Uki Dialy

「カラーダイヤモンド専門店 コズミック」店主によるカラーダイヤモンドブログ
Arctic Blue
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    823日は二十四節気『処暑』、

    処暑の『処』の、右側の部分は、“机”で、左側は“足”なんだそうで、、

    まあ要するに、机の前に置いてある椅子に腰かけて足を伸ばしてリラックスしている様子、なんだとか・・・「落ち着く」ということですな〜

    ・・暑さも落ち着く。

     

    処暑の頃の季語と言いますと、

    まず「残暑」ですね。当然ですが、この時期に一番見たくない聞きたくない季語のトップ。そして、「新涼」。これはいいですね、秋になって立つ涼気のことですな。‘涼新た’なんていう文字が入った文章を読みますと、それだけで気温が23℃下がったように感じますな。それから、「秋気(しゅうき)」なんていうのもありますね。本格的な秋の気配が出てきた〜ということで、「秋気」を感じるようになると、「花野」の出番。ここまでくれば、夏が追い立てられるように退場してゆきます・・・そ、そ、それは〜一体いつのことやら、と現時点では思ってしまいますけども。

     

    全く落ち着く気配の感じられない暑さの中、

    今日はなるべく、『新涼』を感じていただけるような語りで。

     

    先日、テレビでやってました“怖い話”、稲垣吾郎と小学生たちが進行役の‘本当にあった’お話の数々、皆さんご覧になりましたか? ウッキーは、わざわざ録画いたしまして、二晩に渡ってしっかりと鑑賞させていただきましたよ〜・・ホントは凄く怖がりのくせにね、年に一度はこういう怖いものを見たくなるのです。全く恥ずかしいことながら、とてもやないけども一人では見られないので、嫌がる家内を羽交い絞めにいたしまして無理やり付き合わせ、怖いシーンの近くになりますと、それを紛らわせるために、『なんで、深夜にそんなとこ行かなアカンねん!』とかってね、やたら二人で突っ込みを入れまくるという、、ホンマに情けないことで。

    若干、辻褄が合わんのやないのかなという点もありましたが、おおむね怖かったですな、十分満足いたしました〜

    やっぱり日本の怪談は怖い!

     

    そうです、“怖がりウッキー”のくせにね、‘海外モノ’にはまるで何ともないという不思議な“体質”でございまして〜・・・あまりリアルに感じないのかな。でも、海外買い付け行っておりました折には、自然にそのような話ももチラホラと・・・

    ・・・ダイヤモンドバイヤーの間で語られていた幽霊話も少しは知っております。しかし、そんなもの聞いても、ほとんど何も感じないと言いますか、現実的な気がしないのですね、海外のホテルで一人で寝ている時に特に怖くなって眠れなくなったというのは皆無。

    それに、バイヤーの間で語り継がれてきた、と言いましても、別にダイヤモンドの関連の幽霊ではありませんでしたから、まあ何てことはない、話を伝え聞いても『へ〜、そんなことがあったんや〜』で終わっておりました・・・

    と言いますか、

    ダイヤモンドの世界は、幽霊よりも、生身の人間の方が圧倒的に恐ろしいのでございますよ、魑魅魍魎が跋扈する百鬼夜行の世界、、

    どうですか、怖いでしょ、皆さん、ダイヤモンドの世界ってホント怖い・・

    ・・・ちょっと待て、

    一体どのへんが『涼味』感じる語りやねん?!

     

    失礼いたしました、

    では、今日も真面目に、幽霊ならぬ、優麗なお話を。

     

     

    ウッキーはホントGreenが好きなオッサンで、

    日本人にしては珍しいくらいだと自分でも感じるほど。

    とにかく緑、いつもGreen、ありとあらゆるGreenが好き。つまらない選択であっても、例えば、どこでもいいですけども、公的な建物の中のトイレとか行って、履物を替えないといけないとかっていうようなケースで、青と緑のスリッパが置いてあったら、必ず緑を選びますし、ドラッグストアに行って歯ブラシを買っても必ずGreen系の物。これなんかは買った後で気が付いて、『えっ?! また緑や!』なんてね、自分でも呆れるほどで。こういうウッキーがいつの間にやら青を選択しだした、、なんてことになったら一体どうなるのかなと、ちょっと興味深いところ、なんですけども・・・

    数あるブルーの中で、このBlueは大好きです。

     

    勝手に、Arctic Blue、北極海ブルー、と呼んでおりましたが、

    “北極海ブルー”とPCで検索いたしますと直ぐにいくつかヒットいたしました、どうですか、残暑忘れるCool以上の青。

     

    それでも、Storyを感じさせると言えば、これかもしれません。

     

     

    晩夏の夜空、、

    今日は新月ですから、きっとこれに近いような夜空が見えるのではないかと。

    しばし見上げてSomething感じたら、

    必ずFancyな思考に行きつくのではないかと思います。

     

    しかし、風景よりも、やはり“ホンモノ”に触れて、いっそう感じたい!

     

    0.135crt Fancy Deep Blue

     

     

    もっともっとFancyに、

    リアルなSuper Blue

    あなたの胸の中、深く入ってゆくBlueの閑静な響きです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    | ukitama | - | 17:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    いなづま
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      さあ、今日もまた、

      逸品カラーダイヤをしっかりとご賞味いただきましょう。

       

      0.050crt Fancy Deep Violet

       

      カラーダイヤの感じ方は日によってかなり違ってまいりますが、

      このようなSuper高彩度のVioletを見て、日本的な『侘び寂び』を感じるということは少ないのではないかと思いますね。また、恋愛等いわゆる“色恋”のイメージともちょっと違う。

       

      一番強く感じるのは『神秘』、、

      人間の力の及ばないSomethingについて思う時、このVioletの色味が重なるように思います。とは言っても、日常で神秘なことに出会う機会はそうある訳ではありませんね。そんな中、一番“身近な神秘”と言いますと、稲妻、雷、でありましょうか・・・

       

      ・・・その稲妻、雷に関して、神秘と言うには少しコミカルと言いますか、漫画的なお話を思い出しました〜

      『日本霊異記』の“雷を捕えた話”!

       

      雄略天皇の御世のこと、宮殿の護衛武官に栖軽(すがる)という男がおりました。栖軽は、武勇の誉れ高き男なれど、少しそそっかしいと言いますか、要するに、まあ‘てんねん’の部類であったのですな。

      とある夏の午後、奈良の都が激しい雷雨に見舞われていた時、

      雄略天皇が、『こんな日やし、することもあらへんな、ほな、ちょっと、、』と、言うたかどうか知らんけども、妃(きさき)の一人の部屋を尋ねまして、♂♀に及んだのでございました〜・・・雷様に負けぬほどの怒涛の勢いで咆哮を上げていたまさにその時、

      主上の大きな声を聞きつけた栖軽、

      『曲者(くせもの)、何奴!』、

      と、雄略天皇と妃が交わっている寝所の奥の間に入ってしまった、、、、

      な、な、なんという!!

       

      雄略天皇は、雷雨の時とは言え、真昼間からの〇E〇、大いに恥じ入ってやる気をそがれて行為をお止めになったそうな〜・・・

      そりゃそうやろ〜〜

      栖軽は、「え、え、えらいこっちゃ、どないしょう〜、、おーブルブル」と身体が硬直、・・・その時、折良く?また大きな雷が鳴ったのでありました。

      雄略天皇は、これ幸いとばかりに、栖軽に言ったのでした、

      『雷神を捕えてくるのじゃ』

      そんなアホな〜

       

      しかし栖軽にしてみれば否も応もない。

      栖軽は、緋色のかずら(髪飾り)を額に巻き、赤い旗を付けた鉾(ほこ)を捧げ持ち、馬に乗って走った!

      このあたりが一番雷鳴が轟いているという地点に来ると栖軽は叫んだのでありました〜

      「天の雷神よ、陛下がお呼びじゃ!」

      「雷神と言えども、陛下のお召しは拒絶できはしない!」

       

      栖軽の大声と気迫に雷神も驚いたか、

      栖軽が馬上で叫び回っていると、雷神が落ちてきた!!

      栖軽はこれを用意していた輿(こし)に乗せ、見事、雄略天皇の御前に運んできたのでした―

      デメタシ、デメタシ・・・??!

       

      いえいえ、

      これで終わりではないのですな、、

       

      宮殿まで連れてこられた雷神、ようやく気が付いて大暴れ、

      目一杯の音と光を放ったから宮殿内は大混乱の極み。

      宮殿内の全ての簾や屏風が吹き飛ばされ、宮殿とその周辺にいた全ての者の視力と聴力を奪い、これでもかというほどに荒れ狂った後にようやく立ち去ったのでございました。

      翌朝、ようやく耳目が元に戻った天皇と家来たち。

      雄略天皇は、雷神を恐れ敬う御心を表現するため、雷神が落ちてきた地点にたくさんのお供え物を奉ったとのことでございます、、

      やれやれ。

       

      まったく不思議なことに、“いなづま”が『稲妻』という漢字を充てられていることに関しては、最近までほとんどと言って良いほど科学の目が当てられてこなかったのです。

       

      本来、「妻(つま)」は、相手という意味で、我々が言う夫も妻も「妻(つま)」だったのですな。『稲妻』が走ると空気中の窒素が分解されて土に窒素肥料を与えることになる訳ですが、窒素どうのは知らないものの、古代人は「いなづま」の激しい光によって稲が良く育つことを経験として分かっていた、、つまり、古代人がイメージしたのは、“ピカッ”と光って“ドーン”と鳴り、田んぼの稲を妊娠させるのが『いなづま』、

      稲の夫 → 稲妻

      ということですな。

       

      現代人が稲妻による豊穣を知ったのは、最近のキノコ栽培によってだそうで、古代人からいったい何千年遅れているのか? と言いますか、

      古代人の目には、我々の見えない、まさに“神秘”が見えていたに違いない、という気がしてきますね。

       

      0.052crt Fancy Deep Violet

       

      この神秘的な光沢のVioletが、何ゆえに、このような神秘的な色なのか、

      古代人は知っていたのかもしれない、と考える時、

      Violetの色味がいっそう神々しく感じてまいります。

       

       

       

       

       

       

      | ukitama | - | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      風立ちぬ
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             風立ちぬ、いざ生きめやも。

         

        毎年、立秋を過ぎた頃にふと思い出す堀辰雄の名文、『風立ちぬ』(昭和13年)。

         

        描きかけの絵を画架に立てかけて、白樺の木陰で果物を齧っている若い男女。空には砂のような雲がさらさらと流れている。不意に風が立って、絵が画架とともに倒れる。立ち上がって絵の方へ向かいかける女を、男は抱きしめて離さない。わずかでさえも失いたくない時間の中に、生きている実感をかみしめる二人。

         

        冒頭は、フランスの詩人、ポール・ヴァレリーの作品の一部を堀が訳したものなんだとか・・・風が立った、さあ、生きようじゃないか、、そうともとれるし、そうではないとも。誤訳だろうという人もいれば、これはこれでええのやないかと言う人も。

         

        風に色がついているようですよね、、

        また、淡い色味の素晴らしい石性質のカラーダイヤを見るようで、

        非常に美しい文章だと感じております。

         

        ・・・さあ、今日もまた逸品カラーダイヤ、しっかりとご賞味ください。

         

        0.37crt Fancy Green

         

        ウッキーがダイヤモンドの世界に入ったのは1983年の4月、

        もう34年以上経過しているのですね〜・・長い?短い?

        業界人としてはもうかなり古い方でしょう。

        しかし、何度も語っておりますけども、意図してこの業界に入ったのではありません、大阪の商社に新卒で入社したと思ったら、自分の意志とは全く関係なくダイヤモンド輸入卸のセクションに入れられてしまった〜ということ、そしてそれから34年・・・

        人生、何が起こるか分かりませんな、恐ろしや。

         

        さて、ウッキーが入った時、既に会社の在庫には美しいGreenダイヤが一つありました、と言っても、当時のカラーダイヤの在庫はその1点のみ。ピンクダイヤもブルーダイヤも全く何もない状態で、無色透明の0.3crtから2crtsくらいのものまで色々あった中で、ホントどういうことか0.4crtの美しいGreenダイヤがポツンと一粒、、

        全く妙な話でしたけども、存在しておりました。上司に存在の意味を聞いても、何か訳の分からないことを言って誤魔化しているようで、とてもその話は信じられず、今から推測するに、買い付けに行って(うまく騙され)高く買わされて、全く売れる気配もなく残っていた、ということでありましょう。

         

        そのGreenが売れない原因のひとつは高額品なのに、グレードがなかったこと。(輸入原価は100万円を超えていたと記憶しております。)当時の日本の鑑定屋にはこの種の色味を100%天然と判断できる検査機械が装備されていなかったのです。GIAHRDでも付けて買ってくれば良かったのにね、それをやらなかった大きなミスということです。

        そのGreenは、0.4crt超のマーキースで、多分、Fancy Blue Greenと言えるような色でございました。あのClearな透明感、34年経過した今でも忘れられないです。何と言っても、どういう縁か、その後に独立してカラーダイヤ専門のお店を持つようになったUKI氏の、カラーダイヤとの出会い第一号なんですから。

         

        そのサラリーマン生活の中で、2度と本格的なカラーダイヤを見ることがなかったのは、上司が“もう懲り懲り”と思ったからでありますが、その記憶に残っているGreen、現在、時おり見るBlueGreenと何ら変わることがないと思います。当たり前だろう、って?

        いえ、同じGreen系でもYellowGreenは、現在流通している物と10年前の物はかなり違います。昔の物は、かなり“ベッタリ”感が強くてね、ホント粗悪な蛍光マーカーで色を付けたんじゃないの、と思われるような発色で〜・・それがまた良いのだ、という人もおりましたが、UKI的には現在のYellow(ish) Greenの方が圧倒的に綺麗だと思っております。現在、Yellow(ish) Greenは、BlueGreenよりも全く少ない産出量になっておりますしね。

        Pinkにしてもそうですね、10年前のPinkと今のPinkは違う。

        10年前のスタンダードなFancy Pinkが現在どれほど存在しているかと言うと、ホント少ないですね。Fancy Blueも然り。

         

        Fancy Greenは、検査機器の発達でようやく日の目を見るようになり、流通し始めたのは78年前からでしょうか。今世紀初頭、Antwerp0.6crtGIA付きFancy Deep Greenを見て以来、何年間か純色Greenを見たことがなく、ようやくの出会いは約10年前。それ以降も、Fancy Greenを定期的に売買することにはならず、23つあったと思ったら、半年以上もご無沙汰なんてことも珍しくはなく、今回のこの商品も、今年初めてではないのかなという気がしております。

         

        Fancy Greenはね、何か違うのですよね、他のGreenとは。

        ホント良く似た色味であるのに、Fancy Bluish Greenとは全然違います。そこまでの違いはないだろうと言う人ももちろん多いだろうとは思っておりますけども、とにかく違う。

        何が??

        Bluishの冷たさがない、

        Bluishのメタリックな雰囲気が皆無、

        Bluishの“ツン”としたようなところを感じない、

        Bluishの知的な煌きを誇るような嫌らしさがない・・・

         

        要するに、

        Fancy Greenに感じるある種の温かみ、

        Fancy Greenに感じる季節感、

        Fancy Greenに感じる包容力、

        Fancy Greenに感じる全てが、ウッキーはお気に入り〜

         

        日本人は、圧倒的にBlue好きがGreen好きを上回っているようですけども、

        これほどピュアGreenの美しさを強く意識するFancy Greenはないだろうと思っております。Blueが好きな人も是非ともこの美しさを味わっていただきたいですね、恐らく人生変わる!?!

         

         

         

         

        0.118crt Fancy Vivid Blue

         

        Fancy Vivid Blueと出会った瞬間は、いつも“特別の時間”が流れるような気がします。

        極上のBlueダイヤとの邂逅、

        時は止まるどころか、いつもより速く、どんどんその速度を増しながら、時には置いて行かれそうにも感じさせながら、猛スピードで流れて行くという気がいたします。

        それはつまるところ、自分の中の葛藤、

        この燃えるように凍結しているFancy Vivid Blueと、如何にして付き合えば良いのか全く途方に暮れている自分がそこにある、、

        しかし、

        このワーズワースの詩と出会った瞬間、

        全て問題は解きほぐされたように思いました・・・・

         

         しばしば、われ疲れたるとき、

         寂しき部屋のなか、都会の喧騒のなかにありて、

         これらの美しき姿に想いを馳すれば、

         血潮にしみ、胸にとどろく快き感興おこり、

         わが清らかなる心に入りて、

         静かなる再生の思いあり。

         われ、また、忘れられし過去の喜びを感ずる。

         そは恐らく、善人の生涯における最良の部分に、

         仁愛と慈愛との

         ささやかなる名もなき、忘れられたる行為に、

         少なからざる影響を与うるもの。

         それにも劣らずこれ等の姿より

         も一つの気高き姿の賜物をうけたり、

         そは一つの幸いなる気分、

         神秘なる重荷も、

         不可解なるこの世の重々しき厭わしき重圧も、

         それに浸れば、すべて取り除かれる心地す。

         ・・・・・

             (田部重治訳)

         

        Fancy Vivid Blueは、異次元の存在。

         

         

         

         

         

         

        0.100crt Fancy Vivid Pink

         

        Fancy Vivid Pinkを見た瞬間、何も感じない人はいないですね、

        絶対に何か感じるはず。

        このページの読者の皆さんは、そこそこカラーダイヤをご存じの方ばかりでしょうから、現物を持ってなくともFancy Vivid Pinkの画像は何度もご覧になっていることでありましょう。この画像を見て、今日は何を感じ、何を思いましたか?

        今日のウッキーは、二つの漢字を感じました〜

        一つは、誠にありきたりではありますが、『艶』。

        それがどうした!? と言われそうですね、そう、そうなんです。

        でも、今日は改めて漢字の構造を思ってしまったのですよ、

        『艶』= 『豊』+『色』

        ご存じの方も多いでしょう、

        この場合の『色』は、カラーではなく、色がたくさんあると言っても多彩ということではありませんね。古代の『色』は、まさに性交、女性の上に男性が乗っている姿がオリジナルなんですな。

        色事、色気、色恋、色男、、、男女間の情交に関する言葉に『色』が使われるのは、このような語源を持つからなんですね。

        ですから、『艶』即ち、男女間の営みが豊富であること。

        たくさんの恋愛を経験し、たくさん交わり、そのような色から生まれる物語の数々を表現しているのが『艶』。浄瑠璃の世界では、恋愛ものを『艶物』と呼ぶのだとか。

        『艶』は、Loveの深さと豊かさの極みなのでありましょう〜

         

        そしてもうひとつの漢字は、『隆』。

        この漢字は、『降』と『生』を組み合わせたものなのだとか。

        要するに、下向きにかかる力を押しのけて上に昇る、上に上にと盛り上がることを言うのですね。皆さんも、どこかでこの『隆』の古代文字をご覧になっているでしょう、恐らくは、地殻変動によって海底であったところが隆起して高い山になったということをこの『隆』は意味しているのでしょうね、古代中国人の知識に驚かされます。この下から突き上げ押し上げる字体の凄まじいパワー、人智の及ばないほどの大自然の力強さ。

        まさしくVivid!!

         

        Fancy Vivid Pink =『艶』+『隆』

         

        大自然の無尽蔵の力と、それに抗えない人間の、人間らしい営み、

        Fancy Vivid Pinkは、単にSuper高彩度の美しいPinkダイヤではありません、

        何か我々の根幹、根本的なところに作用して、力を与えてくれる存在でもあるという気がしております。

         

         

         

         

        | ukitama | - | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        をみなへし
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                をみなへし さかりの色を 見るからに

                         露の分けきる 身こそ知らるれ

           

          『源氏物語』には、795もの歌が登場するのだそうですね。あの長い長い王朝絵巻の執筆だけでも大変なことなのに、“歌の担当者”も置かず、795首を、それぞれの情況と人物のキャラに応じて歌い分けるという技量、ちょっと想像できませんね。まあホント、日本が世界に誇れる女性のイの一番!

          上記は、『源氏物語』の作中ではなく、プライベート?で詠んだ紫式部の歌。

           

          “女郎花(おみなえし)の盛りの色を見るにつけても、恵みの露に外れてしまった我が身がわびしく思われます”というのが歌意ですね。

           

          紫式部は、一条天皇の皇后(中宮)、彰子に仕える女房。中宮彰子がお産のために父親の藤原道長の屋敷に下がっていた時のこと。秋の気配が濃くなった道長邸の早朝、主(あるじ)の道長自ら庭に下り立って何やら下人に命じている姿が薄霧の向こうに見えていた、、、と思ったら、道長その人が女郎花の一枝を持って紫式部のところに現れた、、歌を求めて。

          「早よしいや〜」と道長が言ったのか言わなかったのか、それは知らんけども、とにもかくにも、紫式部は即興で作ったんですな。

           

           

          これに対しての道長の返歌・・・

           

              白露は わきても置かじ をみなへし

                        心からにや 色の染むらむ

           

          “花に置く白露は分けへだてなどしませんよ。女郎花が美しく咲くのは、みな自分の心によるものです。”

           

          『源氏物語』的に見るならば、

          道長と紫式部は男女の関係であったのでしょうねぇ〜そのように思うことは極めて自然なことでしょう。

          まあでも、そういう視点からこれらの歌を鑑賞すると、かえって色が見えなくなるという気がします。

          ‘露の分けきる’ほどに、しっとりとした高彩度のピュアYellowが、

          ‘心からにや’で、いっそう際立った存在として美しい色の余韻を保っているようですね。

          高彩度の黄色はかくあるべき。

           

           

          続きまして、永井荷風の『ふらんす物語』(明治42年)より。

           

          「今、一帯に見渡すこの風景は、何ともいえぬ美しい薔薇色の夕照(ゆうばえ)の中に烟り(けむり)渡って、どんより夢見るように静まり返っているのだ。そよと吹く風もない。しかし空気は冷たく、爽かに澄渡って、目に見えるもの、朦朧と霞んでいるようで、家といい、木立といい、近くといわず、遠くといわず、かえって静かに明く、例えば対岸の遠い岡に上る小道までが明瞭(はっきり)と見え、堤の下の小石の数さえ数え得るかと思う・・・・・アメリカは緯度が低いため、こういう美しい黄昏の光は漂わぬ。しかし、今見るフランスの国は、夏も早や末近くなった八月に、日は七時頃に落ちて、九時近くまで、殆ど三時間というもの、天地は此(か)くの如く漠たる夢幻の世界になってしまうのだ。恋も歓楽(よろこび)も、現実の無惨なる興さめた吾(われ)らには、何という楽園であろう。自分はリヨンの街に着いたその翌日から、一日たりとて欠かした事はなく、独り物思いに耽るため、此処(ここ)にこうして、ぼんやりしている。」

           

          『ふらんす物語』は荷風が30歳の時の作品。

          荷風のオヤジさんというのはアメリカ留学経験のある明治政府のエリート官僚だったのですな。そのオヤジさんの強い意向で、荷風も渡米して大使館やら銀行やらに勤務の経験があるのですね。しかし結局、アメリカに馴染めなかった荷風はフランスに渡り、リヨンの銀行で10か月勤務したのでした〜・・当時としては非常に珍しい経歴の持ち主。

           

          荷風が描写するフランスの街の風景は、高彩度のPinkとシンクロします。

          Fancy Intense Pinkの華やかさを感じる時、その傍らにあるのはやはり西ヨーロッパの美しい街並み。時に夕映えにけむり、夢幻の世界に遊ぶかの感覚は、彼(か)の地ならではのものなのかもしれませんね。

           

          別れてきたものの面影を追うという物思いではなく、物思いのための物思い、

          それをさせるのは、それがしたくなるのは、目の前にある高彩度の煌きなのでありましょう。

          目の前の高彩度が、このような色であったなら、

          物思いもいっそう充実したものになるかもしれませんね。

           

           

          荷風にこのダイヤを見せたかった〜

           

           

           

           

           

          | ukitama | - | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          紫苑物語
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            さあ、今日もまた、魅力的なカラーダイヤ、

            名文に乗せてご紹介いたしましょう。

             

            まずは、0.148crt Fancy Intense Purple Pink

             

             

            「月あきらかな夜、空には光がみち、谷は闇にとざされるころ、その境の崖のはなに、声がきこえた。なにをいうとも知れず、はじめはかすかな声であったが、木魂がそれに応え、あちこちに呼びかわすにつれて、声は大きく、はてしなくひろがって行き、谷に鳴り、崖に鳴り、いただきにひびき、ごうごうと宙にとどろき、岩山を越えてかなたの里にまでとどろきわたった。とどろく音は紫苑の一むらのほとりにもおよんだ。岩山に月あきらかな夜には、ここは風雨であった。風に猛り、雨にしめり、音はおそろしくまたかなしく、緩急のしらべおのずからととのって、そこに歌を発した。なにをうたうとも知れず、余韻は夜もすがらひとのこころを打った。ひとは鬼の歌がきこえるといった。」

                    ― 石川淳『紫苑物語』(昭和31年)―

             

            紫苑というのは、キク科の植物で、花の色は、どちらかと言うと淡いめ、そして青っぽい紫という気がしますね。ところがこの文章、これは『紫苑物語』の最後の部分なのですが、高彩度のリズム感あふれる文章、民話調で、洗練されたリズム感の‘語り’が深い趣きを感じさせる調べと言えますね。そしてまた、意図的に漢字を使わず平仮名で書いている、、、“漢字率”約17%・・・

            漢字率が低いとされる小説でさえ、だいたい35%なんだとか・・・心地良く『ひとのこころを打って』、『ひびき』『とどろき』、『はてしなくひろがって』行くような感覚。平仮名の持つ情緒を丹念に凝縮したかの色味。

            Intense Purple Pinkが、

            紫苑の花に重なるような気がします。

             

             

            つづきまして、0.216crt Light Pink

             

             

            「海が見え

             雲が湧き

             いただきに夢のごとくに

             みちどぎれ

             ひるの虫が鳴き

             あるき

             とどまり

             放心の歌をうたひ

             ばったが飛び

             あなたは立ちわたしはすわり

             あなたは海を見 わたしは雲を見

             はかなきことに

             あなたは おそれ わたしは おそれ

             かたくなにあるきめぐり」

                 ― 大川宣純『登山記』―

             

            大川宣純は、高知県の人。“高知限定”と言ったら失礼かもしれませんが、まあ要するに‘ローカル詩人’。この詩は、北村薫の『詩歌の待ち伏せ』の下巻に収められているものです。

            恋愛の詩であるのに、高彩度ではなく、いわゆる“つややかさ”というものもほぼ皆無。淡い色味が、強い日射しで飛んでしまっているような気もいたしますね。そんな折に、ふたりは別の物を見て“はかなき”を語る・・・

            それが良いことなのか否か、そんなことは全く次元の違う世界。

            そんなことではないSomething、淡い色味の色濃い何かが存在しているように見えます。

             

            上記の詩は、一部分を切り取ったもの。

             

            「小屋の中で

             潮騒を聞き

             いつしかに たれかの如く

             夜のはげしい息つきながら おののきながら

             ともした朱のろうそくの尽きるまで

             ふたりだと

             どちらからともなく

             耳をすまし」

             

            と終わります。

             

            淡泊に、透明感高く、そして、さりげなく熱いですね。

            特に感動するということもなく、共感するということもないのに、

            なにか非常に気になる詩。

            あなたは海を見て、私は雲を見ている、、

            そして、潮騒を聞きながらともに耳をすますふたり、

            こういう微妙な関係と発色もまた抒情的。

            この行間のStoryは、高彩度のPinkを愛でるのとは違う感覚と言いますか、違った部分の感性を刺激されるという気がしております。

            この詩と出会ったのは今日が初めて。

            ひょっとしたら何日後かにはこの詩の虜になっているやもしれません。

             

             

             

             

             

             

            | ukitama | - | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            真夏の春愁
            0

              魅力的なカラーダイヤをよりいっそう魅力的な存在に!

               

              本日もまた、名文に乗せて当店の逸品をご紹介いたしましょう。

               

              まずは、0.215crt Fancy Light Pink

               

               

              「花の林を逍遥して花を待つ心持ち、または微風に面して落花の行方を思うような境涯は、昨日も今日も一つ調子の、長閑な春の日の久しく続く国に住む人だけには、十分に感じ得られた。春の胡蝶の面白い想像が、奇抜な哲学を裏付けた如く、嵐も雲も無い昼の日影の中に坐して、何をしようかと思うような寂寞が、いつと無く所謂春愁の詩となった。女性に在っては之を春怨とも名づけて居たが、必ずしも単純な人恋しさではなかった。」

                        ― 柳田國男『雪国の春』(大正14年)―

               

              『遠野物語』で有名な民俗学者、柳田國男の論文調の随筆と言いますか、随筆のような論文? 

               

              たいして長くもない文章なのに、3度も辞書を引きました〜

              逍遥 ― 気ままにあちこちを歩き回ること。

              境涯 ― この世で生きて行くうえで置かれている境遇。

              惷怨 ― 若い女性が春の気配に感じて物思いにふけること。また、恋に嘆くこと。

               

              このクソ暑いさ中に、花(桜花)を待つ心持ちを思い出すのも一興かもしれません。そして、春風駘蕩、光のどけき春の日に、蝶とともに花びらが舞う日の憂いを。

              嘆くほどの恋ではないのに、たまらぬ人恋しさを感じさせるLovely

              これほどのFancy Light Pinkがあるなんて〜

              真夏に春愁を感じるほどの奇跡的邂逅です。

               

               

              続いて、0.066crt Fancy Blue

               

               

              「時雨が私語く(ささやく)。凩(こがらし)が叫ぶ。一陣の風小高い丘を襲えば、幾千万の木の葉高く大空に舞うて、小鳥の群かのごとく遠く飛び去る。木の葉落ちつくせば、数十里の方域にわたる林が一時に裸体になって、蒼ずんだ冬の空が高くこの上に垂れ、武蔵野一面が一種の沈静に入る。空気がいちだん澄みわたる。遠い物音が鮮やかに聞こえる・・・・・しのびやかに通り過く時雨の音のいかにも幽か(しずか)で、また鷹揚な趣きがあって、優しく懐かしい(ゆかしい)のは、じつに武蔵野の時雨の特色であろう。」

                       ― 国木田独歩『武蔵野』(明治31年)―

               

              我々関西人にとって『武蔵野』は、何か非常に詩的な場所というイメージがあるのですけども、なかなか風景とかが思い浮かばないですね、どのへんを武蔵野と言っているのかもよく分からない、多分、東京の郊外なんだろうという程度の知識。明治31年って何年前ですか、120年くらいかな? 現在の武蔵野が明治31年の名残りをどの程度留めているのか知りたいですね。時雨がささやいた後、冬の空が武蔵野を蔽い、澄んだ空気の中の幽玄。

              明治31年の武蔵野の風景を少しでも留めているとしたら、

              このFancy Blueではないのかなと思っております。

              Blueを耳のそばに置けば、

              過去の武蔵野からの遠い物音が鮮やかに聞こえてくるかもしれません。

               

               

              もう一つ、0.147crt Fancy Intense Purplish Pink

               

               

              「一体どんな樹の花でも、所謂真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは、人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。」

                       ― 梶井基次郎『桜の樹の下には』(昭和3年)―

               

              花のような、という表現は非常にありきたりで平凡、

              あまり使いたくはないのですが、

              この高彩度Pinkを見ておりますと、そのありきたりの表現を使うことによってのみ“美しさの本質”を表現しうると思えてくるのです。所謂“生き生きとした真っ盛り”ですね。どんな物も寄せ付けないような、また、この瞬間、時間よ止まれ!と言いたくなるような美しい花。それがこのFancy Intense Purplish Pinkの色味であり光沢。一流演奏家の音に恍惚となるように、また官能の世界に耽溺するように、このFancy Intense Purplish Pinkの世界に没入できたら、どんなにか幸せなことでありましょう。

               

               

               

               

               

               

               

              | ukitama | - | 17:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              八朔
              0

                7月は早々に終わって、もう8月ですね。

                小さい頃は好きだった8月なのに、いつのまにやら嫌いになりました、、

                毎年書いている気がするけど、晩夏は苦手なんです、ヒグラシの鳴き声が聞こえてくると、何もなくとも、もの哀しくて人恋しくて、どんどん落ち込んでゆくような気がしておりますよ〜

                皆さんはそんなことないのでしょうか?!?

                 

                来週月曜、87日は『立秋』なんですね。

                ♪風立ちぬ〜今は秋、、

                二十四節気は、日本の気候の実情に合ってないと言われて久しいですが、

                立秋ほどそれを実感するものはないですね。

                24日に、『立春』と言って春の兆しを感じたいというような感覚は、立秋にはまるで皆無ですな。我々が小学生の頃には、♪小さい秋、小さい秋、小さい秋み〜つけた〜なんていう歌がありましたが、小さい秋も何も、その前に巨大な夏が立ちはだかっている!!

                 

                『処暑』、『白露』を過ぎ、『秋分』の頃やっと“少し秋”?!

                 

                ウンザリするほどの長い夏ではありますが、

                今年の夏もいっそうカラーダイヤでお楽しみください。

                 

                カラーダイヤの品薄と価格高騰がますます顕著になっております。

                けれど、現実的に目の前に来てくれるカラーダイヤに優れた色味の物が全くないのかと言うと、そんなことはありませんね、まだまだ良い物はいくつも存在しております。ところが、そういう物に対して皆さんがしっかりと視線を向けて意識を注いでいただいているのかと考えると、そうではない人が圧倒的なんではないですかな。大多数の人が、端から先入観で、なんとなく『イマイチ』と断じておられるような気がしてなりません。

                未だに以前のように“良い物が想像以上の安い価格”で手に入ることを期待しておられるのでしょうか。そうに違いないですね。

                でも、そのようなことは近いうちに全くと言って良いほどなくなります。それを今後まだ期待するということは、童謡の『待ちぼうけ』の農民の行動と何ら変わりはありません、畑の切り株にウサギが飛んで来て衝突するのを待っているようなもの。

                 

                どうか皆さん、当店がご紹介する商品の数々を、もっと念入りにご覧になって

                感じていただきますようお願いします。

                現在の情況を鑑みれば、Bestと言っても良いラインナップ。

                これ以上のものを期待されてもそれは絶対に無理!

                 

                しかし価格が高い?? 

                 

                そうです、安くはありません。

                けれども、今後はもっと上がります。下がることは考えられない。

                でありますから、大きなメリットがあります・・・

                いつ買っても“正解”!

                『買うのが遅すぎる』ということは有り得ない!!

                 

                価格の上昇率と美しさの度合いは明らかに比例いたします。

                だからこそ、美しい物は高い。

                当たり前のことですね。

                 

                この当たり前のことを、あまり納得いただけてないというのが、悲しむべき現状とも言える。

                 

                海外からは月に何度か、『これこれの物がこんな価格であるけど、どうだ?』というメールが送られてきます。日本市場に精通した輸出業者でありますから、ド外れた物は送ってきませんし、価格も過去に実績のある範囲のもの。昨夜受信したメールに以下の物が画像付きで紹介されておりました。

                 

                 

                0.08crt Fancy Gray Violet GIAのカラーグレードのみの鑑定書付き。

                ClarityVS1であろうということです。

                写真は恐らくスマホで撮ったものでしょうね、照明が不十分だったのかな、あまり鮮明ではありませんし、現物よりもかなり黒っぽいのではないかなと推測いたします。でもまあ、雰囲気的には非常に綺麗なVioletであろうと思いますね。

                皆さんも十分ご承知のことと思いますが、

                GIAのグレーディングは、Violetに非常に厳しくて、どんなに綺麗な物であってもたいていGray (Grayish) Violetとなります。奴らの目は、Violetに対して非常に敏感なのか、それともGray (Grayish) な瞳を持つ者が多いせいで、青系がGrayっぽく感じるのでしょうか、、ウッキーが思うに、彼らがGray (Grayish)と言っている物は、Deepから若干Dark寄りの明度の物であって、Gray (Grayish) はちょっと可哀相という気がします。

                 

                さてまあ、いずれにしても、この価格・・・

                $50,000/crt

                $ = ¥110で計算して、税抜の輸入価格は¥440,000です。

                普通の小売店が販売したら多分、100万円は軽く超えるはず。

                 

                これが海外市場の現況です。

                海外の輸出業者が『安い!』と感じて紹介してくれている商品がこんな感じ。

                お分かりいただけますか。

                 

                お分かりいただけないでしょうね、直ぐには。

                しかし、根気強く、皆さんにお分かりいただけるように、もっともっと商品の紹介に力を入れてゆきたいと思っておりますので、皆さんもどうか辛抱強くご覧になってください。

                 

                | ukitama | - | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                百日紅
                0

                     夏痩(なつやせ)も ねがひの中の ひとつなり

                   

                  若いOLが作った川柳ではありません。

                  な、なんと、これは、芭蕉も選者に入っている俳諧集『続猿蓑』の中の、

                  如真という江戸前期の俳人の作〜

                   

                  「少々夏バテになってもいいから、ほっそりとなりたい!」

                  健全なる心身の持ち主の、このページのヒマ人読者の皆さんにはこのように考えている方はいないであろうと確信しておりますけども、

                  女心はいつの時代も同じなんですな。

                   

                  夏バテしても夏痩せとは全く縁のないUKI氏、

                  夏痩せどころか、ビールのせいで夏太り〜

                  いやホント、夏の薄着は体型がモロに出ますから、妙齢の女性でなくともこの時ばかりはこの贅肉なんとかしたいですな。

                   

                  しかし大阪は雨が降らないし気温高く湿度高く、ホンマしんどくて嫌な夏。

                  午前9時過ぎというのに、気が付けば、デスクでただボンヤリ。ああーこれではいかんと、気合を入れ直しても、5分後にはまた同じ姿〜、

                  まったくねえ、やってられまへん。

                   

                  少しでも涼を感じたい!

                   

                  涼しげなものを探してみました〜

                   

                  まずは俳句。

                   

                     瓶の玉 鳴らしてみたく ラムネ買う

                             ― 棚山波朗(俳人、1939年〜) ―

                   

                  公園の端っことか、大きな木の木陰があるちょっとしたスペースで夏の間だけやっていた「氷」とラムネの店。懐かしいですね。Fancy Intense Bluish Greenの瓶の色と、あのビー玉のカランカランと鳴る音をイメージするだけで不快感が少しマシになるような気になります〜不思議。

                  ところで、“ラムネ”って、‘レモネード’の訛りだということ、知ってました?

                  ウッキーは今日初めて知ったところです。家内に聞いたら、『えー、そんなこと知らんかったん?!』と大いに馬鹿にされ・・・・

                   

                  もうひとつ俳句を。

                   

                       幻聴は氷河の深部よりのもの

                           ― 齋藤信義(俳人、1936年〜)

                   

                  スイスでの作なんだどか。モンブランやマッターホルンを遠くに見ていたというのではなくて、足もとに氷河があったのでしょうね、きっと。

                  アルプスの山々とスイスの夏の風景は誠に美しい限りなのに、スイスの氷河を間近で撮った写真は、意外なことに何か薄汚く、全然綺麗じゃないですね。だからこそ、作者は目を閉じて両手を耳に添えて何か聞こうとした、、氷河の声を。

                  数千年の時を超え、氷河の底から伝わってきたのはどんな音だったのでありましょう・・・氷の中に閉じ込められた自分自身を想像すれば、、

                  きっと聞こえる?!?

                   

                  夏の早朝の清涼感と言えば、朝顔のブルーでしょうか、、、まだ朝顔には少し早いでしょうね、朝顔は本来、晩夏から初秋の花ですから。

                  この時期の花というと、皆さんは何を思い浮かべますか?

                  ウッキーは、百日紅ですね。どうしてかと言いますと、ウッキーの田舎のお寺の境内のすみに百日紅の木があって、お盆にお墓参り行くと必ず咲いております。ですからそれは、美しいとかなんとか言うよりも、仏花のイメージでね、ご先祖様とともにあって、何か霊的な存在のようにも感じております。

                  しかしまあ、百日の紅(くれない)と書いて“さるすべり”、

                  これほど名前の漢字と読み方の音が一致しない花はないでしょうね。ウッキーがどう感じていようが、客観的に見れば美しい紅。名前の由来は分かっておりますけども、あの美しい紅がなんで猿やねん!?

                   

                  昭和2年に夭逝したクリスチャン詩人、八木重吉に『百日紅』という詩があります。

                   

                   さるすべりをみたらば

                   たくさんに

                   いい花がさきみだれていた

                   紅くて

                   そっとわたしの肩をたたくようなきがした

                   

                  強い日射しも、高い湿度も、蝉の声も、みな消え失せて、百日紅の木と花だけが目の前にある。

                   

                  気負わず、さして奇をてらうこともなく、『美』を見つめている八木重吉の詩は、夏バテの体によく効くのかなと、若干、苦笑しながら読んでおります〜・・

                  こんな詩も。

                   

                   わたしみずからのなかでもいい

                   私の外の せかいでもいい

                   どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか

                   それが敵であっても かまわない

                   及びがたくてもよい

                   ただ 在るということが 分かりさえすれば

                   ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ

                   

                  八木重吉は美しい物をたくさん見てきたに違いない、という気がいたします。

                  そして、あえて「ほんとうに 美しいもの」と言っているに違いない。

                  何なんでしょうね、「ほんとうに 美しいもの」とは。

                  色即是空・・・

                  「色」、そして『美』、

                  どんどん深みにはまって行く。

                   

                  難解な哲学的な事項について考え始めると、頭が破裂しそうになりますので、

                  シンプルに『美』と『涼味』を楽しむといたしましょう〜

                   

                  川端康成が揮毫を求められた折りによく書いたという道元禅師の歌。

                   

                      春は花 夏ほととぎす 秋は月

                             冬雪さえて 冷(すず)しかりけり

                   

                  『美しい日本の私』の中で川端康成は、この歌を「ありきたりの事項とありふれた言葉を、ためらいもなく、ことさらもとめて連ね重ね」、と書いておりますね。しかしこの歌が目に入った瞬間の爽涼感とも清爽感とも言うべき美しさ、瞬時に感じる春夏秋冬、季節の移ろい、そして暖、暑、冷、寒といったものさえ。

                   

                  明恵のこの歌で、炎天灼熱も瞬時に快適18℃?!

                   

                     雲を出て 我にともなう 冬の月

                             風や身にしむ 雪の冷たき

                   

                   

                   

                   

                   

                  | ukitama | - | 16:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  UKI辞林ー8
                  0

                    「この1冊をひも解けば、ダイヤモンドの今が全て分かる。そんな究極のダイヤモンド辞書、『ダイヤ辞林』の編集作業が急ピッチで進められている」

                     

                    ・・・と、どこかで聞いたようなセリフですな、

                    まあいいでしょう〜

                     

                    UKI版・ダイヤ辞林』の8回目、

                    本日のテーマは・・・

                     

                    “おもむき(趣き)”

                     

                    カラーダイヤには格別の味わいがあります。

                    カラーがもたらす「おもむき(趣き)」ですね。

                    その「おもむき」の正体とは?

                    色んな角度から語ってみたいと思います。

                     

                    「おもむき(趣き)」とは何か?

                    まずはこの「おもむき(趣き)」という言葉の意味を国語辞典等で見ることといたしましょう〜・・・以下のような記述があります。

                     

                    1, そのものが感じさせる風情。しみじみとした味わい。

                    2, 全体から感じられる様子。ありさま。

                    3, 言おうとしていること。趣旨。

                    4, 聞き及んだ事情。ようす。

                    5, やりかた。方法。

                     

                    面白いことに、抽象的、個人的な感想から、具体的な事項まで、かなり広範囲に及ぶのが「おもむき(趣き)」なんですね。しかし現在では、12の用法がほとんどであって、3から5の使い方はほとんどないのではないのかなと思いますね。以下のような用例を見ましても、全部が12の範囲です。

                     

                    “白髪の痩せた老翁が秋風に吹きみだれる果樹園の小菊の間を黙々と逍遥している有様には一種の趣があった。(中山義秀『厚物咲』)”

                     

                    “空間ごとに趣きの変わる家(積水ハウスのWEBより)”

                     

                    “店の黒い大鍋の中で、天ぷらがジュウジュウ揚がる音は、下町惣菜交響楽団の趣があった。(嵐山光三郎『ごはん通』)”

                     

                    “二面に広がる日本庭園は、春夏秋冬、それぞれの季節に趣を変え、心やすらぐひととき・・(近くの旅館「南天苑」のWEBより)”

                     

                    いたるところに「おもむき(趣き)」が使われているのにも関わらず、

                    逆に、大して『風情ある(趣きある)』用例が見つからないのが「おもむき」の特徴と言えるのかもしれませんね。

                     

                    さて、カラーダイヤの「おもむき」とは一体何なのでありましょう。

                     

                    色の種類ではないし、彩度でもない、形でもなければ、テリでもない、、、

                    しかし、その全部とも言える・・・・

                     

                    ダイヤモンドは欧州では産出されないけど、“ダイヤモンド文化・文明”は、明らかに『欧州産』と言えますね。古来より欧州においては、ダイヤモンドはどのような存在であったのでしょうか。フランスのブルボン朝(ルイ王朝)やロシアのロマノフ王朝におけるダイヤモンドのコレクション、ゴージャスというような言葉では全く語れないダイヤモンドの王冠や笏や首飾り等を見るにつけ、欧州のダイヤモンドは、我々の感覚から非常に遠い存在であります。そのダイヤモンドに対して、あえて“おもむき”と言い、「おもむき(趣き)」を求めるならば、それは、欧州の強烈な芳香に対する『日本的』なもの、と規定するのが適当ではないのかなと感じます・・・派手や豪華、華麗、豊麗、豊艶といった表現に適合しないものこそ「おもむき」あるカラーダイヤではないかなと。

                     

                    ここでまた古典の世界観に立ち返ってみることといたしましょう〜

                    以前にも少し引用しておりますけども、、

                    『徒然草』第137段・・・

                    「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情け深し・・・・・」

                     

                    ・・・原文が長くなりそうですので、現代語訳の大意だけを。

                     

                    ― 花は盛りの時、月は陰のないものだけを見るものだろうか。雨の日に見ない月を恋い、引き籠って春の有様がどうなっているのか知らないというのも趣きがある。男女の恋愛も逢い見ることだけが能だろうか。愛しい人のいる遠いところを思い、あてにならなかった約束を思うのも恋の情趣にふけることと言えるだろう。暁ちかくまで待ってようやく出た月がたいへん心深く青みがかって、深い山の杉の梢に見えるのや、木の間の月の光や、時雨を降らす村雲に隠れた月の方が、このうえなくしみじみとしている。椎の木や白樫の濡れたような葉がきらめいているのは身に沁みて、語り合う友があればと、都が懐かしくなる。 ―

                     

                    これですね、これが「おもむき(趣き)」の真髄ではないかなと思います。満開の花、名月、そして恋愛の真っただ中で愛し合う男女、、これらはVivid, Intense, Deepではあるけども、情趣に富んで、この上なく‘しみじみ’としているのはそういうものではない。本当に興趣あるものは、わずかに見えるもの、気配が感じられるもの、隠れているようなもの、思いやるもの。

                     

                    茶道の世界、茶室における“おもむき”の『おも』とは、“主”であり、また面影の“おも”なのだとか。「おもむき」は“主影”の中にある?! 

                     

                    これらの極めて日本的な観点からカラーダイヤの「おもむき」を考察すれば、

                    それは、決してVivid, Intense, Deepのような高彩度や濃厚ではあってはならず、それでいて確かな存在感を示しているもの、と言うことができるでしょう。

                     

                    仄かに感じられるPinkの、何という妙娟、

                    Super Clearな光沢に煌めくピュアGreenの、静謐のなかにある饒舌、

                    ひんやりとするほどの冷たい輝きのBlueの、奥ゆきのある神秘、、

                    そういったものが、カラーダイヤの「おもむき」。

                     

                    『徒然草』第137段は『徒然草』の中で一番長い段なのですが、この段の前半部分のまとめとも言える文章・・・

                    「よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑(なおざり)なり。」

                    ― ちゃんとした人はやたら愛好の様子を外に出さず、興ずる有様は、あっさりとしている。 ―

                     

                    熱狂的にVividIntenseを追い求めるのではなく、

                    シンプルに美しいダイヤモンドを追い求めた結果が、

                    おくゆかしく、気品ある、しっとりと潤いある光沢のカラーダイヤに行きついたのであれば、、どんなに素晴らしいことでありましょう。

                    そしてこれが、人間としても「おもむき」あることに繋がりますね。

                     

                    それでは最後に編集部の見解をまとめてみましょう〜

                     

                    “おもむき”とは・・・

                     

                    日本文化のモデルである。

                     

                     

                     

                    | ukitama | - | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    思ひみだるれ
                    0

                      梅雨明けですね、、って、そもそも梅雨なんてあったのか?!

                      シトシト降り続く六月の雨、紫陽花や菖蒲が映える梅雨空、水たまりに写る梅雨の中休みの絶妙な青さの空、梅雨明け間近の激しい稲妻と落雷の七月、、、そのようなものを全く見ぬうちに梅雨明けなんてね、ただなんとなく盛夏になった観のある七月二十日過ぎ、アクセントのないこと甚だしい、趣きに乏しい真夏が、このたびダラダラとやってまいりました〜・・

                       

                      ・・・と、文句言ったところで、暑いことになんら変わりはなく、

                      これからこの先、約2か月、どうやって暑さとともに過ごして行くのだ?!?

                       

                      ・・・というところで??!?

                      暑い時を、また更に熱く、、

                      古い恋の歌でも鑑賞しながら、同時にカラーダイヤも愛でてゆきましょう。

                       

                      なお、本日のテキストは、歌人であり、文芸評論家の馬場あき子氏の著書、

                      『日本の恋の歌』です。

                       

                      まず、平安時代No.1の恋の達人、恋の歌と言えばこの人ですね〜

                      和泉式部さん・・

                      『世の中に 恋てふ色は なけれども 

                              ふかく身にしむ ものにぞありける』

                       

                      ― 世の中には(糸や布を染める色はさまざまにあって、時おり震い付きたくなるほどに心に沁みる色がある。それに対して)『恋』という色はないはずだが、何よりも深く身に沁みるものだ ―

                       

                      そうですよね、恋という色はないのに、Pinkダイヤの色味と光沢を恋に喩えたくなります。色濃いPinkは即ち“色恋”と感じますし、高彩度は即ち“交際度”、なんてね。そして、Very Light PinkLight Pinkに、より純度の高い色香を感じます、、淡い恋すなわち“淡い濃い”。

                       

                      和泉式部さんと言えば、やはりこの歌でしょうか〜

                      『あらざらむ この世のほかの 思い出に 

                                いまひとたびの 逢ふこともがな』

                       

                      ― この歌の詞書は、「心地例ならず侍りける頃、人のもとに詠み送った」。

                      要するに、体調すぐれず、このまま重篤なことになると“覚悟”した、ということなのでしょうね。最後に会いたい人に「もう一度お会いしたい」と書き送ったと。しかし、深い願望とともにあるのは、諦めが混ざった哀愁。

                       

                      映画やドラマや小説にはHappy Endが存在しますが、

                      現実の世の中ではHappyな別れなんてあるはずもなく、

                      現在、一緒にいないことは“別れた”という過去の出来事があったからに他ならず、その別れがどのようなものであったのかは全く関係ないのが“別れた対象”に対する現在の気持ち。

                       

                      UKI氏の恋愛の話なんて語るほどあるはずもないけど、

                      カラーダイヤとの出会いと別れは日常茶飯事、

                      “来た見た買った”ダイヤも少なくないし、逆に、やっとの思いで出会ったと思ったらガッカリ、あるいは、一目惚れして眠れないほどになっても結局ご縁がなかった〜・・・なんてね、色々あります。

                      ウッキーはコレクターではなく、カラーダイヤの売買を生業としておりますから、惚れたとしても、いつかは別れがやって来る。しかし、売るために買うのに、買う時は売ることを考えてないことも結構多いのですよ、面白いでしょ。でも結局、売る。

                      そのような現実から、いつしかカラーダイヤに対しては、

                      “まだ逢わぬ恋”、そして、“失恋”、“忘れかけた片想いのゆく末”といったStoryに対して強いインパクトを覚えるようになりました。

                      であります故、あの世の思い出に、、なんていうものはカラーダイヤには全く求めてはおりません。“逢わぬ恋”や、“片想い”の思い出がきっと‘あの世の思い出’になるのではないのかなという気がしております。

                       

                      『百人一首』の選者である藤原定家が、平安時代の‘恋歌の詠み手’第一人者の和泉式部の、数ある恋の歌から、上記の『あらざらむ・・・』を選択した意味は何だったのかと考える時、色恋のゲームは終演して、本当の色濃い色恋のレベルに達しているのがこの歌なんだと定家が認識したから、と考えるのが素直な解釈でありましょう。

                       

                      カラーダイヤとの恋も、“逢わぬ恋”が本当の恋なのかもしれない、なんて思ったりいたします。

                       

                      さて、ちょうど二か月前に、『夏こそをかし』と、清少納言の“逢引き”を少し書いておりますけども、このお相手とおぼしき男に送った彼女の歌があるのですな。『続千載集』という歌集に収載されているのだとか・・・

                       

                      『これを見よ 上はつれなき 夏草も 

                                下はかくこそ 思ひみだるれ』

                       

                      “水無月の頃、萩の下葉にかきつけて人のもとへつかはしける”

                      という詞書つき。

                       

                      旧暦六月ですから、ちょうど今頃のこと、繁った萩の葉が少し色づき始める頃。上の方は緑で下葉の黄ばんだあたりに歌を書いた紙を結び付けて届けたんですな・・・・さりげなくはしておりますが、ご覧ください、内心はこんなにも思い乱れております・・・

                       

                      ウッキーは、日本史上で最も興味あって会いたいという女性は? と聞かれたら、清少納言、と即答するほどにこの姉さんが好きなのですが、好きである理由は、彼女の誠にCool & Dryな感性とユニークな視点に他なりません。彼女の文章が上手いとか、歌が優れているなんてことは全く思いませんな。そしてまた、この歌のような熱いものも全く期待してはいない。何かかなり意外な感じがする歌と言うしかないですね。

                       

                      カラーダイヤを見ておりまして、日々感じることはその日その日で全く異なってくるのが当たり前で、同じように感じることがあったら逆にちょっと“怖い”かもしれない、なんてね、思ったりしております。

                      上記の清少納言の歌、良い歌とは言い難いですね、しかし、面白いことに、これがカラーダイヤに対するスタンスと言いましょうか、正しい?姿勢なのかなという気がするのです。

                      “さりげなく”そして、‘熱く’思いたい。

                       

                      LovelyPinkダイヤを見て胸がキュンと鳴る、ハイレベルなBlueダイヤを見て恍惚となる、色濃いVioletを見て神秘を感じる、、なんてことはある意味月並み、誰でもそうなるに違いないですね。

                       

                      この状況から何歩も奥に入ると言うか、かなり裾を下って雑木林に入って行くと言いましょうか、美しい風景から離れてちょっと迷い込んだような感じの時に出会うもの、これに熱くなりたい。人があまり目を留めぬような物に対して視線を送って、その中のファンシーな部分にいっとき心を没入させて見たい、、

                      “かくこそ 思ひみだるれ”

                       

                      相手がカラーダイヤなんだから、さりげなくする必要はないだろうって?

                      この場合、“さりげなく”は、誠に自然なことなのです。高彩度でもLovelyでもないから、ドキン、ズキンとは来ない。

                       

                       

                      このような物ですね、このような物に内心で思い乱れることが出来たら、、

                      『高彩度』や『神秘』に対して、

                      清少納言女史のように非常にCool & Dryになれるのではないのかと。

                       

                      それが究極のFancy !?!

                       

                      そして、

                      こういう経験を積んだら・・

                      カラーダイヤがますます美しく思えてくるという気がするのです。

                       

                      『恋ひ恋ひて かひもなぎさに 沖つ浪 

                                寄せてはやがて たちかへれとや』

                       

                      藤原俊忠の『来て留まらざる恋』と題した作品。

                      今宵ということで女と約束して、行ってみると、“もう今日はお帰り下さい”と言われた〜

                      そんなアホな、たまらん!

                       

                       

                       

                       

                       

                      | ukitama | - | 16:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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