空港”を取り上げておりましたね。

    海外の空港どころか、日本の空港さえもメチャご無沙汰のUKI氏。海外出張しなくなったら飛行機にも乗らなくなってね、日本の空港もさぞや変わっただろうなと推測しておりましたら案の定ですな。何が違うってね、入国審査官の愛想の良いこと!20世紀末、21世紀初頭には考えられない!! あの当時と言えば、愛想も何も全く無表情で、というか、こちらもそんなことは全然期待してないし、日本人は入国審査がすぐ終わるからどうってことありませんでしたけども、外国人は一人一人のチェックが簡素ではないから、今のようにたくさん外国人が来ている訳でもないのに、長いこと並ばされて大変だったろうと思いますね。今もそんなにスイスイとは行かないだろうけど、係官が笑顔で接して、来た人その国の言葉で『Welcome』を言っている、、、ウッキーたち“歴戦の勇士”??にしてみれば、『なんだこれは!?!』って感じでございます。

    まあ、いずれにしても、日本の表玄関が清潔で綺麗で心地良くて、気分良く入れるのは本当に大事なことですし、これが‘おもてなし’日本と日本人の真骨頂とも言えますね。

     

    成田や関空(関西空港)が日本の表玄関なら、東海道新幹線は日本の“中廊下”と言えるのではないかと思いますが、最近はこの中廊下にも外国人が多いですね、いやもうウンザリするくらいに。東海道新幹線の利用者は、朝の早いうちこそ、ほとんど日本人ですけども、正午くらいから午後の23時あたりの東京駅の新幹線ホームは、4割近くが外国人では?!という感じで、そのような時間帯にホームに突っ立っていると、彼ら‘異邦人たち’が、あっちからこっちから“突進”してくるような勢いで迫ってくる、、、こちらはそれを‘よける’と言うよりも‘逃げる’みたいなもので〜、『ここは日本やろ!』ってね、時おり叫びたくなっておりますね。

     

    ところで、先週、新幹線乗って大阪―東京を往復したUKI氏でありますが、

    いつの頃からかな?ちょうど1年くらい前からですかね、新幹線の車内アナウンス、日本人乗務員による英語バージョンも加わりましたね〜・・・・

    ええことやとは思うけどね、あれは英語とは言えまへんな、英語らしきもの。まあとにかく酷い発音の、いわゆる“日本語 English”、下手くそ度合いも甚だしくて、聞く度に辟易、『やめてくれ!』と、列車内でもまた叫びたくなる!

     

    『お前かて下手くそやろ。偉そうに言うな!』と言われそうですけども、

    UKI氏の英語はとにもかくにも外国人に“通じて”おりますよ〜十分に会話が成立しておるのでございます。現在の新幹線車内の乗務員による英語のアナウンスは、外国人には分からんのではないのかな。何故なら、まず発音が英語“らしくない”、日本人には良く分かる英語だけど、あまりに日本語英語、あれでは日本語のアナウンスの続きに聞こえて外国人の注意を引かない。また、多少、“それらしい”と言うか、英語らしきものを喋っている者もおりますけども、それぞれの単語の発音が非常に不明瞭。これは一番ダメですな、誰にも理解されない。

     

    But, 上記のようなことが全く“どうってことない”と勘違いしてしまうような、‘超逸品’の英語を聞かされましたよ、先週の帰途。

     

    名古屋到着少し前のこと、『ああまた、下手クソな英語が始まる』と思うやいなや、聞こえてきたアナウンス〜〜

    We are Nagoya soon. After Nagoya, we will be Kyoto.

     

    今日びは小学生でも英語の授業があると聞いております。こんな酷いのは小学生でも言わんぞ、ってね。

     

    ウッキーは一瞬、『We are NAGOYAN(私たちは名古屋人です)』とでも言うたんかなと思いました。

     

    幸いにして、ウッキーの座席の周囲に外国人らしき人影はなく、彼らの反応を見なくて済みましたが、当然ながら同じ列車には多数の外国人乗客もいる訳でね、ウッキーの責任ではないけど何とも居心地悪い恥ずかしい思いをいたしました。

     

    ロクに英語知らなくともJR東海に入社して新幹線に堂々と勤務できるのですな、JR東海って、そんな会社だったの?!

    世界に冠たる新幹線なのに、、、

    こんな乗務員がいるというのは、新幹線の安全性自体も海外から疑われることになるという気がします。

     

    こんな英語のアナウンスなら完全にない方がマシ。従来通りに録音したnativeのアナウンスだけ流しておけば良いのです。どうしてもやりたいと言うのであれば、そんな人いるはずないと思うけども、ちゃんと研修して簡単な英語アナウンスの試験でもやって合格した者だけ新幹線に乗務させろと言いたいですな。

     

    さて、ウッキーが何故にそこまで新幹線乗務員の英語を非難するのか?

     

    国語の語彙と知識は、外国語の能力と、大いに相関関係があると言われております。片方だけがダメということは有り得ない、ということですね。メチャクチャな英語使っている者が正しい日本語知っているはずがない美しい日本語をしゃべれる訳がない。『We are Nagoya.』なんて言うてる奴は恐らく、いい歳して何でもかんでも『ヤバいっす』って言ってるのだろうと思うわけ。

     

    日本語は現在でも発展途上と言われております。それは、明治政府が富国強兵という目的のために日本人全てが理解できる国語の創出を図ったからですね、国家の関与によって江戸の口語を元にして“標準語”が作られて広められてきたという歴史がある。そして、大正昭和平成と月日を経るごとに、“篩(ふるい)”に掛けられるようにして、美しい言葉が生き残ってきたのです。

     

    今の若い子は、『ヤバい』『マジ』『ウケる』と、3つの言葉しか使わない、なんて言われているけども、こんなことは平安時代から言われていることでしてね、清少納言も吉田兼好も「枕草子」「徒然草」の中で嘆いているし、言葉の乱れなんて若者の専売特許でもなんでもない、我々から上の世代の何割かは言葉の乱れと言うよりも、使う言葉の数そのものが非常に少ないと感じますな、認知症予備軍だ、これは遺憾ともしがたい。

     

    ある人が冗談っぽく言っておりました〜

    『艱難辛苦(かんなんしんく)』と言ったら、若くない人が『それ英語?』と聞いてきたと。『Can none think?』ちゅうわけですな。We are Nagoyaよりはちょっとマシやけどね、艱難辛苦と聞いて日本語と認識できないのは情けないですな、正確な意味は知らなくても一度や二度は見聞きしているはず。さもなければ、よほど読書量が足りないか、ロクでもないテレビばかり見ているか。

     

    言語、言葉は、自分の感情をハッキリとさせて心をコントロールする道具であるのにね、今どんな気持ちでいるのか当てはまる言葉も探せないとなると、自分を相手に理解してもらえないだけではなく、自分の心の状態も分からず、自分自身が制御不能となってしまう、、、最近の事件事故はこのあたりから来ているのではないのかな。

     

    “或るひとが恋しくて、恋しくて・・・・両足の裏に熱いお灸を据え、じっとこらえているような、特殊な気持ちになって行った”

          ―太宰治『斜陽』より―

     

    “激しい情欲が迫り、煮えたぎる太陽のなかへ、遮二無二躍り込んで行く体をかんじた”

          ―永井龍雄『冬の日』より―

     

    上記のような優れた文章を読んでおりますと、自分の感情を正確に表現するのは簡単ではないと、逆に思わずにはいられませんが、

    それでも、優れた文章を多少なりとも知っていれば、何かを見て『ヤバい』のひと言で済ませることはないでありましょう・・・・・

     

    言語と言葉に敏感でないと美しさも表現できないと思います。美しさを表現できない人がどうして微妙な美しさを掬い取ることが出来るのか、そんなこと有り得ない。

     

    新幹線の乗務員にカラーダイヤの話をしても仕方ないのかもしれないけど、

    英語とも言えない英語らしきものでアナウンスしている者がカラーダイヤの美しさを理解できるとは思えまへん。

     

    英語なんて少しレッスン受ければ直ぐに喋れるようになる。念のために言いますが、英語を問題にしている訳ではない。言語に鈍感なことが問題と言うてる訳です。言語に鈍感であること即ち日本語が不適切。不適切な日本語で美しい物を表現できるはずがない。

     

    美しい物を表現できる語彙があってこそ、美しい物を本当に愛でることができると信じております。

     

     

     

     

    | ukitama | - | 17:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    なでしこ
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      “なでしこ(撫子)”と言えば、もう何年も前からサッカー女子日本代表のことと決まっているようで、ちょうど今、サッカー女子World Cup開催中ということもあって、PCで“撫子”と検索すると、上位にヒットするのはサッカーの話題ばかり。もちろんウッキーとて、“なでしこJapan”の前々回の優勝、前回の準優勝に大いに感動して、今は往時よりもかなり弱体化したからと言って彼女たちを軽んじるつもりは毛頭ありませんけども、美しいPinkダイヤを見て、『撫子色や!』と叫びたくなっている時にサッカーが出てまいりますと思わず『イラッ!!』と来ることは皆さんにも良くご理解いただけると思います・・・・

       

      “なでしこ”〜学名『Dianthus』、

      Dianthusは、ギリシャ語の『Dios(ギリシャ神話の神、ジュピター)と、

      anthos(花)』が語源。

      “ジュピターの花”という意味です。

      ピンクという色の語源でもあるそうですな。

       

      さ〜て、

      もうこれぞ“撫子”の中の“なでしこ”、

      Super Dianthusと言えそうなピンクダイヤがやってまいりました!

       

      1.012 carat Fancy Purple Pink SI1

       

       

      このページをご覧になっていただいている皆さんなら十分にご認識のことと思いますが、1カラット超のFancyクラスから上のピンクダイヤで、インクルージョンが少なく、色性質良く、石性質優れた商品は、ネット上で見ることは稀。もし見る機会があったとしたら、もうとんでもない価格です。

       

      Argyleがほぼ閉山状態となった今、新しく産出される優れた1crt以上のピンクダイヤは、海外のダイヤモンド業者の金庫の奥深く仕舞いこまれて長く熟成されることになるか、国際的なオークションに掛けられ、とんでもない価格が付く超ド級のものばかり。もう現物は我々の目に触れることがない、と思っておりました。

       

      現在、この美しいPinkダイヤの現物が当店の金庫にあるということ、これはとてつもない僥倖と言えるのではないかと思います。

       

      ご覧のような色性質、Lovelyを超える愛らしさ、えもいわれぬ気品、1カラット超の物としては奇跡とも言えそうなSuper Clearな生地など等、全てにわたって、今こうして目の前に‘現品’を置いて眺めていることが信じ難い“光景”。

       

      この商品、一両日中にもHPに《超特価》で出品されます。

      どなたとご縁があるのか、楽しみにしております。

       

       

          酔うて寝むなでしこ咲ける石の上 ― 芭蕉

       

      1crtの撫子となら、酔って寝て素晴らしい夢が見られることは間違いなさそうですね。

       

       

       

       

       

      | ukitama | - | 14:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      良い子主義!?
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        塩野七生氏が著書の中で語っておりましたが、イタリアでも新聞の売れ行きは落ちる一方で、テレビの討論番組の視聴率も下がりっぱなしなんだとか。理由は、『良い子主義』と言うべきもの。新聞記事を書く記者、コメントする学者、テレビで発言する有識者の大半が所謂“学校の良い子”的な見解ばかり、現実的ではなく、アホらしくて読んでられない聞いてられないという訳なんですな。

        欧州の最大の関心事は言うまでもなく『難民問題』。

        これに対して‘良い子’たちは、当然ながら「彼ら彼女らは自国にいたら殺されるという政治難民だ。人道的に正しいこと(難民受け入れ)は絶対にやるべき。イタリア人も過去には多数、新大陸に移住したではないか」と言う。

        これに対して一般市民は、「移民したかつてのイタリア人はゼロからのスタートだった。それなのに、今の難民たちはイタリア人と同じ待遇を要求する。失業率の高いイタリアで、どうやって難民にイタリア人と同様の扱いを受けさせられるのか」、と主張するということなのですな。

        庶民とは比較にならない給料をもらっている大新聞社の記者や大学教授たち、テレビマンたちにすれば、失業者の問題なんて取るに足らない次元の低いものと映るらしい・・・・・

         

        日本の新聞発行部数はどれくらいなんでしょうね。日本は、宅配が普通ですし、駅でもしっかりと売っておりますし、文字の読めない人は0%に近く。他の先進国では宅配のないところも多いと聞いておりますし、新聞は分厚くて120円やら130円では買えない国もあるそうですから、人口比で言うなら日本ほど新聞がたくさん発行されている国はないのではと思います。

         

        ウッキーは毎朝、20分くらいかけて新聞に目を通します。時間がなければ約10分。新聞の“現物”の良さは、たとえ5分でも時間があれば、ほぼニュース全般を把握できるということ。パッと開いたら見出しが全部飛び込んで来ますからね。時間がしっかりとある時には、本の広告も見ますし、週刊誌の広告を見てゴシップもしっかりと把握!毎朝、充実しておりますよ〜

        それでも、我が子たちは多分、新聞取ってないだろうな読んでないだろうな、というのが容易に想像できます。若い子たちは何でもスマホで済ますからね。

        スマホのニュースっていうのは、スマホ使ったことないけど(未だガラケーだ、最近ガラケーを新品に替えた!)、PCでニュースを見るのと変わらんでしょうから、推測できますけども、“行間を読む”というのがちょっと難しいのではないかと感じますね、現物紙面でないと分からない微妙なところが省略されているように思います。非常に薄っぺらくて平ぺったい感じ、直ぐに忘却してしまいそうな内容という印象。

         

        日本も、相当に新聞の発行部数を減らしていることでしょうけど、やはり若者にも新聞の現物を読んでもらいたいですな。

        朝日新聞は一刻も早く廃刊になって欲しいけどね。

         

        さて、幸いにして、日本にはまだ難民問題はなく、失業率も低い。

        しかし、『一般庶民』VS『マスメディア』、という図式は何ら変わるところがありませんな。マスコミ関係者やテレビによく登場するマスコミの寵児たちは高給取りですから、一般庶民の感覚は持ち合わせておらず、消費税が10%になろうが、地下鉄のトイレが綺麗になろうが相変わらず汚かろうが全くと言って良いほど関心を示しません。

        彼らが興味あるのは、自分自身の信条、と言ったらカッコいいけど、まあ要するに誰が“金主”か、ということだけ。金主の望むような発言をしておけば、いくら無責任発言をしたところで、明日の生活に困る訳ではない、、ちゅう訳です。

        こんな奴増えたね、全くクソ野郎ばかりだ。

        少しは骨のある者はおらんのかと問いたいですな。

         

        今朝の新聞を見ますと、どうやら衆参同日選挙はなさそうで、それにともなって消費増税も予定通り行われるという観測。

        世の中、一体どうなってるの?!

        何度も書いてきたけど、いや、ウッキーばかりではないですね、色んなところから声が聞こえてくる、、過去2度の消費増税で招いた景気低迷を政治家や大マスコミは忘れたのか?

        最近の世論調査では、消費増税に反対する者が過半数を上回っているにも関わらず、問題提起する政党もなし、大きく取り上げるマスコミもない。

        なんでや?

         

        大企業は、内部留保を山ほど積み上げているのに、消費増税によって景気が低迷することによって不景気を装えます。つまるところ、社員の昇給をしなくて済む。だから、大企業の経営者は皆、『予定通り増税を』なんて“お気楽発言”を繰り返すのみ。

        結局、マスコミは大企業の宣伝広告費で成り立っている訳ですから、彼らの意向を無視できず、ダンマリを決め込むということ。

         

        しかし、どうして野党まで黙ってるのか、全く理解不能ですな。こういうことに一生懸命にならないで、どうでもいいようなことばかり騒いでいる野党っていうのはホント不要。

        高山正之氏じゃないけど、“こんなメディアや政党はもういらない”となりますね。

        安保法案に反対した時は狂ったように国会周辺でデモやったのにね、国の根幹をなす税金問題はスルーかよ。消費増税反対で騒いだら、少しは見直してやるのに。バカな奴らですな。

         

        最近、少しショックを受けたことがございました〜

        最低賃金、日本は英国の7割!

        英国が100としたら、日本はたったの70でしかないのですよ。

        こんなこと考えたこともなかったけど、聞かれたら日本が100で英国が70と言ってたでしょう、きっと。

        愕然といたしました。

         

        日本の“良い子主義”も、イタリアと同レベル、いや、もっと酷いかもしれませんな、もうどうしようもないところまで来ていると言えますね。

        消費増税論者たちはふたことめには、『孫(まご)の代まで借金を背負わさせるな』と言う。

        これしか言わない。まあ要するに国債の発行残高を問題にしている訳ですけども、

        正確には、国債は国の借金ではない、政府の借金。国民は関係ない。

        もっと正確に言えば、国債は日銀が買い取りますから、国債が増えるとインフレになる可能性があるから問題ということですね。

         

        もう何十年も続くデフレ。インフレを心配するのは“羹(あつもの)に懲りてなますを吹く”より滑稽なこと。

        それでもインフレが心配と言うのなら、

        『インフレ怖くて国を衰退させた』、と歴史書に残ることになっても良いのかと問いたい。

         

        3度めの消費増税で日本はどうなる?

        恐らく、再びマイナス成長。

        その後、少し持ち直したとしても、OECD加盟国の平均成長率を下回る数字が何年も続くことになる。いえ、これまでもずっと下回って来た日本ですぞ、これがもっともっと続く、、、

        1020年続くとどうなるか・・・

        最近生まれた子供たちが20代になったら、彼ら彼女らは、低賃金の日本を脱出して海外に出稼ぎに行かなくてはならないだろう、というのが普通に考えられるシナリオ。

         

        〇〇年後、

        カラーダイヤなんてあってもなくてもね、誰も気にしない夢のない世の中になっているのか?!!

         

        嗚呼・・・

        想像したくない!

         

         

         

         

         

         

        | ukitama | - | 16:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        端居して
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          今日は朝から雨模様で、気温も2223℃。半袖のシャツではちょっと寒い。

          お天気情報を見ますと、東京や埼玉では最高気温の予想が18℃!? 3月かよってね。関東地方の人、風邪ひかないように注意してください。

           

          6月になったら梅雨になるだろうけど、雨の合い間には強い太陽でかなり暑いだろうなと思っておりましたから、ここ数日の気候は、安堵とともに何やら肩すかし。UKI家の居間にはずっとカーペットが敷いてあったのですけども、5月の末にそれを茣蓙(ゴザ)に替えましてね、土日にその上にゴロリとなっておりましたら若干冷たくて、これだったらカーペットのままで良かったな、なんて勝手なことを呟いて。そのうちに、『暑い暑い』を連発するのが目に見えているのにね。

           

          近年ますます不快な“日本の夏、金鳥の夏”。

          ウッキーの少年時代は家にエアコンなんてなかったですから、炎暑に帰宅すると常に“熱中症状態”で、よくまあ今まで生きてこれたなと思いますね〜・・当時は涼を求めるために、家のあちこち開けられるところは開け放って、障子や襖(ふすま)も取っ払って、網戸も付けずに、やたら“金鳥蚊取り線香”の煙が漂っておりました。それでも、午後から夕方にかけて、北側に面した座敷の畳の上に‘ひっくり返って’過ごしておりましたら、1時間もすれば回復したという、、、まあ皆ホント動物的!

          そうですね、あの頃は夕刻になれば、それなりの涼が感じられ、本当に“夕涼み”だったですよね。

          竹製の縁台、竹床几(たけしょうぎ)とかって懐かしいですね、見るからに涼しげで、座るとヒンヤリとした感触の心地良さ、、

          夏の宵、ゆったりとした時間が流れて行っておりました。

           

          そういう光景、団扇を持って縁側に出たり、縁台で“くつろぐ”ことを『端居(はしい)』なんて言いましてね、そういう情緒ある言葉を聞くだけで体感温度が23度下がったような気になります。

           

               端居して明日逢うひとを思ひけり

           

          なんていう句を‘端居して’思い出しますと、もう暑さなんて全く感じない?!

          これは、高浜虚子の次女、星野立子(1903 – 1984)の作。

          Storyがしっかりと感じられ、非常に気になると言いますか、誰と、どんな約束したの?明日の展開は??なんてね、どうでもいいことながら一生懸命に想像したりで。時おり、風鈴の音も重なり、なにやら打ち水の乾いた跡も見えるような気がいたします。

           

          こちらの“端居”も涼やか。

           

                 昼がおの陰に鯉きる端居かな

           

          江戸期の俳人、江左尚白(えさしようはく、1650 – 1722)の作。

          鯉を切る、なんて言いますと、現代ではプロ野球の話かなとかって思ってしまいますね。活きの良い鯉をしっかりと切ってくれたらホンマ涼しく良い気持ち〜なんて思いますが、なかなか現実は難しい〜

           

          こちらは高浜オヤジの作〜

           

                 浴衣着て少女の乳房高からず

           

          あまりに色っぽい浴衣姿はかえって熱くなりますから、夏の夕刻はこのくらいの方が良い?

          句のモデルになった女の子にすれば、『ほっといて!』でしょうけどね。

           

          でもやっぱり、ウッキーはこういうのがいいですなあ〜豊かな胸の張りも見えそうです・・・・・

           

                  張りとおす女の意地や藍ゆかた

           

          これは杉田久女(ひさじょ、1890 – 1945)の作。

          夏は“藍”。これでピシッと全てが引き締まっている観です。

          藍は、インドシナがオリジナル。中国経由で日本に渡来した世界最古の染料と言われておりますね。藍はタデ科で防虫として大きな効果があることが古くから知られております。ですから、『タデ喰う虫も好きずき』なんていう諺もあるのですな。

          藍染めの浴衣着た女性を見て“そそられない”のは男じゃない!って言われるくらいに、藍色の浴衣は魅力的。

          何が魅力?

          やはり白い襟足が引き立つからではないのかな。

           

          Fancy Blue, Fancy Intense Blue, Fancy Vivid Blueが引き立てる女性の魅力。

          小さなダイヤモンドでも、やはりBlueはいいなあ、と思う瞬間、確かにあります。

           

          最後にもうひとつ杉田女史の句を。

          “花衣”は、春の季語、花見の時の衣裳(着物)ですので、季違いではありますが、色彩が誠に豊かな句であり、鑑賞の仕方?によっては非常に官能的。

           

               花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ

           

          カラーダイヤの官能、

          夏もまたしっかりと感じていただきたいと思います。

           

           

           

          | ukitama | - | 16:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          芒種
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            六月六日は二十四節気『芒種』・・・

            いよいよ梅雨、田植えの季節。

             

            大阪に残る“辺地”と言われるこの界隈、UKI邸から徒歩数分、丘を下って少しゆきますと、南海電車の線路沿いに昔ながらの光景の田畑が拡がっておりましてね、脇に続く道が格好のジョギングコースなんですけども、昨日はちょうど田んぼに機械を入れて耕して、田植えの準備に忙しい最中のところに遭遇いたしました。

             

            最近は異常気象続きで、台風の発生や進路が過去のデータ“無視”、全くとんでもないことが多くて、農家の人も大変でしょうね。大阪は過去に台風の進路に当たることがホント少なかったせいで、“農家本位”の“自然体”と言いますか、梅雨が来たら田植え、水田の水を心配する必要が少なくなるということですね、そして、涼しくなったら刈取り、ホンマに簡単、と言ったら語弊があるけども、ウッキーが生まれ育った三重の田舎に比べたら非常に“楽”という印象があります。三重は、昭和34年の伊勢湾台風の例を持ち出すまでもなく、台風の通り道ですからね、大型台風がやってくる直前には稲の刈り取りを終えていることが必須。ですから、田植えはゴールデンウィークの最初の方、4月末でね、稲刈りが8月の末。それでも年によっては、8月半ばの台風で、刈取り寸前の稲がたくさん倒れて水に浸かってしまって稲刈りが大変で、米の品質も落ちる。ウッキーの少年時代、おじいちゃんが嘆くことしきりでございました・・・・

             

            田植えの季節が来て、刈取りの日を思う〜

            ウッキーにもやはり農民の遺伝子がしっかりと!

             

            米作りに大事なのは、雨、稲妻、そして雨の後の強い日射し。

             

            というところで?!

            今日の言葉は、太陽が燦々の『燦』。

             

            『燦』という漢字は、『火』プラス『粲』。

            『粲』は、真っ白に精米された米のことなんだそうですね。

            真白な物に『火』を足して、

            『燦』は、明らか、鮮やか、光が煌くという意味になります。

             

            漱石の「三四郎」に次のような箇所があります。

             

            『・・・第三の世界は燦として春の如く盪いている(うごいている)。電燈がある。銀匙(ぎんさじ)がある。歓声がある。笑語がある。泡立つシャンパンの杯がある。そうしてすべての上の冠として美しい女性(にょしょう)がある・・・』

             

            それまで故郷しか知らなかった三四郎。東京に出てきて、新たに二つの世界を知ったと。その一つは図書館とそこに出入りする人々。広い閲覧室に来る人たちはいずれも汚いなりで貧乏そうでありながら妟如(あんじょ、安らかで落ち着いている様子)としている。そしてもう一つの世界、“燦と輝く”第三の世界。

             

            第三の世界は、若い三四郎にとって非常に誘惑の多い華やかな世界。洗練されて甘美な装いの都会を『燦として』という一語に凝縮させているのは流石に文豪ですね。

             

            燦として、、

             

            いいですね、

            『燦』という漢字はカラーダイヤの色やテリを表現するのにこれまで何度も使ってきましたけども、ちょっとニュアンスを誤解していたという気がします。燦は『燦々』という使い方が多いせいで、どうしても太陽のイメージという固定概念から離れられず、いきおいYellowOrangeに限定された使い方であったと思いますね。

            本当はそうではない。

             

            「三四郎」の上記の部分を今一度読み返しますと、

            『燦』『燦として』から導かれるイメージは、きらびやか、蠱惑的魅力、婉然たる魅力、活き活きと光を放っている様子など華やかな美しさそのもの。

             

            『・・・三四郎はその女性の一人に口をきいた。一人を二へん見た。この世界は三四郎にとって最も深厚な世界である。この世界は鼻の先にある。ただ近づき難い。近づき難い点において、天外の稲妻と一般である・・・』

             

            『・・・三四郎は床のなかで、この三つの世界を並べて、互いに比較してみた。次にこの三つの世界をかき混ぜて、そのなかから一つの結果を得た。――要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない・・・』

             

            誰にでも目の前にあるであろう三つの世界。

            それらをミックスすることが可能なら何とも安定した生活と言えるでありましょう。しかし、それが成ってしまえば、本当に詰まらぬものとなるに違いありませんね。

             

            そのような世界と対極に存在するのが、

            燦として存在する『燦とした世界』、

            と言えるのではないかと思います。

             

            その世界、“極めて深厚な近づき難い目の前にある世界”を常に求め、幾度も新鮮な誘惑にかられること、、

            それが我々の求めるFancyな生き方、

            Happyなこと最上級!

             

             

             

             

            | ukitama | - | 17:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            なよびかに
            0

              週間予報を見ていると、どうやら今週末から梅雨入りのようですね。今日はまだ関東から西では晴れているところが多いのに、UKI邸界隈はどういう訳か雨模様、ホント不思議。お天気情報サイトの雨雲レーダーでもこの辺りだけしっかり。これがまた晴れてきますと、早くもムシムシとした気候がやってくるのですね、今からウンザリ。

               

              こんな折りには真夏のことを考えるよりも逆に冬のことを!

              という訳で、今日は中原中也の『生ひ立ちの歌』を眺めておりました。

              オリジナルは11の部分から成っておりますが、長くなりますので、4つの部分のみを抜粋・・・・・

               

                      幼年時 
                   私の上に降る雪は 
                   真綿のやうでありました 

               

                     十七ー十九 
                   私の上に降る雪は 
                   霰(あられ)のやうに散りました 

               

                     二十四 
                   私の上に降る雪は 
                   いとしめやかになりました……

               

                     私の上に降る雪は 
                   いとなよびかになつかしく 
                   手を差し伸べて降りました 

               

               

              上記のような詩を好きかと聞かれましたら、考えるまでもなく答えはNoなのですけども、中原中也の超繊細なSuper Sensitivityを認めない訳にはゆきませんね。

              自分自身の短い生涯を描写したと思われる詩。

              それでも、“いとなよびかになつかしく”という部分をひときわ美しく‘見せたい’がために、それまでの部分を描いたとも感じさせます。

               

              “なよびか”・・・

              日本語は難しいですね。この歳になっても、まだ知らない言葉と毎日のように遭遇します。

               

              「なよびか」は、心地良く柔らかいこと。

              辞書で見ますと、『源氏物語』によく現れる言葉である、ということで早速検索してみました〜確かに直ぐヒットいたしました、、、

              第二帖『帚木』、

              いといたく世を憚り、まめだち給いける程、なよびかに、をかしきことはなくて

              ―自重して真面目な源氏は、恋愛には疎かった・・・―

              アホな、どのへんがじゃ!

               

              ちょっと違う気がします〜

              気を取り直して、中原中也の詩を再度見てみましょう、

              『なよびかになつかしく、手を差し伸べて』、

              擬人法を用いて、手ざわりや肌ざわりの柔らかいこと、人の振舞いや性質についてにも思いおよんでおりますね。

               

              中也ならきっと、カラーダイヤを見ても“なよびか”と感じてくれるに違いない、、

              それは何なのだろうと、ふと思いましたところ、ウッキーの頭に浮かんだのは、、

              高彩度のGreenish Blue

              どうしてなのか良く分からないけど、

              それはやはり、水無月に中也の雪の詩を味わったから、でありましょうか。

               

              Fancy Greenish Blueの上に降る雪が、

              いとなよびかになつかしく、

              手を差し伸べるように降りてとける、

              のが、見えるような気がします。

               

               

               

               

              | ukitama | - | 14:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              麦秋
              0

                二十四節気をさらに五日ごとに分けて動植物の様子を表現している‘七十二候’、

                現在は、『麦秋至(ばくしゅういたる)』ということで、麦の収穫の季節なんですな。

                “大麦収穫前線”を見ますと、結構北上するのが早いですね。61日にはほぼ西日本全て、21日には北海道を除いてほぼ全て、という感じ。まあでも、麦が実っている光景はほとんど見なくなってますから、実感としては乏しい、、どうでしょう、5年に1度くらいの割合でしょうか、突然目の前に麦畑が現れるのは。その度ごとに驚いてしまいます、『オッと、これは麦や!』なんてね・・・麦秋、、

                真夏の前に『秋』とはこれ如何に、、そこだけ少し異国情緒、

                若干ながら抒情的〜

                 

                というところで?!

                本日の万葉集・・・

                 

                    柵越しに 麦食(は)む駒の はつはつに 

                    あひ見し子らしあやにかなしも

                          (作者不詳)

                 

                ―柵越しに馬が麦を食べるように、ちょっとだけ会った娘のことがとても愛おしい―

                 

                麦畑で乳繰り合っている若い男女、そのすぐ横の柵から馬がにゅ〜っと頭を伸ばして麦を食んでいる、というような光景が浮かんでしまいましたが、、

                当たらずとも遠からじという気がいたします。

                 

                これは、東国(関東地方)の人の作なんですね。

                当時の東国では、『かなし』は性愛的な欲求を示す言葉であったそうな〜

                 

                一度や二度会って愛し合っただけでは全く物足りない、

                抱いても抱いても抱き足りない、

                そんな激しい情感の歌であるのに、

                「あやにかなしも」と美しく響くのが何とも良い味わいです。

                 

                こういう歌を目にする度に思い出すのはやはり、

                過去に愛し合った女たち〜・・・

                ウソウソ、

                過去に見かけたダイヤたちです。

                 

                ウッキーはカラーダイヤを生業としておりますから、

                どんなに綺麗なカラーダイヤを手に取っても『抱いても抱いても・・』というような気持ちにはなりません、念のため。

                抱きたいほど愛おしく感じられたらさぞやいいだろうと思うという意味で、恋の歌をダイヤと重ね合わせておりますよ。

                 

                だったら、美しいカラーダイヤを見た折、ウッキーは一体どんな気持ちになるのか??

                 

                難しいですね、表現がね。

                非常に下品な言い方で申し訳ないですけども、

                街ですれ違ったベッピンさんに一瞬『オッ!』と振り返りそうになったとか、、

                ホテルのラウンジにいる着物姿の妙艶な女性に見惚れたり〜・・、

                っていうような感じですね。

                サラリと流す、

                これがトッププロ。

                 

                皆さんには、『抱いていたい、愛したい』と何度も思っていただきたい。

                禁欲はいけません。

                でも、恋する対象が何であれ、恋の本質はこんな感じなのかもしれませんね〜〜

                 

                『・・・恋愛はびいるす菌(ウィルス?)みたいななものだから、いつの間にしていたのやら、終わったのやら判らないのが本物なのよ』

                         室生犀星「杏っこ」より

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                | ukitama | - | 16:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                炉端焼〜
                0

                  トランプ大統領が来日。

                  昨日は大相撲観戦の後に安倍首相と会食、

                  そして今日は朝から皇居で天皇陛下と会見ということで、ちょっとした“政治ショー”。日頃あまり皇居の中は見られないですからね、やはり興味津々、ついつい‘覗き見’してしまいますね。

                   

                  しかし、昨夜の安倍首相との会食が“炉端焼き”と聞いておりましたので、

                  『ほ〜、ええやないかいな、まずはビールで乾杯、そして冷奴、シシャモにアスパラのベーコン巻、ジャガバタに青唐、ホタテの浜焼き、つくね、シイタケ、水茄子の漬物〜〜うーんタマラン』

                  なんてね、一人悦に入っておりましたら、、

                  オッサンたちが食っていた炉端メニューはジャガバタだけ、

                  和牛のステーキにサラダ、若鳥の照り焼き、最後はアイスクリーム!?

                   

                  おいおい、ふざけんなよ、

                  どのへんが炉端じゃ!

                  焼いて食べてるのが炉辺というだけやないかいな、ええかげんにせい!!

                  ってね、朝から家内相手に文句を言っていたウッキーでございます。

                  聞けば、その店は六本木の『高級店』らしいけども、

                  そもそも“炉端焼き文化”は関西発祥で、庶民的でSuper Reasonableなもの、1人1万円以上もする高級店を『炉端』とは言わんのです、

                  東京の人たち、わかってないなあ〜

                  まあ、我々が二十歳くらいの時、東京に行っても炉端焼きの店なんて皆無やったしね、まだまだ文化的に浸透してないのかもしれないし、変な方向に進化してしまったのかな。

                   

                  ・・・と言いつつも、、“変なトランプ効果”とも言うべきか、

                  ホンマの関西の炉端焼きの店に久しぶりに行きたくなったウッキーでございました・・煙がもうもうと立ち込めるキツイ匂いの中で安酒飲んで枝豆なんぞをつまむのは最高ですな。

                   

                  それにしましても、いきなり真夏がやってきてシンドイですな、

                  北海道が40℃近い気温になるなんて、まだ夏の入り口というのに、早くも異常気象ですか、いかんですなあ。このままゆきますと、この夏の“異常気象度”は一体どんなものになるのか、ホント戦々兢々!

                  まだ梅雨も来てないというのに、何か暗澹たる気分!?

                   

                  でもね、そんなこと言ってても自然には敵いません、人は黙って耐え忍ぶだけ〜・・・酷暑の夏も何か楽しみを見つけまして、と、、、

                  スケベ!と言われるのを承知で、、

                  暑くなって何が楽しみってね、女性の胸元の開き具合くらいワクワクするものはございませんな〜諸兄。アカンアカンと思いつつ、視線が釘付けになることも! いえいえ、ウッキーはスケベなだけではありませんよ〜しっかりと女性のファッションにチェックいれているのでございます・・・胸元の開き具合をよりいっそう魅力的にするジュエリーを身に着けているか、もう気になって気になって!

                   

                  真面目な話、以前からずっと『ちょっとなぁ』と思っているのが、NHK女子アナの首回り。『キミは合格!』と言える者を未だかつて見たことがない。ウッキーが彼女たちを見ているのは大抵BS1、野球中継の始まる前とか5回終了時の3分から10分の間のニュースの時だけと言っても良いのだけども、ほとんど毎週、『何かつけろ!』と叫んでおりますよ。せっかく綺麗で清潔な格好して髪の毛も整えて化粧もしているのに、首回りは無防備かって、ね。センスの悪い物でも安モンでもええから、何かつけてくるのが大人の女性の最低限のマナーでしょうが。

                   

                  ジュエリーの場合、ジュエリーを『付ける』のではなく、

                  『ジュエリーを着ける』と表現する方が適切ではないかと思っております、そう、服を着るのと同様ですな。

                  ですから、ジュエリーなし、真夏の襟元が開いている折りにネックレスも着けてないのは、服をちゃんと着てないのと同義、と考えます。

                  高い給料もらっていることで有名なNHK女子アナが、2万や3万のネックレスくらい買えよ!ってね、真剣に腹立ってくる!!

                   

                  ところで、先日、この逆のケースをお客さんから聞いて唖然といたしました・・・

                   

                  航空会社にお勤めの(多分若い)女性なんですけども、

                  当店から過去に買ってくださったダイヤを留めてマリッジRingにしたいと、

                  そしてそれは可能ならエタニティー風にしたい、

                  ということでありましたから、『良いことですね』と大いにお薦めしていたのですが、何日か経って、

                  『(仕事中にその指輪をしていたら)社内規定に引っ掛かるのではないかと懸念される』と、おっしゃるので、

                  『(長いこと宝石屋やってますけども)我々が日常に取り扱っているジュエリーが社内規定に引っ掛かった、なんていう話は聞いたことがありません。引っ掛かるのは、芸能人がつけるようなド派手な物ですよ』と言ったのですが、

                  な、な、なんと、

                  『あるスタッフのエタニティーRingに搭乗客からクレームが来た、ということを聞いたので、この件はやはり再考させてください』と。

                   

                  何と馬鹿な話があったものですな。

                  憤慨です。

                  これは一種のパワハラですよ。

                  客だったら何を言っても良いのか、自分が気に喰わんなら何でもクレームか。

                  ホント酷い話ですな。

                  その会社も会社ですな。

                  ウッキーのお客さんやクレーム付けられた女性が客室乗務員なのか地上職員なのか、それは分からないけど、どっちだって同じだ、客から言われたら何でも『はい、申し訳けございません、改めさせます』と頭下げるのか!女子社員が結婚してエタニティーのマリッジリング着けて仕事することでモチベーションが上がる、結構なことやないですか。どうしてそれが分からないのでありましょう。

                  平成初期から、どうもこの種の馬鹿げた潮流が目につく鼻に付く。そうしてつまるところ、どんどん色彩の乏しい世界になっていっているような気がするのです。昭和の時代には少なくともこんなバカげた話は皆無でした。平成になって社会全体が変な風潮に毒されて、このような下らぬクレームが“はびこり”、真面目に働く社員が全く詰まらぬことに気を使わないといけなくなり、労働の効率を落し、それはまた景気の腰を折るひとつの要因となった、というように思いますね。

                   

                  家内にこの話をしたらウッキー以上に怒りを爆発させておりましたよ、『おいおい、お前がそこまで怒るな』とウッキーがなだめるほどに。

                  女性の皆さん、

                  この種のことが皆さんの身近で起こったら、どうかホンマに怒りを爆発させてください。こんなアホなことを許してはいけません。女性が常識的な範囲内でお洒落するのは見ている方からしても気持ちの良いことであり、身だしなみに気を使ってある程度お洒落するのはある意味で必須のこと、当然のことです。万が一にでも馬鹿な社内規定があるんだったら、どうかご一報を。ウッキーがいつでも助っ人で殴り込みに行きますから。

                   

                  さてまあ、そんなことを言っているのも大して有益じゃない。

                  ・・・というところで?!

                  久しぶりに、禁断の??ジュエリー画像をご覧いただきましょうか。

                   

                  もう10年以上も前のジュエリー雑誌を開きましたら、

                  まだまだカラーダイヤが日本にたくさんでもないけど、そこそこ入ってきている頃だったのですな、カラーダイヤのジュエリーも豊富でした。

                  意外なことに、デザインも古くない!

                  いえ、カラーダイヤと言えども、ジュエリーのデザインは、そんなに大きく変わるものではないですね。そして、いつになっても、このようなデザインの方が美しく感じるのでありましょう。

                   

                   

                   

                  最後にまた漱石の『草枕』から・・・

                   

                  「・・・芸術家は無数の琳琅を見、無上の宝璐を知る。俗にこれを名(つ)けて美化と云う。その実は美化でも何でもない。燦爛たる彩光は、丙呼として昔から現象世界に実在している。ただ一翳眼に在って空花乱墜するがゆえに俗累の羇絏牢(きせつろう)として絶ちがたきが故に、栄辱得喪のわれに逼る事、念々切が故に、ターナーが汽車を写すまでは汽車の美を解せず、応挙が幽霊を描くまでは幽霊の美を知らずに打ち過ぎるのである・・・」

                   

                  もう難解極まる文章ですな、“語注”がないとサッパリわかりまへーーん、

                  ―芸術家は、無数の美しい珠玉を見知り、世間ではこれを美化と言う。実際は美化ではなく、絢爛な彩りを持つ美しい物は現世に存在している。凡庸なる人は、目が曇り煩悩にとらわれ、俗世間の煩わしさに身を縛られ、名誉を高めたり恥辱を受けたり、成功したり失敗したりというような世の中の関心事が切であるがゆえに、ターナー(英国の風景画家)が汽車を描くまでその美が分からず、円山応挙が(足のない)幽霊を描き始めるまでその美を知らずに来た―

                   

                  俗世の煩わしいことに縛られている皆さん、

                  どうか、美しいカラーダイヤを“うち過ぎる”ことなく、ご認識あれ。

                   

                   

                   

                   

                   

                  | ukitama | - | 15:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  五彩
                  0

                    『令和』の出典が万葉集ということで、やはり気になると言いますか、

                    週に23度と万葉集の解説書なぞを手に取って見ております。

                    今朝もまた何気に開いた箇所に次のような名歌がございました〜

                     

                      春の日に 張れる柳を 取り持ちて

                              見れば都(みやこ)の 大路思ほゆ

                                ― 大伴家持 ―

                     

                    当時の奈良の都のメインストリートには柳が植えられていたのですね。遠く、越前に赴任していた大伴家持が、奈良の都を恋しく思って歌ったもの。

                     

                    リービ英雄は『英語でよむ万葉集』の中で、この歌を下記のように英訳しております。

                     

                       As I break off and admire

                     a branch of the willow

                     swelling large on a spring day,

                     my mind turns

                       to the broad avenues of the captal.

                     

                    英訳を読んで、万葉秀歌の普遍性と言いましょうか、恐らく、全ての言語に通ずる、通用するであろうNaturalな格調の高さがあることに驚きを禁じ得ませんね。

                    張れる柳は即ち都(みやこ)の大路であり、

                    willow swelling large the broad avenues of the capitalと見事にシンクロいたします。

                     

                    最初、大伴家持の歌の直ぐ後に現代語訳を書いてみたのですが、それがあまりに貧弱で、付けることによってオリジナルの歌の良さを阻害してしまっているということに気が付きました。それほどに、オリジナルはVisualで、分かりやすい、、家持が“張れる柳”のひと枝を持っているのが何となく見えるようでもあり、それからどんどんと想像が拡がって、往時の都大路の、国際色にあふれ、色彩豊かな光景まで目の前に展開される、、、そんな気にもなってまいりますね。

                    これこそが、普遍的な“美”、時空を超え存在する美しさ。

                     

                    さて、ダイヤモンドの美しさが普遍的なものであることは間違いないのでありましょうか?

                     

                    皆さんはどうお考えですか?

                     

                    Yesであり、Noでもある・・・・

                     

                    まず、ダイヤは磨かれてないと、石ころか出来損ないのガラスの塊のようであるという点。

                    Cut & Polishなくしては厳密にはダイヤモンドとは言えないのでは、、このように考える人も多いでしょうね。

                    それに、インクルージョンという問題もある、キズだらけでも美しいのか?!

                    そうですね、こういうことを考え出すと本当にキリがない訳で、万葉秀歌とはまた別に存在する“秀歌でない歌”もまた多いように、多数の支持を得られないダイヤモンドもまた多数存在するという事実があります。

                    しかし、我々は、そういった物を相手にしてないケースが圧倒的、ある程度、ジュエリー加工して“見栄え”する、“鑑賞”に堪えられるダイヤモンドの話をしている訳です。そのような“常識的”な範囲のダイヤモンドに絞ったら、皆さんは、上記の問いには何とお答えになるのでしょうか?

                     

                    『ダイヤモンドの美しさは普遍的なもの?』

                     

                    漱石の『草枕』に次のような一文があります。

                    「着想を紙に落とさぬとも璆鏘(きゅうそう)の音は胸裏に起こる。丹青は画架に向かって塗抹(とまつ)せんでも五彩の絢爛は自らの心眼に映る。」

                     

                    なんとも難解な日本語です。

                    璆鏘とは、玉や金属が美しく鳴り響くこと。

                    丹青は、絵画のことですね。

                    「草枕」は、当時の自然主義小説とは全く別の世界、“ただ美しい感じが読者の頭に残りさえすれば良い”という観点で書かれたそうですな・・・

                    「住みにくい世から住みにくい煩いを引き抜いて、難有い(ありがたい)世界をまのあたりに写」すことで、「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い(たっとい)」・・・

                     

                    『あらゆる芸術の士』を『美しいカラーダイヤ』と置き換えますと、

                    何か本当に美しいカラーダイヤが見えてくる気がいたしますね。

                     

                     

                     

                     

                    | ukitama | - | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    御朱印
                    0

                      寺社の御朱印を集めるのが流行なんだそうですね。

                      そう言えば、平成の最後の日に京都・平安神宮に参拝したのですが、

                      門を入って直ぐに驚いたのが、広い境内に大蛇のように伸びる順番待ちの行列。

                      その折には全く迂闊なことに、『何かええことあんのかな』とチラリ思っただけで、平安神宮の神気に触れることに気が取られて、何も感じることはなかったのですけども、翌日、令和となってまた他所で同様の光景を見ましてようやく、『ああ、これが・・・』と気が付いた次第で。

                       

                      御朱印は本来、額装して遺影と並べて飾る人がいるほど尊ばれるものなんですな、知らなかった〜

                      またこれは、元来、写経を奉納した証しとしてお寺からいただく証書のことを言っていたそうですね。お寺とご本尊の名前をしたため、当日の日付を入れた半紙に朱色の印を押してもらうからこの名がある・・・・

                      ところがですな、

                      昨今では、写経しなくとも参拝もしなくとも、数百円払えばもらえる!

                      だから、長蛇の列!!

                       

                      これってちょっとおかしくないか?!?

                       

                      23日前の新聞でも大いに非難されておりましたね〜〜

                      参拝なしで御朱印の列に、

                      神社の巫女さんに暴言、

                      行列で暴力行為、

                      8時間並んだ』とネットで販売、等等、まあ唖然とする行為の数々。

                       

                      ・・・そんなことして御朱印を手にしても、ご利益(りやく)あるのかよ、、ってね、小学生でも思いますよね。

                       

                      まあしかし、日本人っていうのはホント『証書』好き。

                      こんな統計というか、アンケート調査もないだろうけども、

                      まあ恐らく世界一の『証書好き』と言えそうですな。

                       

                      さて、そんな『証書好き日本人』に耳より情報?!

                       

                      数日前、海外のダイヤ輸出業者と電話で話しておりましたところ、

                      『ウッキーよ、おもろいダイヤがあるでぇ〜』と。

                       

                      なんやねん?

                      と問いますと、

                       

                      GIA鑑定書付きなんやけども、そのカラーグレードがな、メチャ珍しいのや、

                      Fancy Light Purplish Redやで』と。

                       

                      続けて、

                      『せやけど、これは絶対にGIAのミス、グレーディングの間違いとかとはちゃう、単なるミスプリントやな』

                      と言うのです。

                       

                      正しくは、Typing Errorですな。

                      アホな社員がおったもんやね。

                      しかし、ダブルチェックされているはずやのにね、いくつものミスが重なって、

                      “世に出て”しまったーーー

                       

                      世の中には、この種の物の収集家が常に存在しますし、カラーダイヤの世界では、もうコレクションは一通り終わったから、『何か、格別とも言える物を』と言う人もいるに違いありませんね。

                      ですから、ウッキーはちょっと‘前のめり’になりまして、

                      『それって、何がナンボやねん?』

                      と問うたのです。

                       

                      もし『真面目にグレーディングしたら』、

                      Fancy Light Purplish Pinkだろうと、、想定内ですな、

                      そして、0.25crtだと、、、思っていたより大きい!

                      しかし、、$30,000/crt

                      税込で約90万円!!

                       

                      おいおい、それはちょっと高過ぎるやろと、

                      言ったものの、

                      『所有者がウッキーみたいな奴でな、コレクターのために取っておくと言うのや』と言われればもうグウの音も出まへん。

                       

                      どなたか、もしご興味あればご連絡を。

                      まだ海外のどこかにあるものと思われます。

                       

                      令和となって2週間以上経過しました。

                      平成が(商売の上で)良い時代だったとは全く言えないけど、

                      今世紀初頭、平成のなかばの頃には、当店のカラーダイヤをご覧になって、興味有る無し関係なしに色んなコメントを頂戴していたことを思い出しました。

                      『現在、手元不如意につき、ご勘弁ください』なんてね、

                      メールの最後にあったり。

                      決して不如意なんかではないはずなのに、そう言われると心が和む・・・

                      こんな言葉使ってくれるひと、

                      いなくなったなあ〜と、ちょっと寂しく思っておりますよ。

                       

                      なんでもええから、たまには御反応を!

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      | ukitama | - | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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